【映画】「異端者の家」感想・レビュー・解説

思ったより面白い作品だった。「思ったより」というのは、なんとなく視界に入る本作の評価が辛いものに見えていたからだ。

本作は「ヤベェじじいが若い女性2人を閉じ込めて出れなくする」という設定が強調されているが、より本質的には、メインで描かれているのは「宗教」である。そして個人的には、その宗教に関する議論がなかなか面白かった。

と言っても、僕は別に宗教に詳しいとかではない。本作に登場する色んな単語はよく分からなかったりする。公式HPには、パスワードを入れないと見れないページに、本作に登場する単語の説明が載っている。パスワードを入力しなければならないのは「鑑賞前のネタバレになるから」という判断なんだと思うけど、個人的には、これを読んでから観ても別にいいんじゃないかな、と思ったりする。観る段階で理解しておいた方が、特に「無宗教」と言われる日本人には物語をすっと受け入れられるんじゃないかという気がする。

さて、本作に登場する女性2人は、「末日聖徒イエス・キリスト教会」というキリスト教系の新宗教の宣教師(と書くと仰々しいが、要するに勧誘員)である。一般的には「モルモン教」という名前で知られていて、この名前は僕も聞いたことがある。公式HPによれば、「『モルモン書』という独自の聖典を持ち、三位一体説を否定する」という点が他のキリスト教系の宗教とは大きく違うようだ。戒律が厳しいらしく、「純血を守ること」「安息日の重視」「酒・カフェインを摂らないこと」「婚前交渉・避妊・自慰の禁止」などが定められているそうだ。

そんな彼女たちは、教会からの指示で「パンフレットの請求をした人」の家を訪れ、勧誘を行っている。モルモン教は他の宗教と比べても積極的な布教活動を実践してきたそうだ。シスター・バーンズは既に8~9人は改宗させたそうだが、シスター・バクストンはまだ勧誘を果たせたことがなく、「競争じゃないとは言え焦る」と言っていた。たぶん、「多く改宗させた方が信仰心が強い」みたいな評価になるのだろう。

そんな彼女たちが、休憩がてらベンチで座っているシーンから物語が始まるのだが、そこで交わされていた会話がなかなか面白かった。「コンドームのマグナムサイズは、他のサイズと同じらしいよ」みたいな話をしていたのだ。実はこれ、後々関係してくる(別にコンドームは関係ないが)。

さらに冒頭では、「アダルトビデオを観ていた時、『魂』の実在を実感した」みたいな話にもなる。このやり取りは物語と直接は関わらないが、「信仰」に対する2人の考え方の違いみたいなものが浮き彫りにされているんだろうなと思うし、この話も面白いなと思った。

まあそんなわけで、彼女たちは「ヤベェじじい」であるリード氏の家にやってくる。そして閉じ込められてしまい、大変なことになるというのが物語の展開である。

ただ、本作では、その「大変なこと」になる前に、リードと女性2人による「宗教に関する議論」が展開される。この話は、「リードがどうしてそんなことをしたのか?」という動機に関わる部分であり、そういう意味でも重要なのだけど、個人的にはシンプルに、ここで展開されていた議論が興味深かった。

女性2人は知らなかったのだが、リードは元々、神学について学生時代にかなり研究した人物だった。議論の中で、「君たちが好きなファストフードは?」なんて話になり、色んな店名が出る(とりあえずウェンディーズということになった)のだが、その話を踏まえて彼は、「宗教のウェンディーズを探したいと思っていた」という話をする。つまり「究極の宗教を追い求めていた」というわけだ。

しかし、そんな話をモルモン教の布教にやってきた女性たちにわざわざするぐらいだから、「既存の宗教には見つけられなかった」という結論になる。そしてその説明として彼は「反復」の話を繰り返し続ける。ボードゲームの「モノポリー」が出てきた時には、一体何の話が始まるんだと思ったが、これは結構分かりやすい説明で、なるほどと思った(その後の音楽の話はちょっとよく分からなかったが)。

まあそんな風にして「宗教についてこれまで自分が学び、理解してきたこと」を披瀝していくわけだが、しかし、そのことと「家に閉じ込めること」がどう関係してくるのかは、女性2人にも観客にもよく分からない。しかもリード氏は、「2人を家から出られなくする」という行動そのものは超狂気的なのだが、それ以外はなんというのか紳士的な振る舞いを続ける。女性たちに無理やり何かをさせることもないし、縛ったりすることもない。選択肢を大幅に狭めてはいるのだが、何かを強制することはなく、「すべて自由意志だよ」というスタンスを打ち出すのだ。「女性たちを家から出られなくしている」ということさえ無視すれば、ずっと笑顔だし、態度も紳士的なので、だから余計に怖い。「ホントにヤバいヤツなんだな」ということが伝わってくるのである。

女性2人も観客も、「このヤベェじじいは一体何をしようとしているんだ?」ということが分からないまま物語を追うことになり、そのことが恐怖を掻き立てていくことになる。

それで、最終的にはもちろんその「動機」が明らかにされるわけだけど、個人的にはその描写も凄く良かったなと思う。これは、納得できるかどうか人によるような気もするけど、僕はいいんじゃないかと思った。何せこの「動機」は、結局のところ「既存の宗教への皮肉」みたいなものであり、「宗教」というものを基本的にあまり好きになれない僕には「痛快」な感じがしたからだ。

しかし、何らかの「信仰」を持って生きている人には、ちょっと不愉快な描写だろうとも思う。その辺りの違いによって、受け取り方に大分差が生まれるんじゃないかという感じがした。

だから、本作がアメリカで、そして「信仰」が日常に存在するだろう国でどんな風に受け取られるのか、個人的にはそっちの方が気になる。信仰を持たない日本人からすれば「ふーん」というような内容だと思うが、「信仰」の中で生きている人からすれば「ちょっと待ってくれよ」みたいになるんじゃないかと思う。

ただ個人的には、「本作で示唆される通りだよなぁ」と感じてしまう。シスター・バクストンがラスト付近で突きつけられること、そしてリード氏が「ついに見つけた」と語るもの。それらは、「信仰」とは無縁の気分で生きている僕の目に映る「信仰と共に生きる人の姿」であり、「そうだよねぇ」と感じさせられたというわけだ。

「信仰」を否定するつもりはない。個人的にも正直なところ、「何の疑いもなく『信仰』に身を投じられる人間だったら良かったのになぁ」と思ったりする。その方が、色々楽だろう。しかし僕にはそれは出来ない。「信じる」ということに対するハードルが高いからだ。「死んだ人間が奇跡的に復活した」とか、「死んだら天国に行ける」とか、「聖書に書かれていることは真実である」みたいな話を信じるのは、僕には難しい。「信じれたら楽だろうなぁ」とは思うのだけど、僕には無理だろうなとも思う。

あと、本作で初めて知った事実にも驚かされた。これはネタバレを避けるために具体的には触れないが、「彼女は人間じゃない」みたいなセリフと関係する要素で、「そんな手法があって、日本以外では普通に使われているんだ」(と公式HPには書かれている)という事実に驚かされてしまった。っていうか、なんで日本では承認されてないのか、それも謎だけど。100ヶ国以上で使用されているなら安全性はかなり担保されていると考えていいし、それで効果があるなら、承認しない理由なんてないと思うんだけど。謎だ。

信仰を持って生きている人には腹立たしく感じさせられる作品かもしれないが、個人的にはなかなか面白く観れた。こういう映画がキリスト教信仰の強い国で作られるというのも、なんとなく健全な感じがして良い。

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