【映画】「TRUE KYOHEI SAKAGUCHI SHOW 坂口恭平生活」感想・レビュー・解説
人に勧めるか? というと、勧めないかもしれないが、個人的には観れて良かったかな。坂口恭平、やっぱり吹っ飛んてるし、結構好きなんだよなぁ。
坂口恭平のことは、『TOKYO 0円ハウス 0円生活』で初めて知ったと思う。メチャクチャ面白かった。そしてそれからも、『モバイルハウス 三万円で家をつくる』『独立国家のつくりかた』とか読んだ。
結構、「紙一重」的な人だと思う。本人も何かのイベントの中で、自分のことを「キチガイ」だと言っていた。まあ、その表現はかなり的確だろう。
絵が上手いとか、ピアノやらギターやら弾けるとか、小説とか本とか書いて講演して畑仕事してみたいな「生業」的な描写もあったし、家族との関わりとか、地元住民との交流みたいな描写もあったのたけど、正直、その辺りにはさほど関心は向かなかった。いや、もし僕が初めて「坂口恭平という存在」に触れたのだとしたら、本作の描写のすべてに驚いただろう。が、何作か本を読んでいる身としては、「まあ、こういうのか坂口恭平だよね」みたいな感覚はなんとなくある。
のだけど、僕はやはり本作を見て、「いのっちの電話」には驚愕させられてしまった。
「いのっちの電話」というのは、要するに「いのちの電話」のことで、坂口恭平が個人のスマホで「死にたい」という人の話に対応するものだ。その活動のことは前から知っていた。僕は読んでいないが、『苦しい時は電話して』という本の帯に携帯の番号がまるっと載ってるし、本作中でも表示された。僕がその活動のことを知ったのはかなり昔だが、ずつむと続けていたようだ。
しかし、上映後に知ったのだが、坂口恭平は今、「いのっちの電話」を休止中らしい。そうでなければ、ここに電話番号を書いておこうと思ったのだけど、一応止めておこう。
上映後に監督による舞台挨拶があり、その中で休止中という事実が明かされていた。たぶん世間的にもオープンになっている話のはずで、監督は詳しいことを言わなかったが、「相談した人が不快感を指摘した」とかで、その責任を取るみたいな形で休止という話になったそうだ。
さて、この「相談者からの不快感」の話に対しては、相反する2つの感情を抱かされた。1つは、「確かにな」である。僕は本作を観ながら、「結構危ういことしてるな」と感じていた。「死にたい」と相談してくる人に対する対応として、上手い表現ではないのだが、「雑だな」という感じがしたからだ。個人的には、「この雑さは、人によっては救いだよな」とも思うのだけど、不快に感じる人がいるのも分からなくはない。
が、この感情は全体の1割ぐらいだ。僕が感じた残りの9割は、「どれだけ雑だとしても、この空間はあった方がいい」である。
凄いことをしてるなと思った。
坂口恭平は、電話が掛かってきたら、電話に出れる状況ならほぼノータイムで出る。「電話に出れる状況」の幅は実に広く、運転中(スマホを手に持ってなければ運転中の電話ってオッケーなんだっけ?)、家族と夕飯を食べてる時も気にせず出る。子どもは、父親の仕事の1つとして「いのっちの電話」を挙げていた。「そういうものだ」と思っているのだろう。
坂口恭平の目覚めてからのルーティンは、まず、寝てる間に掛かってきた「いのっちの電話」に折り返すことだそうだ。寝てる時にはさすがに出られないが、それでもちゃんと折り返す。
作中では、「今日だけで15件」「年間で1万人」みたいな発言もあった。まずこの、「電話を掛けてきてくれたら必ず対応する」という気概が凄いなと思う。
少し前に「初耳学」の中で西野亮廣が、「ボランティア・支援はとにかく継続させることが大事。急になくなったら、それを頼りにしてる人が路頭に迷う」みたいなことを言っていた。まあ、これは当たり前と言えば当たり前の話だが、なかなか実行は難しい。しかも「いのっちの電話」は坂口恭平がたった1人でやってるのだ。尋常ではない覚悟だなと思う。
休止の詳しい事情は調べていないのでよく分からないが、坂口恭平としても忸怩たる想いだっただろう。彼がどんな風に「いのっちの電話」をやっていたのかこれまで知らなかったが、本作を観てその雰囲気を知った上で、「こういう逃げ場みたいなのはホントに大事だよな」と改めて感じた。
さて、この「いのっちの電話」に坂口恭平自身の認識もなかなか興味深かった。
まず、映画冒頭、原稿を音読しているのかな、状況は良く分からなかったが、その中で彼が「『いのっちの電話』をどうして続けているのか? と聞かれることが多いのだが、僕からすれば意味が分からない。どうしてみんなはやらないのだろうか?」みたいなことを言っていたのだ。喋ることで救えるかもしれない命があるとしたら、やるのが当然じゃないか、というわけだ。これは非常に「利他的」な感覚だと思うが、これはこれで彼の本心の1つなのだと思う。
そして別の場面では、「完全に自分のためにやってるんだ」と力説していた。「『他人のため』みたいな感覚が1ミリでもあったら、しんどくて続けられてないと思う」とまで言っていたのだ。これもまた彼の本心だろうと思う。
彼は躁鬱状態が繰り返されるようで、密着中にも2度鬱状態が悪化し、密着出来ない時期が続いたりした。で、躁状態の彼はとにかく喋るようで(まあ、普段から喋り倒しているのだが)、その衝動を抑えるのが難しいらしい。そういう時に、自分から誰かに電話をして喋っているとうざがられてしまう。でも、電話を掛けてきてくれた人に喋り倒していれば「ギリギリWin-Win」みたいになれると彼は言っていた。だから「いのっちの電話」は100%自分の(治療の)ためにやっている、という認識なのだそうだ。
そして僕は、先程挙げた「雑な感じ」も含めて、坂口恭平のこのスタンスはとても良いなと感じる。
僕も、昔は「死にたい気持ち」が結構強い方だったが、そういう時はとにかく「他人の優しさ」がしんどい。周りの人は、別に特段の負担を感じずに接してくれているかもしれないが、受け取る側の僕は、「こんなクソみたいな自分のために時間も労力も使わせて申し訳ない」みたいな気分になってしまうのだ。
まあこれは性格的な側面も大きいと思うので、「死にたい気持ち」が大分薄れた今でも「他人の優しさ」を素直に受け取れなかったりするが、やはり「死にたい時」はそれがより強くなる。
だから「あなたのためにやってるんじゃないんですよ」「別に優しくしようなんて思ってない」みたいなスタンスが見えると、それだけで大分ハードルが下がる。だから僕も、そういう自分の経験を踏まえつつ、周りの人から何か相談を受ける際は、それが深刻なものであるほどなるべく深刻には受け取らないようにしている。その方が、相手にとっても自分にとっても穏やかでいられると思っているからだ。
そしてそういう観点から、坂口恭平の「いのっちの電話」のスタイルは、僕にはとても好印象に映った。坂口恭平は、絵を描きながら電話に出ていたりもして、それは、人によっては「真剣さが足りない」みたいに見えるかもしれないが、個人的には、こういう「雑さ」は、相談する側にとってもかなり良いんじゃないかなと思っている。
だから余計に、「いのっちの電話」が休止してしまったという事実を残念に感じる。困ってる人、多いだろうなぁ。
作中ではほとんどの場合、相談相手の音声は消されていることが多く(まあ当然だろう)、「やり取り」ではなく「坂口恭平の言葉」しか分からない。ただ中には、相談者の音声が残っているものもあり(許可取りが出来たのだろう)、その中でも印象的だったのが「塩鮭の女の子」である。何がどうというのは上手く説明できないが、「ハンバーグと塩鮭定食だったらどっちが好き?」みたいな、「何その会話」みたいなやり取りを続けながら、なんやかんや良きところに着地させてしまうみたいな会話運びはホント「キチガイ」にしか出来ないような感じがした。
また「いのっちの電話」に関しては、本作にはちょっと衝撃的な場面も映し出されていた。具体的には触れないが、少しだけ書いておくと、「警察から電話が来る」のだ。正直、このシーンだけでも「凄いものを観たな」という感じになれたかなと思う。
この点に関して、上映後の舞台挨拶で監督が、「救命救急士だという観客の方から、『あのシーンをちゃんと描いてくれてありがとうございました』と言ってもらえた」みたいなエピソードを明かしていた。確かに、今の世の中はなんか凄く「クリーンすぎる」感じがあって、「◯を隠すなよ」みたいに言っていた坂口恭平の感覚に僕も賛同できてしまう。「不快なものは目にしたくない」という感覚は持っていて当然だと思うが、それと「不快なものは存在しない」というのとは、天と地ほども差がある。しかし、「目にしたくない→見えない=存在しない」みたいな風潮が強まりすぎている感じがあるし、それは凄く嫌だなと思う。
個人的には、「もっと身近なものだぞ」みたいな感覚が当たり前であってほしいなと思うし、「それを大前提として、どう生きていくか」みたいなことを考えるべきなんじゃないかなとも思っている。
あと、坂口恭平の発言の中で凄く良かったのは、「みんなもっと『寂しい』って言おうぜ」みたいなことだ。何かのイベントの中で「『♪ペイペイ』ぐらい、みんなが『寂しい』って言ってるぐらいの感じがいい」みたいなことを言っていた。「結局、『寂しいって言えないこと』が色んな問題の原因になっている」という指摘はなんかその通りという感じがするし、「みんな、『寂しい』ってもっと言っていこうぜ!」みたいなスタンスは結構良いなと思う。
そんなわけで、広く万人に勧められる作品ではないが、好きになれる人は好きになれるタイプの映画だと思う。監督は坂口恭平に密着する際、「僕の生活は編集に向かない」と言われたため、「回しっぱなしの映像を編集なしでYouTubeに上げる」という企画として始まったそうだ。そのリンクを貼っておくので、気になる方はまずこちらを観てみてもいいだろう。
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