【映画】「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」感想・レビュー・解説
さて、僕は観ながらまず、「これはイギリスの話か? アメリカの話か?」みたいに思っていた。つまり、ボブ・ディランがイギリスの人なのか、アメリカの人なのか、あるいは別の国の人なのか知らなかったのだ。途中でケネディ大統領とかキューバ危機とか出てきたから「なるほどアメリカの話か」と分かったのだけど、それぐらいボブ・ディランのことを知らない。作中で流れていた曲も、もちろん聴いたことはあったけど、例えば曲だけ聴かされて「これは誰の歌か?」と聞かれたら、僕には答えられないだろう。「ボブ・ディランがソングライターで唯一ノーベル文学賞を獲った」というのも、確かにニュースでなんか聞いたような記憶もあるけど、あんまり覚えていなかった。
ぐらいの人間が本作を観ているので、まあそりゃあ、そんなにグッと来たりはしなかった。特に前半は。
ただ、後半に進むに従って、結構お面白くなってきた。ボブ・ディランが有名になって以降の話だ。普通は、どちらかというと有名になって以降の話の方が、物語としてはつまらなくなってもおかしくないように思うが(やはり「知られざる過去」みたいな方が物語的には面白くなるだろう)、本作では「有名になって以降のボブ・ディランの苦悩」が描かれていて、それは凄く良かった。
そもそも彼は、自分が有名になったことについて、「気まぐれな大衆の有名ルールによって」とナレーションがあった。この言葉は色んな解釈が出来るだろうが、シンプルに捉えれば「運が良かった」みたいな謙虚な意味にも受け取れるだろう。しかし実際には恐らく、「どうせ俺のことなんか禄に理解してもいないくせに祭り上げやがって」みたいな気持ちが込められているんじゃないかという気がする。もっと言えば「お前らに、俺の曲の良さが分かるのか?」みたいな感じかもしれない。いや、別に本人がそう口にするような場面はないから、あくまでも僕の勝手な解釈だけど。
また、彼は別の苦悩についても語っていた。ある場面で彼は、「皆俺に、曲の着想について聞いてくる」と話し始める。そして続けて、こんな風に口にするのだ。
『ただ、顔には別の問いが浮かんでいる。
「なぜ自分には書けないのか?」と』
なるほど、そりゃあ鬱陶しいわなと思う。
ボブ・ディランのことはよく知らないが、本作を観ている限り彼は、お金とか権威とかには全然興味がなかったみたいだ(ノーベル賞の授賞式にも出なかったみたいだし)。しかし、有名になり、人々から求められ、常に大きな期待を背負わされる彼には、必然的に権威的なものがつきまとってしまうことになる。きっと彼は、そんなこと関係なしに、純粋に音楽を届けたかったはずだ。というか、たぶん、彼が得意だったことがたまたま音楽だっただけで、本質的には「音楽を届けたい」とも思っていなかったんだと思う。たぶん、より重要だったのは、「同じ視点から物事を見れる人」だったんだろうな、と。恐らく、そういう存在の1つとして描かれていたのが、まだ「名もなき者」だった頃の恋人シルビィなのだろう。
ボブ・ディランは、「お偉方が集まるパーティーで、客寄せパンダ的に歌わされた」後、エレベーターに乗り込む。独り言のように「うせろ。放っておいてくれ」と口にすると、たまたま同じエレベーターに乗っていた初対面の人物(ボビー・ニューワース)に「放っておかれてどうするんだ?」と聞かれる。それに対してボブ・ディランは次のように答えていた。
『連中が望んでいるのと逆を』
こういう感じは、凄く好きだなと思う。
この「連中が望んでいるのと逆を」というスタンスは、一見「自由」に見えるが、捉え方によっては「囚われている」とも言える。ただ、ボブ・ディランはたぶん「連中の希望を満たさないため」に逆を行こうとしていたのではないと思う。そうじゃなくて、「連中の望みの逆方向にしか、『同じ視点から物事を見れる人』はいない」と理解していただけだと思う。だから、そういう人間に声が届くように「連中の逆」を向こうとしていたんじゃないだろうか。
と考えると、「名もなき者」というタイトルの意味もちょっと変わってくるだろう。普通に捉えればこれは「ボブ・ディラン」本人を指していると捉えるべきだが(というかそもそも、彼の曲の一節だということも本作を観て初めて知ったのだけど)、実は「ボブ・ディランが曲を届けようとした人たち」のことを指しているんじゃないかという気もする。ボブ・ディランがいう「連中」というのは、どちらかと言えば「名を知られた者」であることが多いだろう。そしてその「逆」なのだから「名もなき者」というわけだ。「名もなき者」に声を届けたいし、そして自身も「名もなき者」でありたい、という意味が込められているような気がする。
まあそんなわけで、メチャクチャ良かったというわけではないのだけど、本作を観て、これまで全然知らなかったボブ・ディランに興味が湧いたという意味では良かったなと思う。なかなか興味深い人物である。
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