【映画】「ジュリーは沈黙したままで」感想・レビュー・解説

なかなか純文学的な映画だった。タイトルの通り、本作において主人公のジュリーは基本的に沈黙しているので、その内面はとても分かりにくい。また全体的にはっきりと描き出す描写みたいなものも少なく、だからとても捉えにくい。本作は基本的に、冒頭で提示される「ある状況」に対する様々な「反応」を描き出すだけの物語なのだが、最も大きな「反応」を示すことが期待されているジュリーが沈黙しているために、「事実」は浮き彫りにならない。しかし、丁寧に積み重ねるようにして描き出される様々な状況から、観客はそれぞれに何かを察するだろうし、そしてそういうことが期待される作品なんだろうなと思う。

というわけでまずはざっくり内容を紹介しておこう。

舞台になるのはイロンデルというテニスクラブ。ここでジェレミーというコーチから熱心な指導を受けていたのが主人公のジュリーである。間近にベルギー・テニス協会の選抜入りのテストが控えており、そしてジュリーは選抜入りするだろうと期待されていた。

しかしそんな矢先のこと。コーチのジェレミーが指導停止になったという話が回ってくる。しかし、その速報が回ってきた時には状況はまったく分からなかった。その後、クラブのメンバーが集められ、代表から説明がある。同じクラブ所属のアリーヌという女性が自殺してしまったようで、それを受けてコーチも指導停止になったという話だった。しかし、ジェレミーが何かしたのか(あるいはしていないのか)、そのような説明はない。表向きは、「選手の悩みを聞いたり察したり出来なかった」というのが直接の理由であるようだ。

クラブは「対話の専門家に来てもらうので、皆さんの悩みを話してほしい」みたいなことをいう。どうやら、面談という形で日にちが設定されるようだ。また、コーチはジェレミーからバッキーに変わった。シーズン途中でのコーチの変更は異例だが、クラブもバッキーも「何も変わらない」と強調し、再び練習の日々が始まった。

ジュリーはジェレミーと個人的に連絡を取っているが、しかし状況は判然としない。また、結果的にはこの件がきっかけとなって、自分が「不公平に恵まれている」という事実にも気付かされてしまった。それらの事実は、ジュリーから穏やかさを奪っていく。しかしテストの日は近い。彼女は友人の誘いを断って、練習やトレーニングに励む

誰もが、ジェレミーと一番長く時間を過ごしていたのはジュリーだと知っている。だから、ジュリーの口から何かを聞きたがっているのだ。アリーヌの自殺はジェレミーが原因だと思うか? そうだとして、彼女に一体何をしたのか? おかしな素振りはなかったか? ジュリー自身は何かされていないか? しかし、プライバシーや個々の権利などのことも念頭にあるのだろう。誰もそういう話をジュリーに聞いたりしない。ただ、「悩んでいることがあったら教えてほしい」と問うだけだ。

そしてジュリーは、ジェレミーについては何も話そうとしない。

というような話です。

さて、冒頭にも書いた通り、本作では「何が起こったのか?」という事実に関して確定的な情報が提示されることはない。だから観客それぞれが考える必要があるのだが、一応僕なりの仮説はある。あまり具体的になりすぎないように書こうと思うが、要するに、「明確な目的のために沈黙していた」ということなのだろう。

ここまで触れてこなかったが、ジュリーは15歳である。というか、僕自身、映画を観ている時には彼女の年齢をちゃんとは認識していなかった。年齢が示唆されるような場面はなかったと思うから、「見た目で何となく年齢を判断する」ぐらいのことしか出来ないと思うが、別に全然高校生ぐらいにも見える人なので、日本で言う中学生の年齢だとは思わなかった(ただ予告編で、「大人であることを期待される」)。

で、そうなると、この年齢の問題も余計にややこしさをプラスする要素になると言えるだろう。

繰り返しになるが、状況はこうだ。クラブの女子選手が自殺し、コーチが指導停止になった。その間に関連があるかは今のところ分かっていないようである。そして、コーチと最も長く時間を過ごしていたのがジュリー。だから大人たちはジュリーの言葉を聞きたがっている。

そしてこれは、とてもプレッシャーの掛かる状況だと言っていいだろう。

クラブの代表(なのだろう)であるソフィーは、事態に冷静に対処しているようにも見えるが、やはり焦りもあるように感じられる。まあそれはそうだろう。アリーヌの自殺の原因は不明ながら、アリーヌもまたジュリーほどではなかったようだが才能のある選手で、だから「コーチの指導が彼女を追い詰めたのではないか」みたいな見方があるのだと思う(本作ではクラブの外側の世界の話はほぼ描かれないのでよく分からないが)。そして、代表としてはそんな状況に対処する必要があったのだ。

もちろん、そんな焦りをジュリーは感じ取っていただろう。なにせソフィーは、割と執拗に面談の話をするからだ。恐らく他のメンバーにも同じように面談の話をしているのだろうが、たぶんこの面談は「ジュリーから話を聞くため」に設定されたのではないかと思う(あくまでも僕の推測だが)。ジュリーだけから話を聞くのは不自然だから全員にということになっているが、ソフィーが最も話を聞きたいと思っているのはジュリーのはずだ。

そしてそんな雰囲気をジュリーも察していたんじゃないかという気がする。だから「悩みなんかない」「学業と練習に集中したいだけです」みたいなつれないことを言って面談を拒否し続けるのだ。

ジュリーは、自分の証言によって状況が大きく変わることを理解している。そしてだからこそ喋りたくないのだ。まあそりゃあそうだろうなと思う。15歳にそんな重荷を背負わせていいわけはないだろう。

そもそもだが、クラブのメンバーは間近に協会のテストを控えているわけで、普段よりも神経質になっている。特に選抜が有望視されるジュリーはなおさらだ。普通なら、テストに専念できるような環境を作ってあげるべきだろう。

いや、もしかしたらソフィーは「専念できるような環境を用意しよう」と本当に思っているのかもしれない。そのために「安心して悩みを吐き出せる場」である面談を用意した、みたいなことを冒頭で話していたからだ。しかし、ソフィーのその発言が仮に本心だとしても、それを言葉通りに受け取るのはなかなか難しいだろう。そして結果的に、ジュリーたちは穏やかではない状況のままテストを迎えることになってしまったのだ。

子どもというのは否応なしに大人の都合に振り回されるものだが、「若くして大人の世界に参加せざるを得なくなるスポーツ選手」というのは余計にその傾向が強くなるのかもしれない。そしてそこにさらに「15歳の少女」という要素も加わり、余計に状況はややこしくなっていく。

さて、本作には「何があったのか」に関する直接的な描写はないのだが、作中で最も違和感を覚えたやり取りが恐らくその「事実」に関係しているのだと思う。それが、「やめてと言われたからやめたぞ」である。

正直このセリフが出てきた時には、意味が理解できなかった。ただ、とにかく強烈な違和感が残るという感じだったのだ。しかしその後、物語の展開とともに、「なるほど、ってことはそういうことなのか」という風に思ったりした。しかしホント、「やめてと言われたからやめたぞ」ってのは、ちょっと凄いセリフだなと思う。色々言いたいことはあるが、一番分かりやすいところで言えば、「じゃあ『やめて』って言われなければやめなくていいと思ってるんだね?」という感じだろうか。世間には、「『NOではない』なら『YES』だろう」みたいな受け取り方をする人が一定数いると思うが、ンなわけがない。NOはNOだしYESはYESだし、「NOではない」は単に「NOではない」というだけの話である。

とまあそんなわけで、そんな風に「何となく示唆される事実」みたいなものが浮き彫りにされるわけだが、個人的には、もう1つ示唆される事柄についても興味深いと感じた。

それが、少し触れたことではあるが、「不公平に恵まれている」という話である。

物語の途中に、「授業料についてコーチとやり取りする」みたいな場面があった。コーチの変更により授業料も変わったのだけど、その差額は返金されるのか? みたいな話である。これも、そのシーンを見ている時には「何でこんなシーンが挿入されているんだろう?」と思っていたのだが、これもしばらくして理解できる。そしてなるほどなぁと思う。

恐らくだが、この描写には、ジュリーの「クラブのメンバーとはちゃんと友達でいたい」みたいな葛藤が関係しているのだと思う。ジュリーがそれまでどういう認識を持っていたのか、それはよく分からないが、恐らくジュリーは「想像以上だった」みたいな感覚だったんじゃないかと思う。だから彼女は、「自分はこんなに恩恵を受けていいはずがない」みたいに感じられるようになったのだろうと思う。

とはいえ、彼女にはやはりちゃんと目標があるわけで、それは無視できない。だから、モヤモヤしたものを抱えながら、どうにか自分なりに許容できるラインを無理やり見つけて対処する、ぐらいのことしか出来ないというわけだ。この話もまた、スポーツ選手に多く起こりがちな状況に思えるし、結果として負担になってしまうような状況だと言えると思う。

そんなわけで、ジュリーは色んなものを背負って(背負わされて)いるために「沈黙」を選択せざるを得なかったわけで、15歳の双肩にかかる負担の大きさが想像できるような物語だった。非常に小さな世界でかなりミニマムな状況を描き出す物語に思えるが、観る側の捉え方によって様々な背景が想像できる物語で、なかなか印象的だったなと思う。


いいなと思ったら応援しよう!

長江貴士 サポートいただけると励みになります!

この記事が参加している募集