【映画】「PEAK END」感想・レビュー・解説
メチャクチャ面白いわけではなかったけど、なんとも不思議な感覚になる作品で、悪くはなかった。良い意味でも悪い意味でもなく「Vlogみたいな映画」という感じで、そらとリンという、京都の芸術大学で出会った2人を追うドキュメンタリーみたいなフィクション(という表現も的確ではないのだが)である。
で、僕が観た会は、上映後にそら、リンを含むトークイベントがあったので、適宜その内容にも触れつつあれこれ書いていこうと思う。
僕はいつものようにどんな映画なのか全然知らないまま観に行ってるので、冒頭からしばらくの間、何の映像なのかもよく分からなかった。全然説明がないからだ。予告編を観てたので、「2人が芸術大学で出会った」みたいなことはなんとなく覚えてたけど、それ以上のことはよく分からないまま、リンが室内に迷い込んだ蝶々を絵に描いたり(エンドロールには、この蝶々も出演者として記載されていた)、2人で食パンにジャムを塗ってる姿を見たりしていた。
で、そういう感じのまま最後まで進む。もちろん、各々の基本的な情報は観てれば分かってくる。「リンは韓国人で、そらは沖縄出身で」みたいなことだ。でも、「で、この映画はそもそもなんなん?」みたいなことは最後までよく分からない。
その印象は、「どうやら完全なドキュメンタリーってわけでもなさそうだ」というシーンを観てから一層強くなった。作中に、写ルンですを万引きするシーンがあるのだ(もちろんフィクションである)。「2人の日常をVlog的に撮ってる」ってことならまだ全体像は捉えやすいが、そうじゃないってことだ。
その辺りのことは、トークイベントでなんとなく理解できた。そもそも僕は、「本作の監督がリンである」ってことも、エンドロールを見るまで知らなかったのだけど、で本作は、そんなリンが、「そらのことをどうしても撮って映画にしたい」と考えて生まれたもののようだ。
トークイベントにももう1人、布施琳太郎という現代美術家もいたのだけど、彼に問われる形で面白い話が出てきた。映画の冒頭、2人がブランコに乗ってるシーンがあるのだが、あの映像は、2人が関係を持ち始めた最初期の映像らしく、つまり、映画のために撮られたものではないようなのだ。そういう映像は他にもあるようで、だからドキュメンタリー的な要素もある。
で、共に時間を過ごす中で、リンはそらに対して「もっと知りたい」という意味も含めて「撮りたい」と考えるようになったという。で、そらは本当は撮られるのがメチャクチャ苦手らしいが(本人も言っていたが、とてもそうは見えない)、リンの凄まじい企画書に込められた想いを読んで、「これは覚悟を決めるしかない」と考え、そうして本作が生まれたそうである。
で、これも布施琳太郎が指摘していたが、作中でそらが「今は制作が入ってるから2人になれないけど、本当はリンとは一対一で関わりたい」と話してるシーンがあり、僕としてもこのシーンは結構気になるものだった。
そもそも僕も、関わりたいと思える他者とは一対一の関係を望んでしまうことが多いので、そういう意味で共感できたというところもある。さらに、「仮に他に人がいなくてカメラだけが回ってる状況でも、本質的には一対一にはなれない」みたいなことをリン画言っていて、「いや、そうだよなぁ」と思ったりした。
だから本作は、「リンがそらのことをより知るために企画された映画」なのだが、「映画を制作する」という特性上、「一対一の状況にはなれない」というジレンマがあり、「そんなジレンマを抱えながら、それでもどうにかお互いの『リアル』をカメラに記録しようとする奮闘」そのものが映し出されている作品なんだなと僕には感じられた。まあ、なかなかないタイプの映画だと思うし、「本質的には不可能なことを勢いと若さで突っ走ろうとしてる」みたいな衝動もあったりして、そういう部分は結構良かったなと思う。
そしてそんな風に捉え直した上であらためて思い返してみると、「宇宙に食パンを飛ばす」とか「写ルンですで撮った写真の裏にコメントを書いてトンネルに展示する」とか「沖縄で木に登る」とか、そういう「何でもないと言えば何でもないけど、地に足が着いてないと言えば着いてない」みたいな様々な行動が、「結果として、2人の関係性を自然に見せるのではないか?」みたいな意図があるのかなと思ったりした。トークイベントでリンが、「カメラがある中では難しいこともあったけど、私もそらもなるべく自然でいようとした」みたいなことを言っていたと思うのだが、そういう「『カメラやスタッフがいる』という不自然な環境下において、そらとの『いつもの関係を現出させる』みたいな試行錯誤」が本作の本質だったりするのかなと思ったりもした。そういう捉え方をするなら、また違った見え方になるよなと思う。
しかし何にしても、個人的には、そらとリンみたいな関係には憧れる。僕は、いわゆる「ソウルメイト」みたいな関係性を理想的だなと感じるのだけど、そらとリンはまさに「ソウルメイト」という感じがした。
そらが単独でインタビューに答えてる時に、「リンが何かに触れる時、そこには全部『愛』が込められてるように感じる、それが自分に向けられると凄く嬉しい」みたいなことを言ってる場面がある。他にも色々と、お互いがお互いについて語る場面はあるが、こんな感じでどちらも、「自分の存在は、相手の存在によって成り立ってる」みたいな感覚を持ってることが伝わってくるし、凄く良い関係だよなと思う。羨ましい。
さて、トークイベントの最後に質問のコーナーが少しあり、そこで「どうして『PEAK END』ってタイトルなのか?」という質問画あった。そもほも僕はこのタイトルを見て「ピーク・エンドの法則」かなと思っていたのだけど、それは合ってたようだ。しかし、『PEAK END』に決まったのは撮影がかなり進んでからのことだったようである。リンが何かで「ピーク・エンドの法則」のことを知り、それがまさに今撮ってる映画の感覚に近いという直観があったそうだ。そして、タイトルが『PEAK END』で確定したことで、ラストの「電車内で『ピーク』と『エンド』の話をする」という展開に決まっていったという。
このラストシーンは、固定されたカメラで車窓を捉えていて、2人の姿はその車窓に映る姿として映し出される(時々ちゃんと映り込みもするが)。なかなか変わった画角・構図の映像で、ほとんど「車窓からの景色」と「2人の会話の内容」だけで成り立っているシーンと言っていいだろう。これがかなり長い時間続くのがラストシーンで、そんな終わらせ方も印象的だった。
で、個人的には、そらの声がメチャクチャ好きだったんだよなぁ。良い声してる。普段あんまり人の声に反応することはないんだけど(アイナ・ジ・エンドの歌声がメッチャ好き、とかぐらい)、久しぶりに「好きなタイプの声だなぁ」と感じた。
あと、リンの日本語が上手くてビビる。いつ日本に来たのかみたいなことはよく分からないが、「20歳の時には韓国の大学にいた」「今日のトークイベントの時点で28歳」「映画は2023年が舞台」みたいなことを総合すると、映画を撮っていた頃は24・25歳ぐらいで、長くても日本滞在歴は4~5年といったところではないだろうか。それであれぐらいペラペラ喋れるのは凄い。
ただ発音が上手いとかだけじゃなくて、そらと結構抽象的な内容の会話もしてたりするので、凄いなと思う。見た目も含め、「韓国人だ」と自分から言わなかったら気づかれないレベルじゃないかな。
というわけで、メチャクチャ良かったわけではないのだが、2人の関係性はメチャクチャ素敵だし羨ましいし、そしてそれを「カメラがあっても可能な限り日常の感じで再現しよう」みたいな感じで撮っていく雰囲気も良かったなと思う。「良いなぁ」って感じる人は、結構いるんじゃないかな。
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