【映画】「ペリリュー 楽園のゲルニカ」感想・レビュー・解説

個人的には、「昔の日本軍がクソだったことは、むしろ良いことなんじゃないか」とここ最近考える。本作のような「あまりに酷く、あまりにも無意味な死」に多くの人が触れることで、「戦争=最悪」という印象が強まるはずだからだ。ちなみに、ここで僕が言っている「日本軍」とは、末端の兵士ではなく、作戦を立案した者や指揮官などを指している。

本作で扱われているのは、パラオにあるペリリュー島での闘いである。詳しい状況は作中では触れられなかったが、公式HPにはこんな風に書かれている。

【日本軍にとって玉砕を禁じられ持久戦で時間稼ぎをする方針転換がなされた最初の戦いとなり、その方針は硫黄島へも引き継がれた。日本軍1万人中、最後まで生き残った兵士はわずか34人。米軍も1600人以上が死亡したとされる。守備の中核を担った水戸第二連帯はその9割がペリリュー島で亡くなっている。その犠牲の多さと過酷さに対してほとんど語られることのない「忘れられた戦い」となり、2025年現在でも千を超える日本兵の遺骨が収容されず島に眠っている。】

「硫黄島」や「レイテ島」など、戦争にまるで詳しくない僕でも知っている「激戦地」はいくつかあるが、ペリリュー島は正直、本作を観るまで知らなかった。本作は、1944年の7月から始まるが、34人の兵士が米軍に投降したのは1947年の4月である。戦争が終わってから実に2年弱も潜伏を続けたというわけだ。

本作では、いわゆる「戦争」としてイメージする描写は、冒頭からしばらくの間(体感では15~20分程度)である。その後は正直、さながら『メタルギアソリッド』のように(ゲームをプレイしたことないので間違っているかもしれないが)、「米軍からひたすら逃げ続ける」という描写になっていく。そしてその状態で数年間も身を潜めるのである。

少し前に『木の上の軍隊』という映画を観た。こちらも実話を基にした作品らしく、沖縄・伊江島で終戦後も数年間潜伏し続けた兵士たちを描く。恐らくだが、当時こういう話はあちこちにあったんだろうなと思う。

当時彼らが知らされていた情報でまともな判断が出来たはずがないので、末端の人間は「命じられたまま動く」しかなかったと思うが、「日本不利」の情報を有していた者たちが無謀な闘いに突き進んでいったことは、本当に意味が分からない。NHKで放送していたドラマ『シミュレーション 昭和16年夏の敗戦』では、「当時の一流の才能を集めて、アメリカと戦争を行った場合の予測を行った」という実話を基にした物語が描かれるが、彼らの結論は「絶対に負ける」だった。開戦前から、日本は「絶対に負ける」という結論を導き出していたのだ。それでも、それを無視して戦争に突入した。何をどう取り繕おうが、僕には「頭がイカれていた」としか思えないし、どんな功績が称えられていようと、僕は戦争を主導した者たちを一切評価しない。

そして本作を観て改めて、そんな思いを強くさせられたなと思う。

なにせ、どこだか分からないぐらい遠くの島に送られ、恐らく補給なんか断たれていただろうし、援軍も来ない。周りの島では玉砕の話ばかり。主人公の田丸は「生きて日本に帰る」と考えていたが、そんな田丸に対して「田丸くんはここから生きて出られると思ってるんだ?」みたいに語る兵士もいる。そして、終戦後も本国からは何の連絡もなく(これは、連絡したくても出来なかっただけかもしれないが)、残された者たちは「いつか日本の船が海からやってきた時に、我々は内部から援護しよう」と考えて、来るはずのないその時のために無為な準備を続けるのだ。

そんなの、クソ過ぎるだろ。

戦争を「英雄譚」として描くケースもあると思うが、個人的には、そんな物語は滅びればいいと思う。そうではなく、真に伝えるべきは、本作で描かれているような「圧倒的な虚無・無意味さ」の方だ。多くの人がそんな実感を抱けば、心情的に「戦争」はどんどんと遠いものになるはずだ。そういう意味でも本作はとても重要な物語だなと思う。

というわけで、ざっくり内容を。

マンガ家志望の田丸は、ペリリュー島に送られた。彼は、生きて日本に戻ることを願っているが、仲間には「兵士として立派に死にたい」と願う者もいる。実際、こんな南方の孤島から帰れそうな気配はまったくない。それでも田丸は、戻ってマンガ家になるという夢を叶えるべく、どうにか生き延びたいと考えている。

そんな田丸はある日、小隊長からある任務を託される。「功績係」である。戦地で亡くなった者には、家族に対して「最後どのように命を落としたのか」を綴った手紙を送るのだが、小隊長はそれが苦手なのだそうだ。というのも、「本当のことを書く」わけではないからだ。「スコールのせいで足を滑らせて岩に頭をぶつけて死にました」とは言えない。だから、「勇敢な死を遂げた」かのような”作文”が求められるのだ。田丸は「マンガを描いている(架空の物語を創造している)」という理由で、「功績係」に抜擢された。

そんな田丸は、戦闘能力は高くなく、というか低く、交戦になっても震えて銃が撃てなくなってしまうような状態だった。そんな田丸を支えたのが、同期だが銃の扱いに長け、戦闘にめっぽう強い吉敷だった。2人は常にお互いを励まし合い、「一緒に生きて日本に帰ろう」と誓い合った。

激しい戦闘により多くの仲間が命を落とし、怪我人も多数。まともに動ける者は僅かしかいない。米軍が常駐する中、彼らに見つからないようにどうにか食料や水を調達し、ただ生き延びる日々。誰もが家族のことを思い浮かべ、そして同時に、日本兵としての矜持を思い出す。

一体、何のためにここにいるのだろうか?

というような話です。

本作は、かなりハードな戦争をモチーフにしているが、絵柄が割とコミカルな印象で、その内容に比して、視覚的な深刻さは強くはない。この点はまず、本作を観るハードルを下げるんじゃないかと思う。

ただし、本作で描かれているのは史実であり(ただ、細部まで事実ということは恐らくないと思うが)、だからこそ、そのあまりの悲惨さには圧倒されてしまう。「内容のハードさ」と「絵柄のコミカルさ」のバランスが結構絶妙で、エンタメとしても観れる一方で、ドキュメンタリー的な捉え方も出来るだろう。

色んな描写に様々な感情を抱かされたが、一番印象的だったのが「あまりにも無意味すぎる死」である。先程「スコールのせいで足を滑らせて岩に頭をぶつけて死にました」という話に触れたが、他にも「かろうじて踏ん張っていた兵士がついに倒れ、その拍子に隣にいた上官を撃ってしまった」みたいなものもあった。僕は別に「勇猛果敢に敵に突っ込んでいき最後まで兵士として戦って死ぬ」みたいな死に方に「意味がある」と思っているわけではないが(どんな風に死のうが、死は死でしかない)、とはいえ、「そんな風には死にたくないよなぁ」と感じてしまう死に方はやはりあるし、本作にはそういう死が色々と描かれていた。最悪すぎる。

また、「死」に関しては、「どうせ死ぬのに。こんなん、早いもん勝ちだろ」という言葉も印象的だった。これは、戦闘で怪我を負った兵士の口から出てきたものだ。既に薬もなく、怪我人は最低限の手当てだけされ、苦痛に耐えるしかなかった。もはや死を待つばかりである。だからこそ「早く死んだ者の勝ち」みたいな発想が出てくるのだ。これも本当に酷い実感だと思うし、酷すぎる世界だなと思う。

ホントに、ありきたりなことを書くしかないが、「こんなクソみたいな世界が二度と地上で起こらないといい」と思う。が、世界で戦争が終わる気配はないし、日本だっていつ戦争に巻き込まれても(あるいは、始めそうな勢いさえ感じるが)おかしくないだろう。

嫌な言い方になるかもしれないが、本作を「他人事」だと感じられる世界を僕らは目指すべきなんだと思う。


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