【映画】「心が叫びたがってるんだ。」(二度目)感想・レビュー・解説

誰の心の内側にも、成瀬がいる。

成瀬は、喋れなくなった女の子だ。声は出る。でも、喋るとお腹が痛くなってしまう。幼い頃、自分のお喋りが原因でとんでもない事態を引き起こしてしまった。その時にやってきた“玉子”に呪いを掛けられて、成瀬は喋れなくなってしまうのだ。

成瀬は、確かに極端に描かれる。成瀬ほどに自分を追い詰める人は、そう多くはないだろう。しかし、程度の差こそあれ、誰もが“成瀬らしさ”みたいなものを抱えて生きているんじゃないかと思う。これはちょっと言っちゃいけないな。言わない方がいいな。ちょっと黙っておこう。場面場面でそういう選択をする人は、たくさんいるはずだ。
エンディング曲である乃木坂46の歌の歌詞に、こういうフレーズがある。

『何も欲しいと言わなければ、傷つかなくて済む』

まさにそういうやり方で、面倒なこと、嫌なこと、悲しいこと、辛いことをやり過ごそうとする人。そういう人は、きっとたくさんいるだろうと思う。

僕は、成瀬とは真逆の道を歩んだ。

成瀬は喋らない。しかし、成瀬には、伝えたいことがある。成瀬の内側に、ずっとそれがあったのかどうか、それは分からない。しかし成瀬は、ある瞬間から確実に、伝えたいことが心の内側に生まれる。

しかし成瀬は、伝える手段であるはずの言葉を封じられてしまっている。成瀬はそこで苦労することになるのだ。

しかし、僕は違う。僕は喋る。どこに行っても、誰とでも、いくらでも喋れる。でも、僕には、伝えたいことはない。

僕が口に出していることは、「その場でこういう言葉が求められてるんだろうなと感じる言葉」だ。こう言ったら嬉しいんだろうな、こう言ったら場がうまく収まるんだろうな、こう言ったら相手は満足するんだろうな。僕の口から出る言葉は、基本的にそういう発想で生まれた言葉ばかりだ。僕自身が伝えたいことではない。僕にとっての言葉は、“伝えたいことを伝えるための道具”ではなく、“その場に現れるべき感情や価値観を具現化するための道具”でしかない。それらは、僕が言う必要があるわけではない。誰が言ってもいい言葉だ。でも僕は、それを率先して口に出す。

それが、僕なりの防御なのだ。

“その場に現れるべき感情や価値観を具現化する装置”として、僕は生きてきた。そういう立ち位置が、集団の中で重宝されることを知っているからだ。僕は、自分自身に何か価値があると思えない。面白いことが言えるわけでも、リーダー気質があるわけでも、何かの能力に秀でているわけでもない。そんな人間が、ある程度まとまった集団の中で居場所を確保するための積極的な方法として、僕は“その場に現れるべき感情や価値観を具現化する装置”になろうと意識してきた。その場の空気を読み、適切な言葉を選び口から出す。当たり障りないことも言うが、その場をざわつかせるようなことも言う。それは、なんとなく全体の雰囲気を感じ取って、ざわつかせてでも言った方が良さそうだと判断したことを言っている。そんな風にして、僕はずっと生きてきた。

これは、成瀬とは真逆の方向だ。成瀬は、正直だ。成瀬は、自分の気持ちに嘘をつかないために、口を閉ざした。

『言葉は誰かを傷つけるんだから』
『言葉は取り戻せないんだから』

成瀬は、伝えたいことを伝えたことで誰かを傷つけてしまった経験を引きずっている。だから、喋らない。しかしそれは、「伝えることを諦めた」というだけのことであって、「想うこと」は諦めていない。成瀬は、想う。自分の心の内側に溢れる想いから、目を背けない。伝えるための手段である“言葉”は、成瀬は失っている。しかし“歌”なら…。成瀬の新しい挑戦は、そんな風にして始まっていく。
そう、成瀬は、自分の気持ちに嘘をつかないのである。

僕も、自分の気持ちに、嘘はつきたくない。成瀬もきっと、それが辛いことだと知っている。自分の気持ちに嘘をついて喋るくらいなら、自分の気持ちに嘘をつかずに喋らないことを選んだのだ。

僕も、それが辛いことを知っている。でも僕は、喋ることを選んだ。成瀬は、喋らないことで自分の心を守ったが、同時に、集団の中でやっていくことを諦めた。僕は逆だ。僕は、集団の中でどうにかやっていくために、自分の心を捨てた。

僕は、自分の中から“ホントウ”を捨てた。

自分の気持ちに嘘をつかないでいるためには、どうするべきか。集団の中でうまくやっていくために、“その場に現れるべき感情や価値観を具現化する装置”としてやっていくことを決めた僕が、自分の気持ちに嘘をつかないでいるためには、どんな手段があるだろう。その答えを、僕はきっとどこかの段階で掴んだ。
それが、自分の中から“ホントウ”を捨てる、ということだった。

「自分の気持ちに嘘をつく」というのは、自分の内側に“ホントウ”があるからこそ生じる。自分の内側に“ホントウ”があって、でも口から出す言葉がそれと異なるから「嘘をつく」ことになってしまう。だったら、自分の内側から“ホントウ”を捨ててしまえば、「嘘をつく」ことを回避できるのではないか。

だから僕は、可能な限り“ホントウ”を持たなくなった。そんなことが出来たのは、元からそういう性質があったからだろう。子供の頃から、執着するものもなく、やりたいこともなく、好きなものも食べたいものもほとんどなかった。いや、もしかしたらその時点で、“ホントウ”を捨て始めていたからかもしれない。その辺のことはもう思い出せないけど、とにかく僕は、“ホントウ”を捨てていったし、そして同時に、心の内側に“ホントウ”が居座らないように注意した。


何かを求めたり、好きになったり、やりたくなったり、欲しがったり、そういう感情がなるべく生まれないように気をつけた。

もちろん、完全にとはいかない。でも、“ホントウ”が心の内側に居座りそうになると、心が乱れたり、不安定になったり、まともに思考が出来なくなったりした。多くの人はそういう状態を、「熱中」とか「没頭」とか「恋」とか、そういう名前をつけて呼んでいるんだろうけど、僕はそういうものを怖く感じるようになっていった。

だから少しずつ、“ホントウ”が居座りにくくなっている。居座りそうになったら、心がアラームを発して、自分を押しとどめるようになった。それ以上近づくと、ヤバイぞ、と。

これは、臆病な生き方だ。傷つくのを恐れて、ただ逃げているだけだ。自覚はある。でも、長いことこの自分でやってきてしまった。今さら心の内側に“ホントウ”を入れるのは、怖いのだ。

そういう意味で、僕と成瀬は、性質は真逆だが、置かれている状況は似ている。成瀬も、ずっとそういう自分でやってきてしまった。

『玉子がいなかったら、なんのせいにすればいいのかわかんないよ』

成瀬はそう叫ぶ。喋らないことで、成瀬はきっと多くのものを失ってきた。多くの感情を、多くの関係を、多くの価値観を失ってきた。しかしそれでも、成瀬は喋らないことを貫いた。玉子の呪いのせいにして、喋らないことを貫いた。今さら玉子なんていないって言われても、成瀬は困る。ずっとそういう自分でやってきてしまったからだ。

しかし成瀬は、まるで玉子の殻を破るようにして、今いる自分の場所から抜け出すことが出来るようになった。

『成瀬にも伝えたいことがあるなら、歌ってみたらいいんじゃないかな』
『お前の言葉で、嬉しくなったから』
『成瀬さんは明るいやつです。そりゃ、喋らないけど、心のなかでは一杯喋ってるんです。今日だって、友達のために無茶したからこんなことになったっていうか…。成瀬は、いつも頑張ってるんです』

成瀬のことを理解しようとしてくれる仲間がいる。成瀬のやりたいことを一緒になって実現させようとしてくれる仲間がいる。成瀬の心の叫びをしっかりと聞いてくれる仲間がいる。

成瀬は、そんな仲間と一緒に、短くも充実した期間を過ごすことで、自分の殻から這い出ることが出来た。

僕にも、同じことが出来るだろうか?ちょっとイメージは出来ない。僕には、言葉はある。いくらでも、言葉は出てくる。でもそれは、僕の“ホントウ”と繋がったものではない。僕の心には、“ホントウ”はないからだ。僕はもう、“ホントウ”を持つことが怖くなっている。“ホントウ”のない自分と、ずっと一緒にやってきてしまったから、“ホントウ”を持った自分になるのが怖い。“ホントウ”と繋がった言葉を、自分の口から出すのが怖い。

『言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいのに』

“ホントウ”と繋がった言葉を持つ人のことを、僕は羨ましく思う。そういう言葉は、やっぱり強いからだ。僕の言葉は、装飾は派手かもしれないし、耳障りもいいかもしれないけど、でも弱い。“ホントウ”と繋がっていない言葉であると自覚しているから、どうしても弱くなる。

成瀬の言葉は、強い。そういう意味で僕は、成瀬のことが羨ましい。

内容に入ろうと思います。
毎年学年で一クラスだけ、「ふれあい交流会」という行事を担当させられる。地域の人を招待して、演劇や朗読などを披露するのだ。
成瀬順、坂上拓美、田崎大樹、仁藤菜月。この四人は、音楽教師である担任から、勝手に「ふれあい交流会」の委員に任命されてしまう。
成瀬は、幼少の頃の経験から、喋れなくなってしまっている女の子。クラスメートも、成瀬の声は一度も聞いたことがない。
坂上は、文化部系の、何事にもほどほどという感じの少年。覇気はないけどそこそこ責任感はあるから、面倒事は押し付けられてしまう。
田崎は、野球部のエースだったが、肘を故障してしまった。練習は出来ないが、放課後の部活に毎日出ては檄を飛ばしているが、実は自分が周りから疎まれていることを知ってしまう。
仁藤はクラスの優等生で、チアリーダーの部長でもある。田崎とは中学時代、ちょっとした関係がある。
四人は、当然やる気の出ない「ふれあい交流会」の実行委員など降りたいと思っていたが、色んな要因が様々に折り重なって、結局、成瀬が原案を考えたミュージカルをやることになる…。
というような話です。

“本当の気持ち”と“伝えるということ”を様々な形で表現した素晴らしいアニメだと思いました。
もちろん、物語の中心にいるのは成瀬です。成瀬は、“本当の気持ち”“伝えるということ”の一番分かりやすいアイコンとして、とても極端な存在として描かれていく。喋ると腹痛になり、他人と会話する時はメール越し。卑屈でマイナス思考で、自分の気持ちを常に抑圧している。
成瀬が様々な人間とどう関わり、それが成瀬自身にどんな影響を及ぼしていくのか、という点が一番の見どころで、惹かれる部分ではある。自分の“本当の気持ち”に気づき、でもそれを“伝えるこということ”には臆病になる。“伝えるということ”が出来ないなら“本当の気持ち”を抑える。きっと今まではずっとそうやってきたのだろう。しかし成瀬は、恐らく初めて、抑えきれない“本当の気持ち”に出会う。しかし、だからと言って“伝えるということ”がすぐに出来るようになるわけではない。その苦悩を、歌という新たな方向性を突破口にして、今まで進んだことのない道を、恐る恐る、でも着実にしっかりと力強く進み始める成瀬の成長の物語は、坂上が作中で『あいつのこと見てると応援したくなるんだ』と言うように、観客もみな応援したい気持ちになるだろうと思う。


しかし、決してそれだけの物語ではない。“本当の気持ち”と“伝えるということ”は、坂上、田崎、仁藤それぞれの物語にもしっかりと根を下ろし、物語全体を脇から支えていく。

『思ったこと言うのとか、言われて言い返すとか、誰かにぶつかったりするのも面倒だって思うようになっちゃった』
『本音とか思ったこととか、言わないのがクセになってた。そのうち俺には、伝えたいことなんてないんじゃないかって思ってた。』

坂上は、“本当の気持ち”にも“伝えるということ”にも曖昧なままで生きてきた。詳しくは描かれないのだけど、坂上は中学時代「何か」があった。その経験から、伝えても伝えようとしても無駄だし、本当の気持ちなんて持つのかったるい、みたいな人間になっていったのだろう。坂上は、登場してからしばらくの間は気怠げな声で話す。何事にも流されているように、そこに意志がないかのように、ゆらゆらと生きている。ただなんとなくぼんやりと、まるでクラゲのように、坂上は漂っている。
しかし坂上は、成瀬と出会い、成瀬のことを知る内に、自分の内側に変化が訪れていることを知る。成瀬は、喋れないくせに、その内側には芳醇な言葉が一杯詰まっている。少なくとも、坂上にはそう見える。伝えないことで心を壊死させていた少年は、心を壊死させないために伝えないことを選んだ少女と同じ時間を過ごすことで、少しずつ、潤いを取り戻していく。次第に坂上の言葉からは、気怠さが消えていく。

田崎は、“本当の気持ち”は痛苦しいほど持っていた。怪我した自分の不甲斐なさもあって、その“本当の気持ち”は、実体以上に膨れ上がっていく。しかし、それを“伝えるということ”には幼稚に過ぎた。田崎は、“本当の気持ち”がそこにあれば、“伝えるということ”をサボっても伝わるはずだ、という傲慢さを持っていた。自分の“本当の気持ち”は、“伝えるということ”をどんな風にやったって、そりゃあ伝わるだろう、と。なんってったって、こんなに痛苦しい“本当の気持ち”なんだから、と。
しかし田崎はある瞬間から、そうではないことを自覚させられてしまう。田崎は、“伝えるということ”をサボっていた自分をつきつけられる。

『でもこのままじゃ俺、全部が中途半端なんだ。だから、仕切り直させてくれないか』

“伝えるということ”の重要さを認識した田崎は、強い。なにせ、“本当の気持ち”はしっかりと持っている男だ。伝え方に頭が回れば、伝わらないはずがない。
田崎もまた、喋れないくせに“伝えるということ”を決して諦めようとしない成瀬の姿に心を打たれる。そして、喋らなくても伝わることがあるということも、成瀬と接することで知るようになるのだ。

『坂上くんが一番大変な時に、何もしてあげられなくて』

仁藤もまた、“本当の気持ち”を抱えている。しかし仁藤は、それを“伝えるということ”を諦めている。それは、怖かったからだ。

『言葉にしちゃえば、本当に終わりになっちゃうって思って』

仁藤は、“伝えるということ”から逃げることで、どっちつかずな立ち位置を望んだのだ。中途半端な場所にいれば、“本当の気持ち”を手放さないで済む。仁藤は、内側に抱えている“本当の気持ち”の脆さに自覚的だった。その脆さに蓋をするために、仁藤は“伝えるということ”を止めたのだ。

『わたし、はっきりさせるの、避けてた。でも、もう止める』

仁藤は、成瀬・坂上の関係に否応なしに組み込まれることによって、自分の弱さを自覚する。そして、成瀬が坂上を変化させたことで、間接的に仁藤も変化させられたのだ。

成瀬は、多くの仲間の存在によって、自分自身の呪いから解き放たれ、新しい道を進んでいくことが出来るようになった。しかし同時に、坂上・田崎・仁藤の三人も、成瀬と関わることで、自分の未熟さを、弱さを、不甲斐なさを自覚し、そこをスタート地点として、新しい自分を進み始めることが出来たのだ。

『思ってることは、ちゃんと口にしないとわかんないんだ』

そんな当たり前のことを確認するために、彼らは大きく遠回りする。大人は恥ずかしがって、過去の自分のそんな時期のことを、“青春”という名前で呼んだりするのだ。

“本当の気持ち”を自覚すること。そして“伝えるということ”の大切さを認識すること。“言葉”や“歌”はあくまでも手段に過ぎず、大事なことは、「伝えたいことがあるのか」「どうやって伝えるのか」なのだ。成瀬という極端な少女が世界に足をつけていく物語が、“本当の気持ち”や“伝えるということ”をおざなりにしている僕らの心に染みこんでいく。素晴らしい物語だと思います。

いいなと思ったら応援しよう!

長江貴士 サポートいただけると励みになります!