【映画】「女性の休日」感想・レビュー・解説
これはなかなか面白い映画だった。
前にこんな話を聞いたことがある。ニューヨークのゴミ清掃員が、待遇の改善や賃上げなどを目的に(だったと思う)、1週間ぐらい仕事をストライキした。すると、街にゴミがうず高く積もり、都市機能はマヒ。これを受けてニューヨーク市は待遇の改善を約束し、今ではゴミ清掃員は人気の職業になっている、という話だ。
と同じようなことを、アイスランドという国全体でやっちゃったという話である。もちろん実話だ。1975年10月24日に起こったその出来事は、アイスランドだけではなく世界を変えた。
アイスランドは「最も女性が生きやすい国」と言われているそうだ。映画の最後に様々なデータが表示されたが、ロースクールの60%は女性、国会議員の48%は女性だそうだ。国会議員の女性比率は世界トップクラスだという。14年(連続かどうかは不明)も、「最もジェンダー平等な国」に選ばれているのだそうだ。
しかし、1975年の10月24日まではそうではなかった。というわけで、まずは「そうではなかった話」から始めよう。
アイスランドに限らないと思うが、昔の女性は「女性だから」という理由で様々な制約を受けていた。アイスランドでも、「中産階級の拡大により、『新居で微笑む主婦』のイメージが広まった」「夫より早く起きて化粧をするように言われた。完璧な顔を見せるように」などの説明があった。
女性は教育を与えられず、お金もなかった。仕事をしている女性はもちろんたくさんいたが、男性と比べれば圧倒的に賃金が低い。その理由についてある女性が、「君は別に稼ぐ必要はないだろう? 夫が稼ぐんだから。君の給料は、化粧や服を買うためなんだから、だから賃金なんか上げる必要はないよな」みたいに言われたと話していた。
そんな時代を生きた人たちのエピソードが色々と興味深い。ある女性は、6人の子どもを育てた母がある時、「本を持って3ヶ月ぐらい刑務所に入りたい!」と言っていたのを聞いたと話していた。「そうすれば本が読めるから」と。
あるいは、農場で生まれ育った女性の話も興味深かった。彼女がいた農場は男女平等だったのだが、しばらくして他の農場ではそうではないと気付いたという。ある日、別の農場で手伝いをしていた時、男性の政治談義に混ざろうと口を開いたら、その場にいた男性が「何も聞こえなかった」みたいに何の反応もしなかった、みたいなことを言っていた。また、同じ女性だったか分からないが、「寡婦の女性以外は、農場主団体に入れない」というルールがあり、それを知った女性は「夫を殺せってこと!?」と憤ったそうだ。
銀行に勤めていた女性は、「10も15も年下の男性に少し仕事を教えたら、すぐに上司になっていく」と言っていたし、新聞社でタイピングの仕事をしていた女性は、「私たちは賃上げを望んだけど、女性の中には『こういうものだから』と端から問題にしていない人もいた」みたいに話していた。
とまあ色んな話が出てくるのだが、これはアイスランドに限るものではなく、全世界的にそうだったはずだ。そして(たぶん)世界に先駆けて革命的な行動を起こしたのがアイスランドだったのだ。
映画の冒頭で、様々な女性が「私の人生において決定的な瞬間だった」「思い出すと今でも身体が震える」「人生最大の出来事だったわ。出産を除いてね」みたいな表現で当時のことを回想していた。また、1975年10月24日に抱いた感想として、「夢じゃないわよね」「信じられなかった」みたいに話してもいた。
まあそりゃあそうだろう。スマホもインターネットもない時代に、「10月24日にみんな休みましょうね!」という呼び掛けだけで、アイスランド女性の90%が「仕事も家事もしない」ことを選択したのである。本作は主に、「女性たちの証言」と「当時を振り返るアニメーション」で構成されているのだが、1975年10月24日の様子は映像に残っており、本作でも使われている。公式HPによると、首都レイキャビークには当時の人口の10%以上にあたる2万5千人が集結したという(そうなると、当時のアイスランドの人口は20万人ぐらいってことになるのかな)。
そして、そんなストライキ(しかし「ストライキ」ではなく「女性の休日」となっているのには理由がある)を実現に導いた立役者たちの証言を踏まえながら、「奇跡と言っていいだろう1日を振り返る」のが本作である。
最初のきっかけは、1970年の5月1日、国際労働者の日のラジオ放送だった。ある女性がラジオで手短にこんな風に呼びかけたのだ。
【赤いストッキングを履いて、広場に】
(少なくとも当時は)ラジオ局は国営放送のみだったようで、だからそれを聞いた多くの女性が赤いストッキングを履いて広場に集まった。そして即興で「目覚めよ女性たち」というスローガンを作り、ここから「レッドストッキング」という組織が生まれることになった。彼女たちは「男性と同じ権利」を求めるために立ち上がった。大事なのは、「男性から奪おうとした」のではないということだ。あくまでも「同じ権利を求めただけ」である。ある女性は、「既存の権力に食い込むのではなく、それを変えたいと思った」と話していた。男性社会に混じってガラスの天井を打ち破るのではなく、「そんなことをする必要のない社会」を目指そうとしたというわけだ。
レッドストッキングは、なんと国営のラジオで番組を持つことになった(ある女性は「ラジオ局の英断だ」と言っていた)。そしてそこでは、生理・中絶・性欲など、普通なら避けてしまいがちな話題を積極的に取り上げていく。同性からの反感も生まれたし、中には「自分の生き方を否定された」と感じた女性もいたそうだ。証言していた女性の中には、「当時は前しか見ていなかったから、言い方が悪かっただろうなと思う」みたいに言っていたが、まあ革命とはそんなものだろう。
また彼女たちは、全国各地の女性労働運動家を訪ね歩き連帯を訴えた。その過程で、彼女たちが「悪名高い」と表現していたある事件を起こす。アクラネースに赴いた際、そこで「美人コンテスト」が開催されようとしていることに気づいた彼女たちは、「容姿で女性を選別するなんて家畜の品評会と同じだし、酷い屈辱だ」と考え、一計を案じる。なんと、農場から雌牛を借りてきてコンテスト会場まで運んだのだ。雌牛がいるせいで参加者が会場に近づかず、結局コンテストは中止。その後「美人コンテスト」は10年間開かれなかったそうだ。
こういう活動は、やはり批判や軋轢を生む。新聞は彼女たちを、「石を孕んだ女性たち。産めないから子どもを憎んでる」「トロール(悪い妖精の名前らしい)は恐ろしいが、レッドストッキングの比じゃない」などと書き立てたそうだ。女性たちは、「男性が恐れていたのは女性に優位に立たれること」「全てを奪われると恐れたのね。同じ権利を求めただけなんだけど」みたいに話していた。
さて、転機になったのが、国連が1975年を国際婦人年に定めたことだ。そしてアイスランドはそれを受けて、6月に女性会議を開くことに決める。この時、様々な団体から300人もの女性たちが集まり、物事が大きく動き始めた。
この会議の際、参加者の一部が「どうすれば国民に、『女性が休むと破綻する』と伝えられるか?」について考えていた。そしてその場で、「経済に対する女性の貢献度を示すため、10月24日にストライキをする」という話が出たのだという。
多くの女性がこの話に賛同したのだが、右派の女性たちだけが「ストライキなんか絶対にしない」「信条に反する」「絶対に受け入れられない」と反対したのだそうだ。このストライキは、色んな立場の女性が同時に立ち上がってこそ意味がある。右派の女性たちが参加しないとなれば、全体に対するインパクトに欠けてしまうだろう。
この難問を解決したのが、ある1人の老婦人だったという。彼女はゆっくりと壇上に上がると、右派の女性たちに、「ストライキは嫌? 休日ならどう?」と提案したというのだ。右派の女性たちは、「だったらいいわ」と納得。レッドストッキングの女性たちは、「あれは紛れもなくストライキだったし、休日だとマイルドになりすぎて嫌だった」と不満を漏らしていたが、ここは妥協して共闘すべきだという判断になったのだろう。
こうして10月24日に女性が一斉に休むという方向で話がまとまったのだ。
しかし、一部の女性たちの間で話がまとまっても、アイスランド中の女性にそれを伝えなければ意味がない。こうして彼女たちは、あらゆる手を使って知り合いの女性たちにこの話を伝えた。別にこそこそやっていたわけではない。レッドストッキングのメディア担当の女性はあらゆるメディアにこの話を持っていったし、テレビは実際に「あなたは当日休むんですか?」みたいなインタビューをしていた。
しかし男たちの多くは本気にしていなかったようだ。銀行に勤める女性は、「2~3日前になって女性が本気だと知った男性がようやく焦り始めた」みたいに話していた。割とまともだったのは、モルグンブラージズという新聞社。女性たちが上層部と「当日新聞を発行しないでほしい」と交渉に行った際、「君たちの味方だが新聞は発行したい。一面は女性の休日にするから」という話になったという。交渉の矢面に立った女性たちは「それでは負けだ」と感じたそうだが、他の女性スタッフが賛同してしまい、そういう話にまとまったそうだ。まあでも、結果的には新聞の一面を飾れたわけで、良かったんじゃないかなと思う。
当日の話については、まずロシアに向かう船の話から始まる。男性23人、女性3人という乗組員構成の船で、10月24日に女性3人が「休みます」と言って部屋から出なかったのだ。彼女たちは船長に「レイキャビークに電報を打ってくれ」と頼み、「船上から、私たちも参加しています」というメッセージを送っていた。
仕事をしている女性たちが仕事を休んだだけではなく、彼女たちは家事・育児も休んだ。何人かの女性が、「子どもを夫の職場に連れて行った」みたいな話をしていた。後に大統領となる男性は、その日7歳だったそうで、母親が「今日は休み」と言っていたと話していた。この日は、多くの男性が「皿洗い」や「おむつ替え」などの初めての経験をし、「長い金曜日」と嘆いていたという。
さて、印象的だったのは、確かレッドストッキングに所属する唯一の男性の証言だったと思うのだけど、「歴史を変えたと感じたのは後になってからだ」と話していたことだ。首都レイキャビークに大勢の人が集まり、凄まじい連帯を見せたものの、実際の変化はすぐには始まらなかったようで、だからこそ後から「あの日が転換点だった」みたいな認識になったのだと思う。
あと、全編を通じてとにかく印象的だったのは、「証言している女性たちがとにかく楽しそうに話すこと」だ。「ちょっと面白いイタズラを思いついちゃった」ぐらいのテンションでずっと話していたのだ。この「軽さ」もなかなか良かったなと思う。「私たちは凄いことをしたぞ!」みたいな自信はちゃんと持っているのだけど、「でもそれはみんなで実現したことだし、別に私が凄いわけじゃない」みたいな感覚も持ってる感じがして、それであんな雰囲気になっていたのだろうなと思う。
そんなわけで、なかなか面白いドキュメンタリー映画だったなと思う。
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