【映画】「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」感想・レビュー・解説

なかなか面白い作品だった。ただ、副題の「ヒトラーを暗殺しようとした牧師」は、間違いではないが、ボンヘッファー自身が暗殺しようとしたわけではなく、その計画に加担したという話なので、若干印象がズレるような気はした。まあ大した問題ではないが。

公式HPによると、本作の主人公である実在のドイツ人牧師ディートリヒ・ボンヘッファーは、「20世紀を代表するキリスト教神学者の1人」と評価されているそうだ。39年という短い生涯において多くの言葉を残し、それらをまとめた書籍は数十年で数千万部も売れたそうだ。ナチスに正面から抵抗しようとした牧師であり、自らの信念に従って勇敢に行動し続けた人物だなと感じた。

物語は、ボンヘッファーの幼少期から始まる。兄のヴァルターが前線に行くことになり、そしてその後命を落としてしまう。母親から、「もし自分が戻らなければこれを渡してほしい」と兄が言っていたと、下線が引いてある聖書を受け取る。この聖書は生涯に渡り、ボンヘッファーの大切な所有物となったようだ。

彼はドイツ人の牧師として、ニューヨークに留学経験がある。そして恐らくその時に、彼の核となる信念がはっきりと固まったのではないかと思う。

ボンヘッファーはニューヨークのハーレムにある教会で学ぶことになった、そこは黒人により運営されている黒人のための教会だった。年代ははっきり分からないものの、未だに黒人差別が酷く残る時代。ボンヘッファーは仲間の黒人牧師に連れられてワシントンDCへ向かった際、白人の自分には2ドルで貸してくれた部屋を、黒人の仲間には貸さないどころか、ボンヘッファーが「金は払ったのだから彼と同じ部屋で泊まる」と話すと、銃を向けてきたのである。彼らは鍵を返し、退散するしかなかった。

ボンヘッファーは、キリスト教は誰の下にも平等だという信念でこれまで活動を続けてきたのだが、同じキリスト教徒であるらしい宿の主人のような人物を目の当たりにして衝撃を受けたのである。その後ボンヘッファーは黒人牧師にこんな話をしていた。

【他人に手を挙げられなかった。あんな憎悪には、パンチより強力な対抗手段が必要だ】

この時の経験が、後の彼の判断に大きな影響を与えたことは間違いないだろう。

さて、ドイツでは次第にナチス党の影響力が強まっていく。ボンヘッファー自身は当初楽観ししていたものの、義兄(だと思う)とのやり取りで思っていたほど余裕のある状況ではなさそうだということが分かってくる。

そして次第に、脅威は現実となっていく。

最初の変化は、同じ教会の牧師の演説だった。ミュラーという牧師が、ヒトラーを称賛するような説教を信者の前でするようになったのだ。そんな現状を上司であるニーメラーに訴えるのだが、彼は「教会は政治とは関わらないスタンスだ」「ミュラーは会衆を増やした功績がある」と聞く耳を持たない。

そこでボンヘッファーは、自身が説教をする番になって、教会への影響力を強めようとするナチスを意識した演説を行う。

【宗教を最も憎んだのはイエス・キリストだ。
彼が望んだのは私たちの存在そのものである。】

【今私たちの教会は、他の者たちから侵略される直前です】

【教会は弱き者の隠れ家であるべきで、権力の場ではない】

この演説は、一部の会衆から「久々に真実の説教を聞いた」と評価されたものの、父親は「ああいうメッセージは、聴衆の数ではなく、誰に向けたかが問題だ」と懸念を示す。そしてボンヘッファーの演説を受けてなのか、ナチスは「ヘブライ語の聖書の出版・流通」を禁止し、さらに教会の十字架を壊しカギ十字を掲げるように命じたのだ。

このような状況の変化を受けて、ボンヘッファーはドイツの代表としてイギリスの教会へと向かい、ドイツで行われているナチスによる蛮行に教会が批判的な声明を出すべきだと訴え……。

というような話です。

本作ではところどころで、「男性十数人と共に拘束されたボンヘッファーがバスに乗せられ、牢屋に入れられ、酷い扱いを受ける」というボンヘッファーの最晩年のエピソードが挿入されるのだが、それ以外は基本的に時系列通りに進んでいると考えて良いのだと思う。

基本的には、ボンヘッファーはずっと危機を訴えていて、それに賛同したり反発したりする人たちとの様々なやり取りが描かれるという感じである。

さて、様々な言葉を残し、今も影響を与えているというボンヘッファーの言葉はやはり印象的なものが多かった。いくつか紹介しているが、個人的に一番なるほどと感じたのがこれである。

【あなたがたが守ろうとした教会は、キリストなき宗教だ。
今必要なのは、宗教なきキリストである】

もちろんこれは、先程紹介した「宗教を最も憎んだのはイエス・キリストだ。彼が望んだのは私たちの存在そのものである」を踏まえての発言だ。キリスト教徒ではないし、聖書も読んだことはないので全然なにも知らないが、「宗教を最も憎んでいたのはイエス・キリスト」というのはまずなかなか面白いなと思う。確かに、イエス・キリストは別にキリスト教を作ろうと思ったわけではなく、キリスト教を確立させたのはその弟子だった、みたいな話だと思うのだけど、イエス・キリストが生前から人気があったなら(たぶんそうなんだろうけど)、彼自身が宗教を作っても良かったんだよなぁ。でも、きっとそうはしなかったのだろう。

その理由はよく分からないが、「宗教(組織)にしちゃうと、結局権力が生まれてしまう」みたいな感じだったのかもしれない。だから、ボンヘッファーが言っていた、「今必要なのは、宗教なきキリストである」という発言は、なんか凄く面白いなという感じがした。

あとこの発言にはもう1つ背景があって、ナチスが「ヒトラー」を神的な位置に置こうとしていたことが挙げられるだろう。つまり「必要なのはキリスト(神)であり、ヒトラー(人間)ではない」というわけだ。こういう発言を直接的にも言っていたのだけど、こんな風にボンヘッファーは、割と直接的にナチス批判を繰り広げていたのだ。

さて、もう1つ、本作でとても印象的な言葉があった。これはボンヘッファーのものではなく、彼の上司であるニーメラーが演説の中で言った言葉である。それはこのようなものだった。

【共産主義者が攻撃された時、私は声を上げなかった。
私は共産主義者ではなかったからだ。
労働者が攻撃された時、私は声を上げなかった。
私は組合員ではなかったからだ。
ユダヤ人が攻撃された時、私は声を上げなかった。
私はユダヤ人ではなかったからだ。
では、私が攻撃された時、誰か声を上げてくれるのだろうか?】

この言葉が出てきた時、「あっ、知ってる」と思った。何かの映画を観た際に、こういう文章が表示されたというところまでは覚えていたのだが、肝心のタイトルが思い出せなかった。ので、家に帰ってから自分のnoteを調べてみたら分かった。『ヤジと民主主義』というドキュメンタリー映画である。そうか、あの時に冒頭で表示されたあの文章は、このような背景の下で出てきたものだったのか、と感じた。

ニーメラーがこんな発言をした背景には触れないことにするが、もちろんこの言葉には彼の「後悔」が含まれている。そしてその「後悔」を吹き飛ばそうという意図もあって、説教の中でこんなことを言ったのだろう。その後の展開や、ラスト字幕で表示された事実にも触れないことにするが、彼もまたナチスやヒトラーと正面から対峙した人物だと言っていいだろう。

さて、というわけでボンヘッファーの話に戻ろう。

ボンヘッファーは、真摯に信仰と向き合う牧師だったが、同時に、ヒトラーの暗殺計画にも加担した。ある場面で、ヒトラーの暗殺に賛同したボンヘッファーに、「敵を赦すことで勝利する。それが神の意思ではないのですか?」と問われるのだが、彼は「それは正しい。ヒトラーが出てくる前までは」と言っていた。キリスト教の理屈からすれば「どんな悪でも殺すなんてことはしてはいけない」のだと思うが、彼は、決して信仰を捨てているわけではないが、「あらゆる理屈を超越するヒトラーに対峙するには、自分も理屈を超えるしかない」みたいに考えていたのだと思う。僕は、彼のようなスタンスを「柔軟だ」と感じるし、信じるべき教えを捻じ曲げてでも正しいことをすべきだというその信念の強さを感じさせられた。

そしてこの点に関しても、ボンヘッファーは印象的な言葉を残していた。

【(現状に対して、必要があれば沈黙すべきだと主張するイギリスの牧師たちに対して)絶対的な悪を目の前にして沈黙することは、それ自体が悪だ】

【沈黙は言葉であるし、行動しないこともまた行動だ】

【子どもが轢かれそうになっていたら、全員で運転手を殺そうとするでしょ?】

最後の発言がどのような場面で出たのかには触れないが、「悪事に手を染めていることに罪悪感はないのか?」みたいなことを問われた時の返答である。彼の判断の是非は各自で考えてもらうとして、僕はやはり、その信念の強さに圧倒させられた。

というわけで、なかなか見応えのある映画だったが、作品そのものと関係ないところで気になることがあった。字幕の誤植だ。結構あったんだよなぁ。

まず、明白に間違いだと言えるのが「初まる」という表現。これは絶対に「始まる」が正解だろう。しかし「初まる」なんて表記、パソコンで入力しても普通には変換されないから、なんでこんな表記になったのか謎だ。

あと、文章自体は覚えていないのだが、「~を記念する」みたいな表記があって、これはたぶん文意的に「祈念する」じゃないかと思う(ただ、文章自体を正確には覚えていないので、もしかしたら「記念する」で合ってるかもしれないが)。

あと、これも文章自体は覚えていないので全然関係ない文章を使って説明するが、「勇気を出せばは乗り越えられる」のように余計な「は」が入ってしまっている箇所があった。

これだけあると他にもあってもおかしくないが、「これぐらい確認した方が良いのでは?」と思ってしまった。この点は結構残念だったかな。ちなみに、このnoteは「読んだ本・観た映画の感想の下書き」みたいなイメージで、書きっぱなしで読み返さずにUPしているので、誤字脱字は多々あると思う。悪しからず。

というわけで、まったく知らない人物だったが、正義と信念に従って生きてきた勇敢な人物という感じがするし、そんな人物の生涯を知れて良かったなと思う。

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