【映画】「旅と日々」感想・レビュー・解説
うーん、うーん、って感じだなぁ。別に面白くはなかった。つまらないわけでもなかったけど、最初から最後までずっと「うーん」って感じだったなぁ。どう楽しめばいいのか、イマイチよく分からない映画だった。
物語は、主人公の脚本家・李が韓国語で脚本を書き始めるところから始まる。そしてそのままそれが、「その脚本を映画にした映像」にスライドしていく。海辺で旅人同士である男女が出会い、そして別れていく物語だ。
その映画は、大学の講堂で上映されている。そして李は監督と共に学生の前に座り、質疑応答に答えていた。学生から自分の脚本が映像化されてどう感じましたか? と問われた際、「私には才能がないなと思いました」と答える。
その後彼女は旅に出て、しかし予約せずに向かったこともありホテルが取れず、「もしかしたら空いてるかも」と案内された山奥の古びた宿へと行き着く。そこには、宿の主人とは思えないテキトーな男・べん造がいて、2人はしばし奇妙な関わりを持つ……。
僕が観ながらずっと気になっていたことは、「べん造の方言をどうして李は聞き取れるのか?」ということだった。日本語ネイティブの僕でも、べん造が何を言っているのかところどころ聞き取れなかったのに(どう考えても、もう少し方言を緩めるべきだったと思う)、日本語ネイティブではない李が易易と会話できていることに、ずっと違和感を覚えていた。まあ、そんなことが気になるぐらい、作品に退屈していたということなんだろうが。
しかし、エンドロールを観て「堤真一」って出てきて、「ん? 堤真一なんか出てたか?」と思ったのだけど、このべん造が堤真一だと後で知ってビックリした。
作中でちょっと気になったのは、ある場面で李の心の内がナレーションで流れるその内容だ。
【生きるとは、身近なものに名前を付けて馴れ合うことだ。
新鮮だったモノや感情も、今や言葉に追いつかれてしまった。
私は、言葉の檻の中にいる。】
つげ義春のマンガが原作らしいので、マンガ内のセリフそのままなのかもしれないが、なるほどなと思いながら聞いていた(というか、この部分は李が韓国語で話しているのを字幕処理していたので、「見ていた」が正解)。
というわけで、全然書くことが思いつかないので、感想はこのぐらいに。うーん、何とも何ともだったなぁ。この監督の『ケイコ 目を澄ませて』も『夜明けのすべて』も好きだったので、ちょっと残念だった。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートいただけると励みになります!