【映画】「ゴーストキラー」感想・レビュー・解説

いやー、これは面白い設定を考えたものだなぁ。とにかく設定が見事。そしてもちろん、髙石あかりにしか出来ない役だったことも見事。いや、「しか」ってことはないだろうけど、日本の女優だと、土屋太鳳、清野菜名、髙石あかりぐらいしかいないんじゃないだろうか。アクションが出来るだけじゃなく、演技も上手くないとなかなか務まらない役柄である。

そんな「設定」と「配役」でほぼ勝ちを掴んだみたいな作品で、よく出来てるなぁと感心させられてしまった。

というわけでまずは内容紹介。

大学生の松岡ふみかは、バイトが1人飛んでしまった居酒屋でうんざりしながら仕事を終え、飲みへと向かう。バラエティ番組などの制作に関わりたいと思っている彼女は、インフルエンサー的な人との繋がりを作ろうと積極的に声を掛けているのだ。しかし、フォロワー数が多いという片山という男はなかなかのクズで、ふみかは途中で帰ろうかとも思ったがなんとか耐え、朝方家路につく。

自宅前の最後の難所である長い階段で躓いてしまった彼女は、目の前に見たことのない何か(彼女は後に、それが薬莢だと知る)が落ちているのを見つけ、何の気なしに拾った。玄関前には、あらかじめ連絡をもらっていた友人・マホが座り込んでいる。顔の傷を見ると、また彼氏に殴られたようだ。彼女を部屋の中にいれ、「いい加減別れなよ」と説教していると、ふみかは部屋の片隅に見知らぬ男が立っているのに気づいてしまう。固まるふみか。しかしそんな様子を、マホは不思議そうに見ている。なんとマホには、服が血だらけのこの男の姿が見えていないようなのだ。えっ、ちょっと待って、意味が分からない。

とりあえず一旦見えなくなったので、彼氏から連絡が来たらしいマホを送り出し、今度こそ一息つこうと思ったのだが、やはり部屋にはさっきの男がいる。ふみかは恐怖を感じ、慌てて部屋から抜け出そうとするが、そこで足を躓き転んでしまう。それを見た謎の男が咄嗟に手を差し伸べる。

……その瞬間、どうやらその謎の男(幽霊なのだろう)がふみかの身体に入り込んだ。余計パニックになるふみか。とにかく騒いで幽霊に身体の外に出てもらい、状況を把握しようとした。全然ルールが分からないけど、とにかくこの男は既に死んでいて、自分にしか見えず、しかも手が触れると自分の身体の中に入ってくるみたいだ。意味が分からない。

その後、マホが彼氏と言い争っている場面にたまたま遭遇してしまったふみかは、工藤と名乗る幽霊(幽霊とは会話が出来る)の力を借り、その彼氏をボコボコに倒す。もちろん、肉体はふみかのものなので、手とかメッチャ痛い。

その後、「工藤は元殺し屋で、誰かに殺された恨みで成仏出来ず、その念が薬莢に宿ってふみかに取り憑いた。恐らく、工藤の無念を晴らすまで取り憑かれた状態は解消されないのだろう」という話になるのだが……。

というような話です。

「髙石あかりが出ている」「阪元裕吾が脚本(というか本当は監督だと思ってた)」ということぐらいしか知らずに見に行ったので、冒頭からしばらくは「何だこのハチャメチャな設定・展開は」と思っていた。正直なところ、「この感じで進むならちょっと期待できないかもだぞ」と思っていたりもした。なにせ幽霊である。別に幽霊が出てきてもいいけど、なんか色々安直な感じがあって、「うーむ……」という感じだった。

ただ、そんな冒頭をちゃんと観れたのは、やはり髙石あかりの演技が上手かったからだろう。これが下手な役者だったらちょっとキツかったと思う。『ベイビーわるきゅーれ』でのコメディアンヌ的な存在感が凄く良かったけど、本作でもその雰囲気が活かされていると思う。

冒頭からしばらくの間は、「松岡ふみかが状況をすんなり受け入れない」という点がとても重要だ。もしも彼女がすんなり受け入れてしまったら、観客が置き去りにされてしまうからだ。彼女が状況の受け入れに”もたもた”するからこそ、その間に観客も徐々に世界観に慣れて受け入れやすくなる。

ただこの”もたもた”は、状況として成り立たせるのは凄く難しいと思う。だって、「最終的にはその状況を受け入れなければならない」ということは決まっているわけで、その決まった着地点と矛盾しない形で振る舞い続けなければならないからだ。そしてその上で、「コメディっぽい雰囲気」も醸し出さなければならない。本作でももちろん、髙石あかりはアクションでも苦労したと思うけど、それ以前に、冒頭の展開に求められる世界観を演じこなすことが大変だったんじゃないかなという気がする。

そんなわけで、髙石あかりの絶妙な演技によって、観客も世界観に慣れてきて、「松岡ふみかの隣に工藤がいてワチャワチャしてる」という状況を受け入れられるようになる。しかし、ここからはストーリー的な難しさが出てくることになる。

というのも、ふみかには「工藤の無念を晴らす手伝いをする動機」が存在しないからだ。

いやもちろん、「無念を晴らさないと成仏しないし、ふみかの視界からも消えない」という部分は常にふみかの動機になり得る要素として出てきはする。しかし正直なところ、最悪それは「工藤の存在を全無視する」というやり方でどうにかならなくもない。もちろん視界に常に映っていたら気にはなるが、それでも、ふみかさえ無視すれば何も影響がない。最悪そういう選択肢もないではない。

だからふみかには、もっと積極的に動く動機がなければならないのだ。

しかし、普通に考えて、そんなこと不可能だろう。ふみかは別に、生前の工藤と関係があったわけではない。そんな工藤から「俺の成仏のために協力してくれよ」と言われたって「嫌です」ってなもんだろう。ふみかは、マホを守るために工藤の力を借りたりしているわけで、多少の恩はあるものの、「殺し屋を殺した奴を見つけて殺す」みたいなことを言っている工藤の手伝いに見合うとは思えないはずだ。

しかし本作では、そのストーリー上の難所を、「なるほどなぁ」という展開で乗り越えていく。これは上手い。脚本的には、この展開に一番感心させられた。確かに、ふみかの性格ならあそこでそういう決断をしそうだし、そしてそこに踏み入れちゃえば、後は自動的にそうなるしかない、みたいな展開だった(何を言っているか分からないだろうが)。

そんなわけで、普通ならあり得ないストーリー展開なのだが、本作においては、「ごく普通の大学生が、”悪の組織”と戦う」みたいな状況が現出することになるのである。いやー、よく出来てる。よくもまあ、こんなムチャクチャな設定を成立させたものだなと思う。

で、もちろん、アクションも素晴らしかった。本作の監督は、本作で脚本を務めた阪元裕吾が監督した『ベイビーわるきゅーれ』でアクション監督を務めた園村健介である(分かりづらい文章)。工藤を演じ、作中でかなりの量のアクションをこなしていた三元雅芸はヒーローショーに多く出演していた人物のようで、バッキバキのアクションを披露していた(ふみかに工藤が乗り移った際のアクションを、工藤の姿で映し出す演出が何度かある)。工藤と「最終対決」みたいな感じのバトルを繰り広げていた川本直弘というのもたぶん、アクションを中心にやっていた人なんだろう。ホントに「肉弾戦」という感じで、大迫力だった。

しかも本作の場合、「幽霊と一緒に戦う」という設定を活かしたバトル演出もあって、これもよく出来てるなと思う。例えばだけど、「敵のアジト」に乗り込む際、まずは幽霊の工藤が行く先に敵がいないかをチェック、それからふみかが足を踏み入れる、もし突発的に敵が現れたらすぐに知らせふみかを隠れさせる、みたいな場面がある。普通ならハンドサインなんかでやり取りしなければならないはずの場面を、工藤が大声で指示していてなんか笑ってしまった。

さらに言えば、工藤と、もう1人メインで出てくる殺し屋の影原の関係性も良かった。影原については詳しく触れないけど、彼を演じていた黒羽麻璃央は良い雰囲気出しますよね。昔『生きててごめんなさい』って映画で彼を見たことがあって、でもその時とはまた全然雰囲気が違う。なかなか良い存在感の役者だなぁ、という感じ。

というわけで、大変良い映画だった。『ベイビーわるきゅーれ』とか、ちょっと前に観た『ネムルバカ』とかは、「女子のダルい会話」みたいな要素もメッチャ好きだなと思ってるんだけど、本作にはそういう要素はない。けど、髙石あかりがさすがの存在感を醸し出していて、シリアスな場面の中に上手いことコミカルな要素を組み込んでいく。工藤役の三元雅芸の演技がもうちょっと上手いとベストなんだけど、とは思うが、まあそれは望みすぎだろう。全体的にとても良くできている、素敵な映画だった。

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