【映画】「理想郷」感想・レビュー・解説

なかなか重苦しい映画である。実話を基にしていると知った上で観たので、なおのこと重苦しさが増した感じがする。

物語は、フランスからスペイン・ガリシア地方に移住した夫婦を起点に展開されていく。彼らはここで畑を耕して野菜を作り、崩れそうな古民家を改装し、村に活気をもたらそうとしている。美しい自然豊かな土地だが、お世辞にも「恵まれている」とは言えない村の活気を取り戻そうとしているのである。

しかし彼らは、村で歓迎されていない。その理由は、風力発電にある。彼らが住む村には、風力発電計画が浮上している。そして恐らくだが、「住民の全会一致」があれば、ノルウェーの企業による風力発電計画が進むのだろう。そしてそれによって村は、幾ばくの補償金を得ることが出来る。

しかし、フランスで教師をしていたインテリであるアントワーヌは、よそ者でありながらこの風力発電計画に反対した。そのためこの村では、計画が頓挫したままであり、もちろん補償金も手に入らないままだ。

そんな状況に苛立つ兄弟がいる。かなり敷地を隔ててはいるが、場所的にはアントワーヌが住む家の「隣」に住むシャンとローレンである。彼らは、アントワーヌと妻オルガに、明確に敵意を抱いている。「彼らのせいで補償金がもらえていない」と考えているからだ。そして夫妻に、嫌がらせをしている。

そのような「田舎VS都会」みたいな構図を明確に描き出し、人間関係がジワジワとしかし確実に悪化していく様が丁寧に描かれていく作品だ。

さて、この映画を観れば、明らかにシャンとローレンが悪いと誰もが理解するだろう。それは間違いない。夫妻に嫌悪感を抱くのは勝手だが、嫌がらせや脅迫みたいなことはやはり許されるものではない。彼らははっきりと明確に「悪い」と断言できる存在である。この点は明白にしておく必要がある。

しかし、映画の中で彼らの主張も語られるのだが、彼らの「振る舞い」はともかくとして、「夫妻に敵意を抱く理由」については理解できなくもない、と感じてしまった。

もちろんそこには「風力発電事業の補償金」が絡んでくるわけだが、もっとより本質的には「村の貧しさ」がある。

シャンは52年、ローレンは45年、生まれてこの方この村で育っている。そしてその間、彼らはずっと貧しかった。いや、彼らの言い方を正確に捉えれば、「自分たちが貧しいということに、最近まで気づいていなかった」と言うべきだろうか。彼らは、風力発電の補償金を提示されたことをきっかけに、自分たちの圧倒的な「貧しさ」に気付かされてしまったというわけだ。

それだけなら「不運だった」という話かもしれない。しかしまだある。

兄のシャンが弟のローレンについて、「昔はイケメンだったんだ」という話を始める場面がある。一体何を言おうとしているのか最初は分からなかったが、要するにこういうことだ。ローレンはイケメンだったにも拘わらず、売春宿では女の子が寄り付かない。そしてそれは「臭い」のせいだ。馬のクソの臭いがこびりついているんだ、と。

彼らは、貧しさだけなら、そのことに気づかずに一生を終えることが出来たかもしれない。しかし、「家畜の世話を一生している限り、結婚して子どもを持てる可能性はない」みたいなことに気付かされてしまったのだ。いや、彼ら兄弟だって両親から生まれているわけだから、「結婚できない」というのは思い込みに過ぎないと思うが、しかし彼らはそう自覚してしまっているのだから仕方ない。

だから、「貧しさ」ではなく、「家畜の仕事をやめたい」という動機が、彼らの中には潜在的にあったのだ。

そういう中で、風力発電の話が降って湧いてきた。補償金を貰えば、「食っていくことぐらいなら出来る」という額だそうだ。未だに結婚を考えているということはないだろうが、「こんな村で生まれ育った自分に、何か良いことがあってもいいだろう」ぐらいの気持ちで、補償金を当てにしていたのだと思う。

なんというか、そういう気持ちは決して「理解できない」などとは言えないよなぁ、と感じてしまった。

しかも、その補償金の「邪魔」をしたのが、フランスから来たよそ者で、しかもインテリだ。自分たちには訳の分からない理屈を並べ立てて風力発電に反対しているが、全然意味が分からない。「よそ者」だということは、「その気になれば帰る場所がある」ということでもある。しかし、シャンたちにはこの場所しかないのだ。

シャンたちの行動にはまったく共感は出来ないが、しかし考えていることには割と理解が出来る。だからこそ、僕には、「アントワーヌにはもう少し上手いやり方があったのではないか」と感じざるを得なかった。

映画で描かれる物語が、「どこ」から始まっているのか、正直ちゃんとは分からない。映画の中で、「お前たちはまだここに2年しか住んでいないからだ」みたいなセリフが出てくるので、その時点で「移住から2年後」であることは間違いない。しかし、映画の冒頭が「移住したばかりの頃」なのか「移住から2年後のある時期」なのかはちょっと分からなかった。僕は「移住から2年後のある時期」から物語が始まっていると思って観ていたのだけど、「移住したばかりの頃」をスタート地点にして、駆け足で2年間を描写した、という可能性もゼロではない。

僕の受け取り方の場合、「アントワーヌと兄弟たちの間には過去に様々ないざこざがあり、既に関係がかなり悪化した状態から物語が始まっている」となるが、「移住したばかりの頃」がスタート地点だとするなら、「アントワーヌは最初から兄弟に歓迎されていなかった」みたいな感じになるだろう。どちらなのかによって結構物語の受け取り方が変わるように思うけど、どうなんだろう。

いずれにしても、「アントワーヌが風力発電の署名を拒否する」までの期間、アントワーヌが村人たちとどのように接していたのかが描かれる場面はなかったと思うので、はっきりとしたことは分からない。そして描かれていないからこそ余計に、「アントワーヌにはもう少し何かやりようがあったのではないか」と感じてしまったのである。

実話を基にした作品だが、どこまで実話通りなのかは分からない。少なくともこの映画を観る限りにおいては、「アントワーヌが村で受け入れられなかったこと」について、「アントワーヌ自身にまったく非がない」とは言えない構成になっている。アントワーヌが抱く理想は高潔ではあるが、そう簡単に行く話ではないことは理解する必要があったように思う。もちろん、映画の後半で描かれる展開について、アントワーヌに非があるとは思っていないし、兄弟の行動は言語道断なのだが。

さて、夫妻の方の話で印象的だったのは、「彼らには失うものがない」というオルガのセリフである。これは本当にその通りだと思う。

アントワーヌは、兄弟たちの嫌がらせや、その発言内容を記録して証拠として残しておこうと、途中からカメラを隠し持って撮影を行っている。アントワーヌは、「身を守ったり、立証するには必要だ」と考えているのだが、オルガは撮影には賛同できていない。そしてその理由が、「彼らには失うものがない」なのである。

ガリシア地方にだってもちろん警察の力は及ぶし、映画にも警察は出てくる。しかし、都会でなら成立するだろう「社会的制裁」みたいなことが、この村では機能しない。この兄弟は、村でもかなり発言力の強い者たちのようで、いくら彼らの悪事を記録しようが、村内で「社会的制裁」が成立することはない。

それに、兄弟にしたって馬鹿ではないのだから、「警察が本気で動くような嫌がらせ」はしない。だから、彼らの言動を撮影したところで、「状況証拠」程度の価値しか持たないのだ。

オルガにはそのことが理解できているし、だからこそ度々夫に「撮影を止めて」と言っている。しかしアントワーヌは恐らく、「これぐらいしか対抗できる手段がない」という理由で、撮影を続けていたのだと思う。

「失うものがない人物」を抑止することは非常に難しい。ほとんど不可能だと言ってもいいだろう。一方、夫妻には「失うもの」がたくさんある。それこそ、その最大のものが「ここでの生活」だろう。アントワーヌは、どれだけ嫌がらせを受けても、この地での生活に高い理想を抱いているようで、妻から「そんなに大切?ここの生活」と言われても、その信念を曲げることがない。だからアントワーヌにとっては、「ここでの生活」こそが最大の「失うもの」と言えるだろう。しかし、「ここでの生活」を成り立たせようとすればするほど、兄弟の嫌がらせが増し、結果的に「ここでの生活」を失ってしまいかねない状況に置かれているのだ。

非常に難しい状況と言えるだろう。

このような状況が描かれる前半から中盤にかけては、予想外のことは特に何も起こらないと言っていいだろう。別に悪い意味ではない。予想される「人間の醜悪さ」が丁寧に描かれており、そのジメッとした感じが作品の重厚感となっている。

そして後半、「なるほど、そんな展開になるのか」という物語になっていく。これはちょっと予想外だった。特に、夫妻の娘とのやり取りには、色々と考えさせられるものがある。それまでの描写でも同じだったが、「誰も間違ったことを言っていないのに、状況としてはどんどん悪化してしまう」みたいなことが、後半でもまた繰り返されることになるのだ。

そしてそのやり取りは、「なぜ生きるのか?」みたいな問いかけを突きつけるものでもあるし、また「理想郷」というタイトルの皮肉さを一層強調するものでもあると言っていいだろう。

とにかく、ひたすら重苦しさに圧倒される物語だった。映画に出てくる「ヤギ飼いの甥」が言っていることがすべてだと思うが、「村には良い人もいるし、悪い人もいる」「あなたたちの理想は素晴らしいと思うが、村人には長期的な視野はない」という中で、アントワーヌは一体どう行動すべきだったのか。

この問いには果たして「正解」が存在するのかどうか、それもまた難しい問題だと思う。

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