【映画】「娼年」感想・レビュー・解説
どうも僕には理解できないが、「女性にも性欲がある」ということが社会的に受け入れられていないように感じられる(あくまでも「社会的に」だ)
それを一番強く感じるのは、不倫報道だ。僕は、不倫やら浮気やらは自由にやればいい、と思っている人間で、不倫をあそこまで大々的に報道する理由がイマイチよく分からないのだけど、まあそれは本題ではない。僕が言いたいことは、男が不倫した場合より、女性が不倫した場合の方がより非難が多いように感じられることだ。
僕はネットをあまり見ないので、不倫報道があった時にネット上でどんな反応が出ているのかよく知らないが、イメージではこんな反応なのではないかと思う。男が不倫した場合は「しょうがないなぁ」となり、女性が不倫した場合は「あり得ない」というような。その、社会的な雰囲気が、ニュースや週刊誌などによる不倫報道に影響を与えているように思う。
そして僕は、女性が不倫した場合の「あり得ない」という反応(もし多くの人の反応がそうなのだとしたら、ではあるが)の背景にあるのが、「女性にも性欲があるという事実を認めない」という暗黙の了解に思えるのだ。
もちろん、女性も色々なわけで、性欲の程度も様々だ。つまり、女性にも「必ず」性欲がある、という主張をしたいわけでもない。僕はタイミングがあれば、女性に性欲の話を聞いてみるのだけど、「まったくない」という人から「凄くある」という人まで、色んなパターンを耳にしたことがある。もちろん、質問の内容が内容だし、それに男の僕が聞いているという点もあるので、相手の返答の信憑性をどこまで信じるかという問題はつきまとう。とはいえそれは、「ない」側の返答をした人に対しての話で、「ある」側の返答を疑う理由はない。そういう意味で僕は、「女性にも、好きな人とセックスをする、という以外の性欲がある人がいる」ということは、それなりには理解しているつもりだ。
だから僕にも、この映画の主人公のように、女性の性欲の奥深さとか幅広さみたいなものへの興味はある。まあ僕は残念ながら娼婦(男の場合も「婦」かな?)ではないのでそこまで深入り出来る機会は少ないのだけど、そういう機会(別に「娼婦になる機会」という意味ではないが)が降って湧いてくることがあれば、分け入ってみたい気持ちはある。
異性の性欲の話に限らないが、僕は、相手が隠したいと思っている事柄に興味がある。それは、弱さやコンプレックスや傷など、様々な呼ばれ方をするが、それらは本人の中で、積極的に誰かに話したり、表に出したりすることが出来ない領域に存在する。それを、まあこいつになら話してみてもいいか、と思ってもらえるように相手と関わるのが僕の基本的なスタンスだ。そういう意味で言えば僕は、娼婦的な生き方をしていると言えるかもしれない。
内容に入ろうと思います。
大学生の森中領は、碌に大学にも行かず、バーテンダーのアルバイトをしながら日々を無為に過ごしている。ある日、中学の同級生でホストをしている男がバーにやってきて、新しい金づるを見つけたと言ってきた。それが、後に領が深く関わることになる御堂静香との出会いだった。静香と短い会話を交わしながら、領は、「女なんてつまんないよ」とぼそぼそと喋る。
そして仕事が終わり、どこが気に入られたのか、領は静香の運転で自宅に連れて行かれた。そこで、さくらという喋れない女の子とセックスするように言われる。「セックスなんて、手順が決まった面倒な運動です」と言った領は、試験だったらしいそのセックスを経て、静香が経営するボーイズクラブ「パッション」で働くことになった。
「女の欲望の深さに圧倒されるはず」と静香に言われた通り、領が出会うことになる女性の欲望は様々だった。領は、母親が37歳で亡くなったのを一つのきっかけにして年上の女性への親愛の情が深くなっていて、それもあって「パッション」の中でグングン人気を上げていくことになるが…。
というような話です。
なかなか面白い映画でした。
正直なところ、ストーリー的にどうこうという映画ではないと思います。単純にストーリーだけ取り出してみれば、別に大したことを描いているわけではないし、特別面白いわけでもない。ただ、「松坂桃李という配役」と「気怠い諦念をまとった雰囲気」が凄く良かったと思います。
この映画の主人公の配役として、松坂桃李は絶妙だったなぁ、と思います。これは「気怠い諦念をまとった雰囲気」にも関わってくる話なんだけど、やる気がなさそうにボソボソ喋る感じとか、女性たちと関わる際の不器用なんだか大胆なんだかよく分からない感じとか、セックスをしているシーンの「観れる感」(汚くない感じ)とかが凄く絶妙だなと思いました。最初から最後までギラギラした感じは出なかったし、「探究心」みたいなところから娼婦の仕事にのめり込んでいるのだ、という設定に凄く説得力を持たせられる俳優だなと思いました。もちろん、他にも同じことが出来る人はいるのかもしれないけど、松坂桃李が凄くハマっていたので、他の人はちょっと想像出来ないなぁ。
特に、「探究心」からのめり込んでいる、と見せられるという部分は凄く大事だと思いました。ちょっと話は飛ぶけど、ちょっと前にイチローが選手兼フロントという立場になると発表した時の記者会見で、「自分を研究材料として、最低でも50歳まで選手としてやっていきたい」みたいな発言をしていました。これ、イチロー以外の野球選手が言ったとしたら、「は?」って思われそうな気がするんですよね。なんとなく、イチローだから成立する発言だと思うんです。それと同じように、松坂桃李が醸し出す雰囲気が、「探究心」からのめり込んでいるのだという設定に説得力を与えている、と感じられました。そこが凄く良かった。
映画全体の気怠さみたいなのも好きでした。どの役者も、結構気合の入らない喋り方をするんですね。まあそれはそうかもしれません。性欲という隠したい話をしているのだから。しかも、「社会的に」性欲があることを封じられている女性には、社会から外れない形で性欲を満たすことへの諦念みたいなものがあるんじゃないかと僕は思っているんですけど、この映画では、その諦念がちゃんと捉えられていた感じがしました。諦めているからこそボーイズクラブを利用している、という側面はあるんだろうし、そういう諦めをきちんと描き出しているところが、良かったなと思いました。
一箇所どうしても見れなかった場面があります。領が「何かお返しできることはないかな?」と言ってやった行為なんだけど、演技だと分かっていても、ちょっと正視に耐えなかったなぁ。まあ、そう感じさせるくらい、リアルだったということなんだろうけど。
あと、これはこの映画に限らない話で、最近映画を観ていて不思議に思うことなんだけど、日本映画の場合割と、主人公クラスの人たちの役名の漢字表記が映画の中で映されるな、と。この映画でも、パッションのオーナーである御堂静香の名刺や、主人公の森中領の学生証などが映し出されます。他の映画でも、表札とか手紙の宛名とか、とにかく色んな形で主役級の人たちの漢字表記が映し出される場面があるんだけど、なんでなんだろうなぁ。僕が想像出来るのは、SNSに書き込んでもらう用かな、ぐらい。不思議だなといつも思っています。
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