【映画】「はだしのゲンはまだ怒っている」感想・レビュー・解説

さて、内容としては良いと思うし、重要な作品だと思う。その点に不満はない。のだけど、僕はどうしても、本作のタイトルに納得がいかない部分があるんだよなぁ。

というような話から始めよう。

僕は本作『はだしのゲンはまだ怒っている』というタイトルを見て、「マンガ『はだしのゲン』についてのドキュメンタリー映画なのだな」と思った。その印象は確かに間違っていたわけではない。が、正しいという感じでもないなと思う。

また、予告で見たのかチラシで見たのか覚えていないが、本作が紹介される際に、「広島の教育教材や図書館から撤去されている」みたいな話も出てきたと思う。だから僕は、「なるほど、その政治的な背景なんかも取り上げるんだな」と感じた。確かにそういう要素も少し含まれてはいたが、とはいえ、それはほんの僅かで、メインになるような部分ではなかった。

さて、僕なりに本作で扱われている内容をざっくり分類すると、「マンガ『はだしのゲン』の内容紹介」「マンガ『はだしのゲン』が描かれた背景や著者について」「被爆体験者の証言」という感じになる。で、僕の中で、「マンガ『はだしのゲン』についてのドキュメンタリー映画」という要素に合うのは、「マンガ『はだしのゲン』が描かれた背景や著者について」だけかなという感じがする(内容紹介は、必要な要素ではあるが、「マンガ『はだしのゲン』についてのドキュメンタリー映画」の要素に含めるのは違う印象だ)。そして本作では、この要素がさほど多くない。

もちろん描かれてはいる。特に印象的だったのが、「マンガ家を目指して上京した中沢啓治が、被爆者であることを隠していたにも拘らず、原爆や戦争に関するマンガを描く決断をしたエピソード」である。彼は原爆で父、姉、弟を亡くし(彼は火の手が上がる自宅には近づけなかったそうだが、後に母親から聞いたところによると、彼らは生きながら焼かれて亡くなったそうだ)、唯一生き残った母親を大人になってから看取った。その際火葬にしたのだが、骨がほとんど残らなかったそうなのだ。「原爆は母親から骨まで奪った」「腸が煮えくり返る思いだ」「マンガで徹底的に戦ってやる」と考え、これを機に原爆を扱ったマンガを描くようになったのだそうだ。

みたいなエピソードは確かにあるのだが、全体としてはとても少ない。あるいは、「世界25ヶ国で翻訳されるきっかけになった、バックパッカーとしてアメリカを訪れていた男性の実感」や「アシスタントを雇わなかった中沢啓治の手伝いをしていた妻ミサヨの思い出」なども扱われる。が、やはり全体としては多くはない印象だ。

僕はそもそも『はだしのゲン』を読んだことがないので、内容紹介をしてくれたのはとても良かったのだが、それはそれとして、個人的には「マンガ『はだしのゲン』はいかにして生まれたのか?」みたいなドキュメンタリー映画だと思い込んでいたこともあり、その点で「うーむ、どうも思ってたのと違ったなぁ」という印象になってしまった、というわけです。

作中では、様々な被爆者がその体験を語っているし、それらは本当に貴重なものだと思う。だから冒頭で書いた通り、内容的に不満はない。が、個人的には「もう少し違うタイトルにした方が、作品の意図が伝わりやすかったのではないか?」とも感じられてしまう。「マンガ『はだしのゲン』を扱いつつ、広く原爆の話題を取り上げている作品だ」というメッセージがきちんと伝わるタイトルの方が良かったんじゃないかなぁ、という気がしてしまった。

この点は、ちょっと残念だったなと思う。まあでもこの辺りはとても難しい。僕も書店員時代に、この辺りの難しさについてはよく考えた。「内容と合っているかどうかはともかく、キャッチーなタイトル・表紙で手にとってもらうべき」か「読み終わった読者が『なるほどなぁ』と感じてもらえるようなタイトル・表紙であるべきか」みたいなことだ。やはり難しい問題だよなと思う。

というわけで、もう少し内容に触れることにしよう。ちなみに、僕が観た回は上映後にトークイベントがあった。その内容も適宜触れるつもりだ。

というわけでいきなりトークイベントの話からするが、監督は「子どもの頃にマンガを読む習慣がなく、マンガ『はだしのゲン』を読んだのは実は還暦を過ぎてから」と話していた。こういう情報は、作品の内容そのものとは関係しないものの、作品の見え方が変わってくるので面白いし、良いと思う。ちなみに監督が本作の制作に取り掛かったきっかけの1つが、映画『オッペンハイマー』で広島・長崎の悲劇が描かれなかったことへの憤りだったそうだ。

『はだしのゲン』の主人公であるゲンのモデルは著者の中沢啓治自身らしく、そしてマンガで描かれている通り、彼はまさに奇跡的に助かったそうだ。当時通っていた神崎小学校に1人で登校していた時(ちなみに、普段は姉と一緒なのだが、その日は姉に何か理由があったとかで1人での登校だったらしい)、校門の前で同級生の母親に声を掛けられ、彼は校門を背にしばらくその母親と会話をしていたという。

そしてまさにその時原爆が投下された。彼は、街路樹と倒れた壁の間の三角形のスキマにたまたま入り込み、さらに壁が熱線を遮断してくれたお陰で助かったのだそうだ。ちなみに、会話をしていた同級生の母親は、全身に火傷を負い(確か)そのまま亡くなってしまったのだという。向かい合って話していた両者にこれだけの差があったのだから、まさに「奇跡」と言うほかないだろう。

中沢啓治には「カメラアイ」という、見たものを写真のように記憶出来る能力があったようで、だからマンガで描かれている光景はまさに当時の状況そのものなのだそうだ。多くの被爆者が、「実際の状況だと信じない人も多いけど、『はだしのゲン』で描かれている以上の状況だった」と、その凄まじさについて語っていた。

作中には様々な被爆者が登場し、当時の証言をしていた。ある女性は、顔を含め全身に火傷を負い、18回の皮膚移植を繰り返したそうだ。外に出れば「赤鬼がやってきた」と言われ、戦争から戻ってきた夫に父親が「娘がこんな姿になって、すぐに離婚を」と言ったそうなのだが、夫は離婚を拒んだそうだ。夫はその後も火傷を負った妻のことを労り続けたという。女性は「感謝しかないです」と話していた。

教育教材から外されている問題に関しては、元広島市長が興味深い話をしていた。彼は、理由の1つとして、「マンガの中に、鯉を盗む描写があるでしょ? あれが教育上ふさわしくない、みたいな話になって」みたいなことを言っていた。恐らくこれは本質的な理由ではないと思うのだが、しかし仮にそれが問題だとして、「戦時中はそうせざるを得なかった」ということを伝えられると捉える方がいいはずだ。元市長は「戦争を生き延びた人はみな、法律を破っている」と話していた。

終戦後は「食糧管理法」という法律があったのだが、しかしこの法律を律儀に守っていたら生きていけない(僕の記憶では、この法律を頑なに守ったがために餓死した裁判官がいたような気がする)。皆どうにかして食料を手に入れなければならかったのだ(もちろん、ゲンが盗んだ鯉も食料としてである)。被爆者の1人は、「悪いことをしました」と口にして、近くの倉庫の米俵から米を盗んでいた話をしてくれた。もしも本当に「鯉を盗んだ描写が教育に悪い」と考えているのであれば、それは戦争のことを知らない人の考えなのだろう。

また、より本質的だろう問題にも元市長は触れていた。これはイメージしやすいだろうが、「日本は美しい国だ。だから、都合の悪いことはなかった、見たくない、みたいに考える人が多くなっている」と言っていたのだ。歴史修正主義者みたいにも言われると思うのだが、そういう訳のわからない主張をしている人たちが、教育にも現実的な悪影響をもたらしているのだろう。最悪だなと思う。

誰の発言だったか忘れたが、「『はだしのゲン』には、戦争の現実が詰まっている。そして、その事実を都合悪いと考える人がいるということなのでしょう」と言っていた。真実を衝いているからこそ排斥されてしまっている、というわけだ。そういうことなんだろうなと私も思う。

さて、被爆者のエピソードでもう1つ印象的だったものがある。広島で被爆後、しばらくどこにいたのか分からないが、終戦となって実家に帰ったという男性の話だ。彼は実家に戻ると、そのまま気を失ってしまったそうだ。しかし、ラジオから西洋の音楽(モーツアルトだったらしい)が流れてきて、「自分は音楽の教師になるんだ」と思って意識を取り戻した、みたいな話をしていた。終戦直後の話のはずで、だから個人的には、「そんなタイミングでもうモーツアルトを流してOKって感じだったんだな」と感じたのである。ホント、「じゃあ戦争って何だったんだよ」みたいに感じられてしまうよなと思う。

あと、個人的にビックリしたのが、『はだしのゲン』が「ジャンプ」で連載されていたという点。書店員時代に『はだしのゲン』は見たことがあるけど、発行元が集英社ではない(汐文社かな)のは知ってたから、まさか「ジャンプ」だとは思わなかったのだ。

本作は元々テレビ番組のドキュメンタリーだったそうで、放送後に反響が大きかったことで映画化を目指したという。恐らくそれもあって、「『はだしのゲン』のドキュメンタリー」という内容から「広く原爆の話を扱うドキュメンタリー」という風に変わっていったのだと思う。それはいいのだけど、冒頭で書いた通り、もう少しタイトルが適した感じだったら良かったなと感じられてしまった。「広く原爆の話」だと思って観れば違和感を覚えることはないと思うので、これから観ようという方はそういう認識でいるとよいだろう。

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