【映画】「すずめの戸締まり」感想・レビュー・解説

良い物語だったなぁ。やっぱり上手い。

上手いなぁと思うのは、神話的な物語を、現代を舞台にしたラブコメ的な作品に組み込んでいること。

物語の中で、「ミミズ」と呼ばれる存在が出てくる。これは、地下で蠢き、「うしろ戸」と呼ばれる扉を通って時々地表に現れる。普通の人間には見ることが出来ない。そして、「うしろ戸」を通り、空高くまで細長く伸びた「ミミズ」が地面に落下すると、大地震が起こる。そういう存在だ。

「うしろ戸」は、人の生活が消えた廃墟に現れる。そこに生きた人々のかつての記憶や生活が失われ、淀んでいるような場所に出来てしまうのだ。

つまり『すずめの戸締まり』では、「大地震は、単なる自然災害ではなく、そこには『社会の荒廃』が関係している」という示唆がなされるわけだ。

そういう描き方が良いのかどうかは後で考えるとして、このような発想自体は、日本人には馴染み深いものだと思う。「ナマズが怒ると地震が起こる」というような、「人智を越えた何かに対して、何らかの形で説明をつけようとする考え」は、古代の神話や妖怪など様々な部分に垣間見ることができるだろう。

「僕たちの目には見えない世界で何かが起こっていて、そのせいで僕たちの生活に何らかの影響がある」という考え方は、科学が発達していなかった時代に世の理を捉える自然な方法だっただろうし、占いや超能力など、超自然的なものを信じたい気持ちは、現代人の僕たちも持っている。

そういう古代の神話的な世界の捉え方を、メチャクチャ現代的な設定の中に組み込んで、物語の「核」として成立させているという点が、とても上手いと感じた。科学を信じる僕としては「あり得ない」という感想になるが、しかしこの映画で描かれる設定は、決して否定することもできない。地下に「ミミズ」はいるのかもしれないし、どこかの廃墟には「うしろ戸」があるかもしれない。荒唐無稽ではあるのだが、「可能性は決して0にはならない」という意味でのリアリティがちゃんと担保されていて、だからこそ、「今」を舞台にしながら、古代の神話的な設定がきちんと機能するのだと思う。

映画の中では、はっきりとではないが「東日本大震災」が描かれる。鈴芽の故郷の設定や、日記に書かれた「3月11日」の日付、そして環が鈴芽を引き取ってから12年の月日が流れていることなど、物語の起点が「東日本大震災」にあることが示唆される。

僕は東日本大震災でなんの被害も受けなかった人間だが、多くの人が様々な形で被害に遭い、多くのものを失った。頭では、「自然現象」だと分かっていても、人間はやはり何か原因を求めてしまう生き物だ。「地震が悪い」だけではなく、「○○だったから地震が起こった」と考えたくなってしまう部分もあるに違いない。

『すずめの戸締まり』という映画が、その役割を担うなどとはさすがに思っていないが、僕たちの中に「僅かな逃げ道」みたいなものを作り出してくれるかもしれない。頭では「ミミズ」なんて存在しないとはっきりと分かっているが、しかし、辛い現実を経験した者であれば、「ミミズのせいなのだ」という「逃げ道」が生まれるかもしれない。そして人によっては、そのような「逃げ道」は心の救いにもなるだろう。

そしてそれは決して地震に限る話ではない。世の中には、様々な形で辛い境遇に陥ってしまう者がたくさんいる。それには、はっきりした原因が分かる場合も、そうではない場合もあるだろう。また、はっきりした原因が分かる場合であっても、その原因を悪く思いたくない場合もあるかもしれない(母親に虐待されているが、母親を嫌いになりたくない、みたいなこともあるはずだ)。そういう時に、「『ミミズ』のような、自分たちには見えない『何か』が大元の原因なのではないか」と考える「逃げ道」があることは、辛すぎる現実を生き続けなければならない者にとっての僅かな「希望」となり得るかもしれない。

僕自身は、そういうしんどい状況にいるわけではないが、周囲に様々な苦労を抱える人がいたことがあるし、今もいる。僕に出来ることは多くはないが、出来るだけ辛さから逃れて、穏やかに生きてほしいと願ってはいる。そういう人たちのことを考えながら、「現実をたったの1ミリも動かせなかったとしても、なんとかその日その日を生きていくための『逃げ道』があってほしい」と願いつつ映画を観ていた。

内容に入ろうと思います。
九州で、叔母の環と2人で暮らす鈴芽。母親は4歳の時に亡くなった。どこだか分からない平原で、死んでいるはずの母と向き合って話している夢を見ることがあるのだが、鈴芽はそれが、かつて本当に起こったことであるように感じられている。
いつものように自転車で学校に向かう途中、鈴芽は向かいから歩いてくる綺麗な男性に目を留める。「この辺に、廃墟はない?」と聞かれた鈴芽は、山奥にある打ち捨てられた廃墟の町を教え、そのまま登校するのだが、どうにも気になって自分も廃墟へと向かう。
すれ違った男性には会えなかったが、廃墟の中に不自然に佇む扉を発見した。開けてみると、夢で見たのと同じ景色が広がっている。しかし、いくら扉を潜ってもその世界には行くことができない。
その後登校した鈴芽は、緊急地震速報にクラスメイトたちと一緒に驚いた後、信じがたい光景を目にする。初めは山で火事でも起こっているのかと思ったのだが、次第にそれは大きくなり、得体の知れない異形が天高くその姿を伸ばしているのだ。しかし、驚きに打ち震える鈴芽をよそに、クラスメイトは鈴芽が何を言っているのか理解できない。自分にしか見えていないのだと理解した鈴芽はすぐに学校を飛び出し、再び廃墟へと向かった。
すると、朝見た扉から異形が飛び出していており、さらにその扉をあの青年が必死で閉めようとしている。扉を閉めなければならないと理解した鈴芽も加勢し、どうにか閉められたが、すでにその異形は地表へと落下、一帯に大地震を引き起こしていた。
怪我の応急処置をするため、宗像草太と名乗ったその青年を家に連れ処置をしていると、そこに一匹の猫がやってきた。あまりにも痩せていたので餌をやると、その猫は突然喋りだし、次の瞬間草太は、猫の呪いによって、足が1本欠けた母の形見である小さな椅子に閉じ込められてしまった。
逃げる猫。猫を追う、3本足の椅子になってしまった草太。そして彼らを追う鈴芽。何が起こっているのか理解できないまま、鈴芽は日本全国を巡る旅へと連れ出されることになり……。

物語の設定や展開はかなりシリアスなのだが、コミカルなシーンが多く、重くなりすぎないのが良い。映画館で、小学生ぐらいの男の子が近くに座っていたのだが、映画鑑賞後父親だろう人物に「面白かった」と言っていたので、やはりそれは、コミカルなシーンのバランスがとても良かったということだと思う。

物語の軸となるのは、「閉じ師」だと語る宗像草太の「戸締まり」と、呪いからの解放であり、そこに民俗学的な発想が見事に組み合わさり、シンプルながら奥行きのある展開になっていると思う。そしてさらに、鈴芽と草太のラブコメ的な要素が、最終的には鈴芽が母を喪った時の記憶の話に繋がっていく展開もまた良かったと思う。『天気の子』のようなシンプルさと、『君の名は。』のような「時間」の上手い使い方が組み合わさっていると感じる。

「戸締まり」の話であり、「ラブコメ」なのだが、それ以上に「ロードムービー」的な要素が物語を駆動させている。後に「ダイジン」と呼ばれることになる謎の猫を追いかける形で、九州から愛媛、神戸、東京と旅をしていくのだが、その時々で出会う人々がかなり良い味を出していて、それもまた魅力的だと思う。愛媛で出会った女子高生や、神戸で出会ったシングルマザー、そして東京で出会う大学生など、「鈴芽の道中を助ける」という役回りの中で、「鈴芽の存在になんらかの価値を気づかせる」みたいな役目も担っていて、そのことが、叔母・環からの矢のような連絡を無視してでも草太との旅に邁進する後押しにもなっていると思う。

その環との関係もとても良い。2人の関係がMAXに緊張感溢れたものになるドライブスルーの場面と、それ以降に生まれる、ある種の「解放感」みたいな感覚は、結果として鈴芽の逃避行が、ちょっとモヤモヤを抱えていた「叔母・姪」の関係を一新させるような効果を生み出したとも言えるだろう。この2人の関係もとても素敵だと思う。

鈴芽と草太はラブコメのはずなんだけど、一方が「椅子」っていうシュールさがかなり特異な感じがある。若い人がどう感じるか分からないけど、ラブコメをちゃんと見るのがきつくなってるおじさんとしては、むしろ「一方が椅子」という設定は良かったと言えるかもしれない。ラブコメ特有の「気恥ずかしさ」みたいなものがかなり薄れている感じがあって、シンプルに会話のやり取りで2人の関係性を判断できる感じは、年齢関係なく見やすい映画と言えるかもしれない。

セリフで凄く印象に残っているのは、草太の「大事な仕事は人から見えない方がいいんだ」というもの。これは、入場特典としてもらった「新海誠本」の中で、草太役を演じた松村北斗も言及していた。また、草太の友人である芹澤が草太について「あいつは、自分の扱いが雑なんだよ。腹が立つ」と言っていたのも良かった。このセリフだけで、草太と芹澤両方のキャラクターがスパッと理解できるような見事なものだったと思う。

というかホントに、声優がみんな上手かったと思う。映画館で『すずめの戸締まり』の予告は散々観たが、最初に予告を観た時に、「松村北斗、メチャクチャ上手いな」と思ったのを覚えている。ちょっとビックリしたぐらいだ。この映画には、深津絵里・染谷将太・伊藤沙莉など、あまり声優をやっている印象のない俳優が多数参加しているのだが、みんな上手くてびっくりした。特に伊藤沙莉は見事だったなぁ。「絶対聞いたことある声なんだけど、これって誰だっけ?」って映画を観ながらずっと思ってて、エンドロールで「伊藤沙莉」の名前を見て「なるほど!」って感じだった。

いやでも、ホントにどの役も見事だったなぁと思います。なかでもやっぱり、松村北斗には驚いた。

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