「読書」は「経験」である
僕は年下と話をする機会が多いのだが、この前そんな1人から「年下に対して『経験値が少ない』みたいな偏見ってないですか?」と聞かれた。そう聞かれてすぐに「全然そんなことないな」と感じたのだけど、その理由を少し考えてみて「本を読んでるからかな」と思った。
僕は、結果的にではあるが「本を読んでいる人」と関わることが多い。書店員だった頃は「本を読んでいる人が多い環境」だったこともあり、「本を読んでいる人」との出会いが多くても不思議ではないが、今も新たに関わる人の多くは本を読んでいる。知り合った時点では本を読んでいるかどうか知らないことの方がほとんどだが、その後話をしてみて「本読んでるんですよー」となることが多い。僕が「興味深い」と感じる人は結果として本を読んでいることが多いようだ。
で、「本を読む」という行為は「経験する」のとかなり近いと思う。もちろん、例えば「登山」であれば、「山に登った時の疲労感」や「空気の冷たさ」、「木々の香り」などは、実際に体験しないと分からない。ただ、「山に登ること喚起される思考」みたいなものは「読む」という行為によって十分すぎるほど得られるだろう。そして、他人の思考・価値観に興味がある僕にとって、それはほぼ「経験」と同じように感じられる。
だからだろう、実際の「経験」が少ないとしても、「経験していないことが多いから面白くない」なんて風には感じないのだろう。というかむしろ、「経験はたくさんしていても、その際に何も思考していない人」の方が僕にはつまらない人に感じられる。「経験の感想」”しか”語れない人には、興味が持てない。
僕は数年前からほぼまったく本を読まなくなったし、それもあって、「読んだ本」について誰かと話す機会はほとんどない。けどやっぱり、それが何の本でも、「本を読んでいる人」との会話は面白いなと思う。
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