【映画】「ミナリ」感想・レビュー・解説

普段映画を観る際は、その映画についての情報をなるべく知らないまま観に行くのだけど、この映画に関しては、ニュースで報じられる程度の情報を知ってから観に行って良かった、と感じた。

この映画のことを知ったのは、「ゴールデングローブ賞」の外国語映画賞に選ばれた、というニュースでのことだ。映画のざっとした内容にも触れていたのだけど(確か、監督自身の家族の経験をベースにしたもので、韓国人一家がアメリカンドリームを夢見て異国で奮闘する物語だ、ぐらいの紹介だったと思う)、その中で、何故この映画がアメリカで評価されているのか、という理由を説明するコメンテーターがいた。

その理由は、「アメリカというのは移民の国であり、誰もがこの映画で描かれるような体験を持っている。そしてそれが、アジア人の視点で描かれるとこうなるのか、という新鮮さがあったのだろう」というものだった。

それを聞いて僕は、「なるほど、移民の国アメリカだからこそ、この物語への共感が強く生まれる、ということだろう。日本人の僕が観たらどうだろうか?」と考えた。だから、そこまで大きな期待をせずに映画を観ることができた。そのお陰もあったのだろう、結構面白く観ることができた。

まずは内容から。
カリフォルニア州でヒヨコの雌雄判別の仕事をしていた韓国人夫婦であるジェイコブとモニカは、夫の強引な提案でアーカンソー州に引っ越した。妻モニカはほとんど状況を聞かされないまま、一家は、広大な農場を前にしたトレーラーハウス(車輪がついた移動可能な家)に住み始める。モニカは、都会であるカリフォルニアでの便利な生活を手放すことへの不安もあったが、より実際的な問題として、息子のデビッドの心臓の問題があった。生まれつき心臓に問題を抱えるデビッドの容態が悪化した場合、病院まで来るまで一時間も掛かるのだ。しかし夫は、自分の夢に邁進することばかり考えている。ジェイコブは、それは家族のためだ、近い将来お金の苦労をせずに生活できるようになるから、それまでの辛抱だとモニカに言い聞かせるが、モニカは強引に事を進める夫に苛立ちを抑えられず、二人は喧嘩ばかりしている。
夫の考えを変えられないと諦めた妻は、働きに出ている間子供たちだけになってしまうことを心配し、韓国に住む母親を呼び寄せることに決めた。長女のアンは会ったことがあるらしいが、長男のデビッドは祖母に会うのは初めてだ。なかなかファンキーな祖母で、初めは特にデビッドと軋轢を感じさせる関係だったが…。
というような話です。

物語としては、「新たな挑戦を始めた父と、それに振り回される家族」というよりは、「なかなかファンキーな祖母と、祖母に懐かない孫」がメインの話だと感じました。父親の物語は父親の物語でもちろんちゃんとあるのだけど、正直なところ父親は、この映画の中で変化らしい変化を見せないので、なかなかメインで描く人物として据えにくい、みたいなところはあります。強情な夫に振り回される妻も大変ではありますが、やはり物語的には「主」というよりは「従」的な立ち位置です。

恐らく、物語の主軸となっていくデビッドが、著者自身をモデルにした人物なのでしょう。映画の最後に「すべての祖母に捧ぐ」というような文字が出たので、恐らくこの物語に出てくる祖母のような人物も実際にいたことでしょう。と考えると、恐らくかなり自伝的要素の強い物語なんだろうなぁ、とイメージされます。

そして、この祖母と孫の関係性のほとんどは、「移民が成功しようと奮闘する」みたいな部分とはあんまり関係なく展開します。だから、冒頭で書いたような懸念はさほどの無い映画だとも言えます。

正直なところ、特別印象に残ったような場面があるわけではないのだけど、アンとデビッドという二人の子供たちの振る舞いが良いなと思いました。まだ小さい(どっちも小学校に通う前かな?)とはいえ、父親に振り回されて、たぶんそれまでよりは不便な環境にいる(アンが、「これからはここでゴミを燃やさないとダメ?」と母親に聞いたりしている)。ただ、彼ら二人は、現状に対する不満をあまり口にしない。その理由はたぶん色々あるけど、一つには、父と母が喧嘩している姿を目にしている、ということが挙げられるだろう。そこに、彼ら自身の不満も重ねてしまえば、余計に母親を追い詰めるし、状況が悪化する、みたいに考えているのではないかと思う。

しかし、現状に対しては穏やかにやり過ごしている二人だが、デビッドは突然やってきた祖母に対しては結構当たりがキツイ。父母は「家族」だと思っているが、祖母のことは「家族」だと思っていないことの表れなんだろうなぁ、と思う。字幕ではよく分からなかったが、恐らく祖母は英語が喋れない(この映画はアメリカの映画だが、セリフの半分以上が韓国語だから「外国語映画賞」の受章となったのだろう、と記事にあった)。普段英語でやり取りをしている家族の中で、言語的にも浮いていると言っていいだろう。

そんな二人が、なんとなく折り合いをつけていく過程は、なかなか面白かった。

「ミナリ」というのは野菜の「セリ」のことで、祖母が「雑草のように生命力があって、美味しい」と劇中で説明している。公式HPには、『たくましく地に根を張り、2度目の旬が最もおいしいことから、子供世代の幸せのために、親の世代が懸命に生きるという意味が込められている』と説明がある。

映画のラストは、まさに「たくましさ」を要求される未来を示唆するものだった。平凡な感想だけど、人生はそう簡単に上手くはいかないし、でも、チャレンジしない人のところには何もやってこないのだろうなぁ、ということを改めて思わされた映画でした。

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