【本】ハンス・ロスリング「ファクトフルネス 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」感想・レビュー・解説
なるほど、これは売れるわけだ。
メチャクチャ面白い!
本書の冒頭に、13の質問が載っている。それをここに掲載するつもりはないが、このテストは、ネットでも無料で公開されているという。リンクを貼っておくので、興味がある人はチャレンジしてみてほしい。
http://forms.gapminder.org/s3/test-2018
実際に僕は、このリンク先の問題を見ていないので、本書に載っているのと同じ問題かどうか分からないが、僕は、本書に載っている13の問題の内、最初の12問を間違え、最後の1問だけ正解した。
そしてこの結果は、2017年に14ヶ国・1万2000人に対して行われたオンライン調査でも、ほぼ同様の結果だったという。地球温暖化の問題は、これだけ圧倒的な正答率だったらしいが、それ以外の12問については、僕と同様全問不正解だった人が全体の15%、平均正解数は12問中たった2問、という結果だったらしい。
この正答率は、異常に低い。本書では、チンパンジーとの比較が載っている。別にチンパンジーである必要はないのだけど、12問の問題にランダムに答えれば、確率的に33%は当たる。チンパンジーに、バナナをご褒美にこの問題を解かせてみると、やはり33%に近い数値になる。一方、人間の正答率は約16.7%。チンパンジーに負けるのだ。
学歴が高い人や、国際問題に興味がある人に限れば正答率は上がるのではないか、と思うかもしれないが、そんなこともないようだ。一般人のスコアを下回る成績を出したノーベル賞受賞者や医療関係者もいたという。
さて、この13問のテスト結果こそが、ある意味で著者のスタートだった。著者は、最初は学生に、その後は経営者や国のトップなど、様々な人に様々な機会を見つけては、誰にでも無料で公開されているデータを基に作成したクイズを出し、その答えがことごとく間違っているという状況を目にしてきた。
12問すべて不正解だった僕も同様なのだが、あなたも世界をこんな風に捉えてはいないだろうか?
【世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人はより一層貧乏になり、貧困は増え続ける一方だ。何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きてしまう】
メディアでよく報じられる情報をつなぎ合わせると、確かにこういう世界像になるし、少なくとも僕は、世界をこんな風に捉えていた。
著者はこれを「ドラマチックすぎる世界の見方」と呼んでいる。
では、どうしてこういう風に世界を見てしまうのか?
著者がこの問題を認識した当初は、「知識のアップデートの問題だ」と考えていたという。学校で学んだ事実が、アップデートされないままそのまま残ってしまっていて、そのままの知識で世界を見てしまっているのではないか、と。しかし、そういう側面はあるかもしれないが、それは致命的な問題ではない、と気づいた。
結局は、脳の問題なのだ。
【人間の脳は、何百万年にもわたる進化の産物だ。わたしたちの先祖が、少人数で狩猟や採集をするために必要だった本能が、脳には組み込まれている。(中略)同じように、瞬時に何かを判断する本能と、ドラマチックな物語を求める本能が、「ドラマチックすぎる世界の見方」と、世界についての誤解を生んでいる】
このことに気づいた著者は、それから、自らの生涯を掛けてこの問題に取り組んでいくことになる。そもそも、世界の捉え方が間違っていれば、世界の問題も解決されない。
本書に登場する、なかなか印象的だった例を挙げておこう。本書では、貧富のレベルを1~4で区切っている。どういう区切りなのかは置いておくとして、レベル1の最貧困層以外は、日常的に必要なものはある程度手に入る、そういう生活水準にいる。ここ数十年で、レベル1からレベル2~3に脱した人は膨大な数に上り、当然その中には、生理用ナプキンを必要とする有経女性数十億人も含まれている。
しかし、生理用品メーカーは、この事実にまったく気づいていなかった。彼らは(僕もだが)、レベル1から3までの生活レベルに大差はない、と思い込んでいるのだ。どうせ、生理用ナプキンを買えるような生活水準ではないのだろう、と。だから、生理用ナプキンをレベル4の人たちにどう売ろうかという議論ばかりしていた。レベル2・3の女性たちが使いたいと思う生理用ナプキンを発売すれば、その市場はとてつもないものになる、というのに、メーカーにその視点はなかったのだ。
「世界の問題」と書いて、敢えて生理用ナプキンの話を書いたのは、経済活動の話の方がより伝わりやすいだろう、と判断したからだ。貧困や教育の問題などももちろん重要だし、多くの人が解決に動いている。しかしそこには、ある種の善意や正義みたいなものがないと動いていかない、というイメージもあるだろう。しかし経済活動の方は、企業が普段から血なまこになって新たな市場を探している。しかし、そうやって必死に新たな市場を探している人たちにも、数十億人規模の市場が目に入っていなかった、という事実が、「ドラマチックすぎる世界の見方」を説明するのに、伝わりやすいかなと思ったのでした。
本書はそんな風に、世界の見方が間違っている、と指摘する本なのだけど、ここで気をつけなければならないのは、この事実に”犯人”はいない、ということです。本書の中でも、10の思い込みの一つとして「犯人捜し本能」が挙げられていますが、誰が悪いわけではない。基本的には脳の問題です。
メディアや専門家の問題なのではないか、と感じる人もいるでしょうが、本書はもちろん、そんな批判が出ることは想定して作られています。
【メディアが嘘をついているとか(嘘をついているわけではない)、歪んだ世界観を植え付けようとしているとか(確かに歪んでいるかもしれないが、わざとではない)責めたくなっても、そんな衝動に負けてはいけない。専門家が自分の狭い分野や領域にとらわれすぎているとか、考え方が間違っているとか(間違うこともあるが、たいていは善意からだ)責めるのもやめよう】
と著者は書いている。もちろん著者は、メディア関係者や専門家たちにも同じクイズをやってもらっていて、彼らは、ただ知識不足なだけだ、と考えている。著者はこうも言っている。
【事実に基づいた世界の見方をメディアに教えてもらおうなどと考えるのは、友達の撮った写真をGPSの代わりにして外国を観光するようなものだ】
本書の巻末に、訳者の二人の文章が載っているが、上杉周作氏の文章に、本書の著者であるハンス氏の娘(彼女も共著者の一人だが)であるアンナのこんな言葉が載っている。
【『ファクトフルネス』を通じて人々に伝えたいのは、情報を批判的に見ることも大事だけれど、自分自身を批判的に見ることも大事だということ】
本書を読めば、彼女のこの言葉はよく分かる。本書では随所に、読者自身に、「その姿勢・態度は間違っているかもしれないよ」と突きつける言葉が非常に多く登場する。
一つ例を挙げよう。
【ただひとつの解にやみくもに賛成したり、どんなときでもかならず反対したりしていると、自分の見方に合わない情報から目を背けることになる。それでは現実を理解できない。
むしろ、自分が肩入れしている考え方の弱みをいつ探したほうがいい。これは自分の専門分野でも当てはまる。自分の意見に合わない新しい情報や、専門以外の情報を進んで仕入れよう】
こういう記述の度に、あぁなるほど、こういう見方は修正しなければならないな、と感じさせられる。僕自身は、行動経済学に関する本をそれなりに読んでいることもあって、いかに思い込みが、物事の見え方や人の決断に影響を及ぼすか知っているつもりではあった。しかし、現実には、自分が思っている以上に、自分の見方は修正しなければいけないんだな、と思わされた。
著者の、「あなたは間違っているかもしれない」という指摘が、読者にスッと入ってくるのは、本書の中で著者自身が、これまでしてきた過ちを随所で告白しているからだ。しかもそれらは、誰かの命を落としてしまうことになったかもしれない失敗や、実際に誰かの命
を落としてしまっているかもしれない失敗などである。本書では、35年間誰にも言えなかったという懺悔も告白している。
何故ここまで、と思ったが、その理由は最後まで読んで理解できた。
【父と私たち夫婦の3人で一緒に本を書こうと決めたのは、2015年9月のことだった。翌年の2月5日、父は末期のすい臓がんを宣告された。もう手の施しようがないほど進んでいた。余命はあと2ヶ月から3ヶ月。緩和治療が奇跡的にうまくいったとしても、1年ほどしか持たないだろうと診断された】
こう書いているのは、娘のアンナ。そう、出版時点で、著者のハンスは亡くなっていたのだ。
冒頭で、著者はこんな風に書いていた。
【この本は、わたしにとって本当に最後の闘いだ。何かひとつ世界に残せるとしたら、人々の考えを変え、根拠のない恐怖と退治し、誰もがより生産的なことに情熱を傾けられるようにしたい】
この箇所を読んだ時には、「最後の闘い」の意味が分からなかったが、本当に著者にとっては、本書が遺書の代わりになったと言っていいだろう。
本書には、興味深い、今までまったく知らなかったような話がてんこ盛りなので、書きたいと思えることは山程ある。しかし、どれだけ書いても書ききれないので、個別の話について触れるのは諦めよう。
最後に、「謙虚さ」と「好奇心」についての著者の文章を引用して終わりにしよう。
【謙虚であるということは、本能を抑えて事実を正しく見ることがどれほど難しいかに気づくことだ。自分の知識が限られていることを認めることだ。堂々と「知りません」と言えることだ。新しい事実を発見したら、喜んで意見を変えられることだ。謙虚になると、心が楽になる。何もかも知っていなくちゃならないというプレッシャーがなくなるし、いつも自分の意見を弁護しなければと感じなくていい。
好奇心があるということは、新しい情報を積極的に探し、受け入れるということだ。自分の考えに合わない事実を大切にし、その裏にある意味を理解しようと努めることだ。答えを間違っても恥とは思わず、間違いをきっかけに興味を持つことだ。「どうしてそんな事実も知らなかったんだろう?この間違いから何を学べるだろう?あの人たちはバカじゃないのに、どうしてこんなことをしているんだろう」と考えてみることだ。好奇心を持つと心がワクワクする。好奇心があれば、いつも何か面白いことを発見し続けられる】
まだ読んでない人は、是非読みましょう。世界を正しく見るための、適切な視点を教えてくれる。大丈夫、メディアも専門家もノーベル賞受賞者も、みんな同じ間違いをするのだ。知らなくても、恥ずかしいことは何もない。むしろ、知ろうとしないことを恥ずかしいと思うべきだろう。
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