【映画】「フォー・トレイルズ 限界を超えてゆけ」感想・レビュー・解説

なかなか面白い作品だった。やっぱり、興味のない対象でも、ドキュメンタリー映画は面白いなぁ。

というわけで僕は、ウルトラマラソンやトレイルランニングどころか、マラソンにも全然興味がない。自分で走ったりしないし、正月の駅伝も観たことないし、ってかスポーツ観戦に全般的に興味がない(自分でやる分にはまだ興味はあるが)。そんな人間が観ても、なかなか面白い作品だった。

しかし本作で扱われる「香港フォー・トレイルズ・ウルトラ・チャレンジ(HK4TUC)」は大分イカれてる。総距離が298kmでフルマラソン7回分、さらにアップダウンもかなり激しく、「獲得標高(映画を観ている時には意味が分からなかったが、これは『登った高さの合計』らしい)」が1万4500m、実にエベレスト登頂2回分なのだ。そしてそれを、72時間以内に走りきらなければならない。スタートしたら基本的に、時計が止まることはない(後で詳しく触れるが、コース間の移動だけはもしかしたら止まるかもしれないが)。つまり、「不眠不休で走り続ける」というわけだ。

無理でしょ。

HK4TUCでは「生還者」と「完走者」(と「脱落者」)に分けられる。「生還者」は72時間以内に走破した者。そして「完走者」は60時間以内に走りきった者である。本作で映し出されているのは恐らく、「2021年に開催された、過去の生還者・完走者のみを集めた記念レース」だと思うのだが、作中では「それまでで、完走者はたった16人」と説明があった。HK4TUCが始まったのは2014年らしいので、2014年から2020年の間にたった16人しかいなかったということだろう(内女性は1人。しかもこの女性、本作の大会に挑戦時点で50歳である。凄い)。

さらに凄まじい事実がある。HK4TUCにはもちろん、複数回参加している人もいるわけだが、「2度以上完走者となった者」は1人もいなかったという。それどころか、完走経験者の2度目以降の挑戦では、生還者にもならず、全員棄権だったという。

どれほど過酷な挑戦か、なんとなく想像できるだろうか?

このレース、凄いのが、途中のチェックポイントなど一切ないようで、もちろん給水所なども用意されない。食事や水などは挑戦の途中でコンビニなどに寄って各自で調達する必要があるのだ。さらに、年々ルールが厳しくなっているようで、トレッキングポール(杖みたいな奴)や音楽プレイヤーの使用さえ禁止になったそうだ。

一方、変わった特徴もある。例えば、「ある区間は地下鉄での移動が許されている」らしい(理由はよく分からないが、街中だからかな?)。「許されている」というか、地下鉄での移動がマストのようだ。3回乗り換えが必要だとかで、クソミソに疲れている中、目的地にたどり着くための正しい乗り換えをこなさなければ時間のロスになってしまう。

また、最後の最後はフェリーでしか行けない島に渡るのだが、当然、フェリーはこの大会に合わせて運行時間を変えてなどくれない。だから「フェリーの運行時間も加味した上で時間調整が必要」なのだ。特に、最終便が午前3時らしく、それを逃すと、次は朝の7時まで待たなければならなくなるという。毎年、「あと数分で最終便に間に合う」というところで逃す選手がいるとかで、そういう駆け引きも必要になってくるのである。ウルトラマラソンとかトレイルランニングのことは全然詳しくないが、そんな「公共の交通機関を使わなければならないルート」というのもかなり珍しいんじゃないかなと思う。

では、少しコースについても説明しておこう。「フォー・トレイルズ」という名前の通り、HK4TUCでは4つのコースを走る。通常はそれぞれ独立して使われるコースなのだが、HK4TUCの主催者であるアンドレが2012年に、4つのコースを一気に走破するという無謀な挑戦を行い、成し遂げた。これがHK4TUCの始まりである。

それぞれのコースのスタート・ゴール地点は離れているので、「このコース間の移動と移動中に行える支援のみ、他者のサポートを借りてよい」ということになっている。そしてそれ以外は誰の手助けも借りてはいけないことになっている(ただし、スマホやGPS端末などの使用は可能)。

で、その4つのコースだが、「18時間で走りきらなければならない、100kmのマクリホース・トレイル」「全ランナーが『最難関』と表する、78kmのウィルソン・トレイル」「50kmと最短だが、2度目の夜に走ることになり幻覚に襲われたりもする香港トレイル」「緑のポストをスタート・ゴールとする最後の難関であるランタオ・トレイル」である。最短でも50kmもあるというだけで僕には常軌を逸していると思う。ちなみにあるランナーは、「4つを個別に走ってタイムを合計すれば40時間を切ることも可能。でも、寝ずに走らなければならないから過酷なんだ」みたいなことを言っていた。

ちなみに、『クレイジージャーニー』という番組でよく取り上げられていた「アドベンチャーレース」は、「500km~800kmを7日間で踏破する」らしいが、こちらは走るだけではなく、マウンテンバイクや川下りなどもある。さらに4人チームでの参加である。単純に比較は出来ないが、「たった1人で300kmを己の足だけで踏破しなければならない」方がキツイかもしれないよなぁ、と思ったりする。

さて、先述した通り本作で描かれているのはたぶん記念レースで、過去の生還者・完走者のみがエントリーしている。参加者は全部で16名だったようだが、公式HPを見る限り、その内本作で割とメインで映し出されるのは7名のようだ。

で、映画の最後の方で、アンドレが興味深いことを言っていた。「世界的なトレイルランナーを招待することも出来るし、そうすれば恐らく毎年記録更新だろう。しかしそれじゃあ意味がない」みたいな発言をしていたのだ。その真意をはっきりとは理解できなかったが、恐らく「このレースに挑戦することによって、その人の人生や物語に大きな変化が生まれ得る人」に参加してもらいたいと思っているようだ。本作には、サラという修士の学生もメインで取り上げられるのだが(彼女は最年少で、かつ、全出場者の中で最多の4度目の挑戦である)、アンドレは初めて彼女の参加を受け入れた時のことについて「走りきれないだろうなという人も選んでいます。いけにえの羊ですね」みたいなことを言っていた。その時は意味が良く分からなかったが、要するに「このレースと関わることで彼女自身の、そして彼女の周りや他の参加者の物語が変わり得る」みたいな判断をしていたということなのだと思う。

そんなわけで、本作には「有名なトレイルランナー」は出てこないのだと思う。唯一、ストーンという人物が、「香港初の世界的トレイルランナー」と紹介されていたぐらいだ。それ以外は、先に紹介した修士の学生や50歳の女性、エンジニア、心理学の大学教授、などなど「ランナーを主としていない人」もかなり多い(誰かが言っていたが、HK4TUCは身体能力で決まるレースではなく、むしろ精神力の方が重要らしく、それで職業ランナーじゃない人間でも挑戦出来るのだと思う)。そしてだからこそ、ドキュメンタリーという意味では興味深さが増すだろう。単に「世界的トレイルランナーを集めてタイムレースをしてます」みたいな大会だったら、それはそれで「スポーツ観戦」としては面白かったかもしれないが、ドキュメンタリー映画としての面白さがにじみ出てくることはなかったように思う。

で、本作では割と色んな物語が描かれるのだが(特に、レース3週間前に、左足に10cmものかなり深い大怪我を負ったポンの物語などは、ちょっとぶっ飛んでたなと思う)、その中でも中心軸になってくるのが「50時間を切る挑戦」である。過去にまだ誰も達成したことがない挑戦だ。そして、その主軸となるのが、ストーンとサロモンである。

ストーンは先程紹介した通り、香港出身の世界的トレイルランナーであり、50時間切りを目標に掲げていた。一方のサロモンはエンジニアとして働く人物で、「エクセルを使って全工程を1~2時間単位に区切って目標タイムを算出する」みたいな理系的・エンジニア的アプローチをする人物である。彼もまた、50時間切りを目指すと公言していた。誰かが、「50時間切りを目指せるのは選ばれし人物だ。普通の人間じゃない」みたいなことを言っていた。正直全然想像もつかないが、関係者がそう言うならそうなんだろう。

で、50時間切りの挑戦がどうなるのか、ここでは触れないが、本作の構成としてもここはなかなか面白い部分である。ちなみに、少しだけ関連した話をぼやっと書くと、作中である人物が、「止めないことも大変だが、一度諦めた上で再び走り出すのはもっと大変だ」みたいなことを言っていて、いやホントそれはそうだよなと思う。特にHK4TUCでは、参加者は挑戦中に「もう二度とやらない」と何度も口にしていたようだ(と言いつつ、みんな2度以上挑戦しているわけだが)。そんなあまりにも過酷な挑戦の中、「もう1度立ち上がる」ことの大変さは想像を絶するよなと思う。あと同じ場面で別の人物が、「『走り続けなさい』と言わないと後で怒られる」と泣きながら口にしていて、サポートする側も大変だよなと感じた。

本作で取り上げられるHK4TUCには18人が参加し、最終的に「完走:6人 生還:5名 棄権&未達:7名」となったようだ。「過去の生還者・完走者だけを集めてこの結果」なわけで、通常回ではもっと結果は悪いだろう。公式HPには、「毎年15~25人ほどのランナーがHK4TUCに挑んでいるが、60時間以内の完走率はわずか6%にとどまっている」と書かれていた。つまり、「完走者が1人いるかどうか」という感じのようだ。凄まじい世界である。

そんなわけで、そんな「人間の限界」に挑む者たちの闘いや葛藤はとても興味深かった。参加者の中にも、「内なる自分を発見できる」「(幻覚を見るのも)これまで数回しかない稀有な経験」など、「限界」に直面することをポジティブに捉える発言があった。そして、そんな「限界に接したことがあるという経験」は、人生を大きく変え得るだろうなと思う。そういう「個人の物語」が結構前面に押し出された作品で、非常に興味深かった。


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