【映画】「大長編 タローマン 万博大爆発」感想・レビュー・解説

いやはやいやはや。なんともなんとも。でたらめもでたらめ、久々にこんな怪作を観たなぁ。むちゃくちゃで訳わからんくて途中大分ウトウトもしたけど、それでも全体的には面白い作品だった。不思議だ。どう考えても「面白かった」なんて感想になりそうもない映画なのに。

本作は、上映されるまでまったくノーマークで、存在さえ知らなかった。本作を知ったのは、Filmarksのランキングみたいなので上位に上がっていたからだ。それを目にしなかったらきっと、一生知らないままだっただろう。

しかしホントに、本作に対してはとにかく、「よくもまあこんな企画が通ったものだ」と思う。詳しくは知らないが、元々本作はNHKで放送されていた、1話5分全10話のモキュメンタリーだったそうで、それを「大長編」として2時間の作品にしたそうだ。映画の企画が通ったことも凄いが、5分番組にしたって、こんな訳わからん企画、普通は通らないだろう。しかも、岡本太郎の管理団体(ちゃんとした名前は忘れた)の許可も当然取っているのだ。ぶっ飛びすぎてるだろ。まあ、「さすがNHK」と言うべきなのかなんなのか。変な映画である。

ちなみに本作は、「20~30年前の映像機材が豊かではなかった時代に、学生がふざけて作った」みたいな映像クオリティなのだが、そこにはちゃんと理由がある。本作は「1970年代に放送されていた戦隊ヒーロー番組」という設定なのだ。だから、映像は笑っちゃうぐらいチープである。例えば、「ロケット砲」みたいなものを飛ばす時に、上から吊るしているピアノ線みたいなものが見える。CGがない時代だからこそである。ただ、ウルトラマンとかゴジラとかの特撮でも、「ピアノ線が映っちゃってる」みたいなシーンはあるって聞いたことがあるので、「そういうのをオマージュしている」みたいな感じなんだろうなとも思う。

で、「1970年代に放送されていた」という点をさらに補強する演出もある。「本作のファンだった」という著名人として、サカナクションの山口一郎が登場するのだ。映画冒頭と、あとエンドロールの後に、山口一郎が「タローマンの思い出」みたいなものを語るシーンが挿入される。そんな風に、リアルっぽく作り込んでいる作品である。

ストーリーは、あってないようなものなのだが、一応書いておこう。

時は1970年、大阪では万博が開かれている。しかし僕らが生きている世界とはどうも世界線がズレているようで、作中世界では「奇獣」と呼ばれる、「岡本太郎の作品の風貌をした奇妙な怪獣」がやってきては、街を破壊していくのである。

そんな奇獣に対抗するのが、地球防衛軍(CBG)である。しかし彼らは、奇獣を前にかなり無力である。CBGの上層部も、軍隊上がりの隊長の手腕に疑問を抱いており、さらに、「『太陽の塔』を捉えた科学班」に期待を寄せているようだ(本作では、万博会場に鎮座する「太陽の塔」も奇獣であり、しかし、CBGの科学班の力によって身動きが取れない状態にしてある、という設定になっている)。

しかし、奇獣に襲われる街はそれでもどうにか平和を保てている。何故か。それは、気まぐれにタローマンがやってくるからだ。タローマンは別に正義の味方ではない。自らの気持ちの趣くまま行動している。しかしその「でたらめな行動」が、奇獣という「でたらめな存在」に対抗するのには合っているようで、結果として、タローマンの”奮闘”のお陰で奇獣を排除出来ているのだ。

さて、そんなある日、万博会場にいつもの奇獣とは違う集団が大挙してきた。そこには何故か、2025年(昭和100年)の未来からやってきたという未来人がいて、彼曰く、「この集団は未来からやってきた奴らで、大阪万博をぶっ潰そうとしている」と説明した。

何故そんなことになっているのか。実は2025年には宇宙大万博が開かれており、77の惑星から120のパビリオンが出展しているのだが、開催地が地球に決まった一番の理由が、1970年の大阪万博の成功にあるというのだ。つまり、地球開催の宇宙万博をぶっ潰そうと考える輩が未来からやってきて、「大阪万博をぶち壊しにすれば、宇宙大万博の地球開催も妨害できる」と考えたというわけだ。

ここでCBGの博士は、「因果律がうんちゃらかんちゃらで、結論としては、2025年の宇宙大万博が妨害されれば、1970年の大阪万博も失敗に終わる」と結論つける。岡本太郎が「過去は現在があるから存在する」という言葉を残しているようで、その考えも考慮されたようだ。

そんなわけでCBGの面々は、「2025年の宇宙大万博を守るために、未来にタローマンを送る」という決断をするのだが……。

というような、まあ意味不明なストーリーです。

全編を通じてとにかく、「よくもまあこんな話を作ったものだな」と思わされるし、そのむちゃくちゃさにとにかく圧倒される。「面白いかどうか」みたいな評価は実は難しくて、正直どうとでも評価できる感じはするのだが、ただ、「こんなに真剣にふざけ倒せるのもきっと楽しいだろうな」という感じは凄くした。商業ベースのものでなければいくらでもあるかもしれないが、商業ベースのものでここまでむちゃくちゃやってるものって、あんまりない気がする。さっきも書いたけど、ホントに、よく企画が通ったものだなと思う。企画書に、一体何を書いたんだろう?

全然違うけど、ちょっと前に観た『地獄のSE』って映画でも、「こんな物語を『一緒に作ろう』って呼びかけて人を集めて映画として公開しちゃうのやべぇな」って思ったりして、ちょっとそれに近い感じもあった。

さて、僕は以前「岡本太郎展」みたいなのに行ったことがあるので、「こんなキャラクター、絵に描かれてたな」とか、「縄文時代に関心を持ってたみたいなこと書いてあったな」みたいなことを思い出したりしていた。また本作には、岡本太郎の言葉が色々出てくるのだが(登場人物が、「~と岡本太郎も言っている」みたいなことをよく口にする)、岡本太郎の本は結局何も読んだことがないはずで、「芸術は爆発だ」みたいな誰もが知ってる言葉ぐらいしか知らない。

ただ、作中に「芸術は呪術である」みたいなセリフが出てきて、で、エンドロールの後に登場した山口一郎がこの言葉について私見を語っていた。作詞・作曲をする彼は、「自分が理解できるものを作っても面白くない」みたいなことを言っていた。「芸術は呪術である」というのは、「自分自身にすら分からないものに賭けること」みたいな意味合いのようで、そう考えるとこの言葉は、「クリエイターが持つべき重要な要素」とも言えるのかなと思う。

全然関係ないが、数日前に情熱大陸でチョコレートプラネットが取り上げられていて、その中で長田が「ウケるだろうと思って出した動画が全然だったり、テキトーに撮ったやつがメチャクチャバズったりするから、ホントに分かんない」みたいなことを言っていた。チョコレートプラネットはとにかく、「自分たちが良いと思うかどうかよりも、世間が面白いと感じるものを作り続ける」みたいなスタンスでいるらしく、そういう意味では広く「芸術は呪術である」みたいなスタンスに近かったりもするのかなと思う。

というわけで、別に全然勧めたりはしないが、ただ、「最近、予定調和的なものにしか触れられていないな」みたいに感じている人には、自分の完成を明後日の方向にぶっ飛ばすという意味で触れてみてもいいかもしれない。まあ、なんだかんだ面白く観られる作品だと思う。

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