【映画】「IMMACULATE 聖なる胎動」感想・レビュー・解説
なかなかイカれた物語だった。まあ、面白かったけど、人に勧める感じの作品じゃないなぁ、と思う。ちょっとそういう感じじゃないかなぁ。
映画冒頭で、実に不穏な状況が描かれた後で、本作の主人公セシリアが登場する。彼女はアメリカ人で、まさにこれからイタリアの修道院へと向かうところである。今日、終生請願が行われるのだ。イタリア語は難しくまだ全然喋れないが、彼女はこの修道院を「終の棲家」と考えてやってきていた。
セシリアは元々、ボストン郊外の修道院(だか教会だか)にいたのだが、人が集まらなくなり閉鎖されてしまった。そのようなタイミングで、この修道院の神父から声を掛けてもらい、遥々やってくることになったのだ。
この修道院は「老シスターの最後を看取る場所」であり、介護をするのがメインの仕事になる。その大変さを理解しているからだろうか、案内を務めてくれた先輩シスターから、「今日、終生請願を行わなくても、神は許して下さるわ」と声を掛けられる。しかし彼女は「神に命を救われた経験」があり、だから決意を変えるつもりもない。
こうして請願を終えた彼女は業務に励むのだが、寝ている時や告解の際などに言い知れぬ違和感を覚えるようになる。とはいえ、具体的に何か被害があるとかでもなく、彼女は何となくモヤモヤしたものを抱えながら日々を過ごしていた。
そんなある日、彼女は神父や猊下らに呼ばれ、「男性経験はあるか?」「セックスはしていないか?」など執拗に確認された。セシリアには、どうしてそんなことを聞かれるのか理解できない。彼女はちゃんと貞潔を守っており、実際に、修道院にやってきた際の検査では、処女膜はそのままだったことが確認されている。
そしてセシリアは驚くべきことを告げられた。なんと彼女は妊娠していたのである……。
というような話です。
物語的には、「セシリアの妊娠発覚」の前後で大きく展開が変わると言えるだろう。妊娠発覚後は、「セシリアが妊娠した」という事実をベースに様々な「不穏」が巻き起こるのだが、妊娠発覚以前は正直、「物語がどう展開されるのかさっぱり想像も出来ない」という感じだった。もちろん冒頭からずっと不穏さは付きまとっているし、「何か嫌なことが起こるんだろうな」という予感はあるわけだが、ただホントに何がどうなるのか分からなかった。特に僕は、「セシリアが妊娠する」という展開さえ知らずに本作を観に行っているので、余計に「この話、何がどうなるんだ?」みたいな感じにさせられた。
ただ、後半に入ってから前半の展開を思い返してみると、「後半の展開をスムーズに納得させるための要素を散りばめている」という印象だったので、その辺りの構成は上手いなと感じた。
そしてそれから、「どうしてセシリアは妊娠したのか?」が明らかになり、さらにそれによってセシリアが一層狂気的な状況に引きずり込まれていく、みたいな展開になる。
さて、キリスト教とは縁がない僕には、本作をどんな風に観ればいいのかちょっとむずかしい側面がある。というのも、「こんなの荒唐無稽で実際にはあり得ない」というテンションで観たらいいのか、あるいは「実際にこういうことを考える人間はいてもおかしくない」ぐらいの受け取り方をすべきなのか、その辺りが分からなかったからだ。
全然詳しくない人間の何となくの感覚で言えば、「本作で描かれているようなことをやろうとしている人がいてもおかしくない」と感じる。色んな点で「ホントにそんなこと可能なのか?」と感じはするが、しかし、「もしも『可能』であるなら、やるだろう」と思えてしまう。
しかし、そんなことをやろうとするのは、やはりイカれているなとも感じる。それは「倫理的に問題がある云々」みたいな観点からではなく、そもそも僕には「血の繋がり」みたいなものがどうでもいいものにしか感じられないからだ。そんなことにこだわる意味があるだろうか?
ただ、繰り返すが、「可能ならやるだろう」とも思う。そういう意味では、「修道院」という空間は実に最適である。今も既に、どこかで行われていてもおかしくないだろう。そんなリアルを感じさせる絶妙な設定ではあるなと思う。
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