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【本】平谷美樹「義経暗殺」感想・レビュー・解説

これはなかなか面白い物語だったなぁ。

歴史にはまったく詳しくないからうろ覚えなんだけど、源義経というのはなかなか色んな伝説がある人だったような気がする。確か、チンギス・ハーンの正体は源義経なんじゃないか、みたいな話もあったような気がする。いつどこで死んだのかが何かの記録に残っているのかどうか分からないのだけど、死んだとされているのが本当なのかどうか皆が疑問に思い、様々な伝説が残るほどには、色んなことがあった人物なのだろう。

さて、本書では、平泉(今の東北)で源義経が殺された!というところから物語が始まっていく。これが、何かの記録に残った史実なのかどうか、僕には分からない。ただ僕は、恐らくこれは著者の創作なのだろう、と思っている。どこで死んだんだかはっきりしないのだし、様々な資料とも矛盾しないのだから、平泉で義経が死んだことにして物語を組み立ててみよう―そういう物語なのだろうと思っている。

とはいえ、まったくの嘘っぱちでもないのだろう。僕には一切判断出来ないが、本書は概ね史実をベースにしているようだ。探偵役の清原実俊も実在の人物だったようだし、本書ではところどころ「吾妻鏡」からの引用がなされる。資料として残っている部分に関しては、恐らく忠実に歴史に則っているのだろう。

そう考えた時、平泉で源義経を殺す、という発想は、ミステリ的な観点から見ると実に面白い。というのも、平泉と源義経の関係は、なかなかに因縁深いからだ。以下、本書を読んで僕なりに理解した歴史的背景について書きますが、なにぶん歴史は無知なので、間違っていたらすいません。

本書の舞台は1187年だが、その当時平泉というのは、平泉藤原氏が治めている土地であり、100年近くに渡って戦乱のない平和な地だった。朝廷が力を持っている時代であり、平家を滅ぼした源頼朝が鎌倉で力を持ちつつあったが、それでも朝廷の頭越しに何かするのは難しい時代。平泉藤原氏は、そんな朝廷に多額の寄付的なことをすることで、源氏からの介入を阻止しようとしていた。源頼朝からすれば、平泉藤原氏は武家が治める国を作るに当たっての唯一の強大な勢力であり、いかにして平泉藤原氏を攻めるかが喫緊の課題である。
さて、そんな平泉に、源義経がやってきた。義経は、兄である頼朝に追われており、逃げ延びるために、義経が大恩を感じている平泉藤原氏三代秀衡のいる平泉にやってきたのだ。

この義経の存在が、平泉を二分してしまう。何故なら、平泉に義経がいることが、頼朝に平泉征伐の口実を与えてしまうことになるからだ。平泉の面々は、概ね二者択一を迫られることになる。義経を捕えて追い出すべきか、あるいは義経を総大将に据えて源氏を討ち取るべきか―。いずれにしても、100年続いた平泉の平穏は、義経によって乱されてしまう。

平泉と義経には、こういう関係性がある。だからこそ、平泉にいる誰が義経を殺してもおかしくはないのだ。義経が現れたせいで平泉が混乱に陥っているからだ。しかし事はそう単純でもない。義経が死んだら死んだで、そのこともまた頼朝に平泉征伐の口実になってしまうからだ。だから、単純に平泉の者の仕業であるとは言えない。

もちろん、義経は、兄である頼朝に追われて平泉入りしている。平泉には、鎌倉のスパイもたくさんいる。そいつらに殺された、という可能性も当然ある。また、義経と共に平泉にやってきた郎従たち(武蔵坊弁慶など)も、疑おうと思えば疑える。容疑者には事欠かないのだ。


さらに義経は、妻子を人質に取られて自刃させられたと見られている。この状況もまた、事件全体の構造を理解する壁となる。恨みに思って殺した、ということであればまだ理解しやすい。しかし今回は、義経に自刃を迫って何か得する人物を探し出さなければならないのだ。そこもさらに、謎を深める結果になっているのだ。

このように、平泉と義経が抱える政治的な問題が、義経の殺害犯を探し出す障壁となっていく。そしてそのことが、ミステリ的には非常に面白い構造を生み出しているのだ。状況がそもそも面白くて魅力的なのだ。

さらにそこに、切れ者の探偵役が登場する。清原実俊という、とんでもない記憶力を持った、本人曰く「日の本一頭の切れる男」である。数年前に読んだ書物を諳んじることが出来るほどであり、武力はからっきしだが、脳みそはピカイチだ。そして、口の悪さもピカイチと来ている。実俊にとっては目上の人間ばかりの状況だが、それでも臆せず傍若無人に振る舞い続ける姿はなかなか爽快だ。

歴史を舞台にした作品は苦手だが、本書の場合、舞台設定がなかなか魅力的なので、登場人物も多く、分量も多い物語なのに、なんだかんだ一気に読まされてしまった。面白い。

内容に入ろうと思います。
平泉之丁の大帳所(文書庫)の司である清原実俊は26歳、妻はない。恋の駆け引きをするくらいなら1巻でも多くの書物を読みたいという、変人である。そんな実俊に付き従うのは葛丸。女であるが諸事情あって男の格好をして、あちこちで問題ばかり振りまく実俊の後始末に追われる日々を喜々として楽しんでいる。
そんな実俊の元を、平泉藤原氏四代泰衡が訪れた。平泉のトップに対しても無礼な口の聞き方をする実俊だったが、泰衡はそんなことを気にかけはしなかった。彼の懸念はただ一つ。
源義経の死。
義経が、妻子と共に死体で発見されたと言う。泰衡は、その状況把握を実俊に依頼したのだ。状況からして、義経は自刃したようにしか見えない。しかし本当にそうなのか…。泰衡は、義経殺しの調査の全権を実俊に渡し、誰からも話を聞けるように、どんな場所にでも行けるように采配した。実俊も、弟で検非違使の実昌らと共に調査を開始するが…。
というような話です。

内容的には、ここまでの文章で大体触れてしまっているので、これ以上付け足すことはあまりないのだが、一点だけ。本書は、実俊と葛丸の関係性もなかなか読みどころの一つです。

実俊は口が悪いので、そのせいであっちこっちで諍いを起こす。それを絶妙なバランスで中和するのが葛丸の役割だ。その二人のやり取りは、なかなか面白い。また実俊は、実に切れる頭を持ってはいるが、他人の気持ちを想像することがなかなか出来ない。だから、相手を傷つけたり怒らせたりするようなことも平気で言ってしまう。しかし時折、実俊が葛丸たちの前で、人間らしい感情を発露してしまう場面がある。そういう場面で葛丸は、ニヤニヤしながら実俊の「成長」を喜ぶ。しかし実俊はその「成長」を認めない。そんな仲睦まじいやり取りが随所にある。その辺りの関係性も、なかなか面白く読めるだろうと思う。

僕は歴史が苦手で人名もなかなか覚えられないので、「泰衡」とか「国衡」とか「忠衡」とか、色んな「◯衡」が出て来るのがなかなか大変だった(正直覚えきれなかった)。しかも、その「◯衡」たちには、二つ名みたいな別名もあったりして、さらにややこしい。そういうハードルの高さはあったものの、全体的には非常に読みやすかったし、「源義経」「源頼朝」の名前ぐらいしか知らず、「源義経はチンギス・ハーンと牛若丸」「源頼朝は鎌倉幕府」ぐらいのアホみたいな知識しかない人間でも、本書の記述だけで概ね時代背景や状況を理解することが出来たので、そういう意味でハードルは低めの小説だと思います。平谷美樹氏の小説を読んだのは二作目ですけど、「もしかしたらホントにこんなことがあったのかも!」と思わせてくれる、史実とホラの絶妙なバランス加減が見事だと思います。

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