【映画】「半落ち」感想・レビュー・解説

原作は大昔に読んでいるけど、大雑把なことしか覚えていなかったので、改めて楽しめた。しかし、原作小説は確か、新聞紙上でバトルが起こったんだよなぁ。それで確か、横山秀夫が「直木賞とは縁を切る」みたいな話をしたんだった気がする。改めてその物語に触れて、「一体何が問題だったんだ?」と思ったりした。ただネットで調べてなんとなく思い出してきた。そうそう、確か、「◯◯の中にいても△△が出来るかどうか」みたいな話で、確かそれに関わる組織が公式に「出来る」って声明を出したんじゃなかったかな。うろ覚えの記憶だけど。

まあそんなことは別にどうでもいいか。

さて、本作の主眼は「半落ち」、つまり「一部だけ自供している」という点にある。そしてこの点は、本作における核となる部分なので触れるべきではないだろう。

ただ僕は、その「核となる部分」よりもやはり、本作の主人公が「自供している」事実である「嘱託殺人」の方に興味がある。

「嘱託殺人」というのは要するに、「『殺してくれ』と頼まれて死なせる殺人」みたいな犯罪である。一番多いのは、「介護されている人が『殺してくれ』と頼む」みたいな状況だろう。度々ニュースでも取り上げられるし、「老老介護」なんて言葉が当たり前に使われる世の中では、ますます増えていくことが予想されるだろうとも思う。

さて、この「嘱託殺人」には、「被害者が本当に『殺してくれ』という意思表示をしたのか」という点がとても難しい。普通に考えて、被害者と加害者しかいない密室で起こるような事件のはずだからだ。そのことは十分に理解している。

ただ、そういう話は一旦脇において、「本当に被害者が『殺してほしい』という意思を明確に持っている場合」について考えたいと思う。そしてその場合、その相手を殺すことは果たして「罪」だろうか?

僕にはまったくそうは思えない。「生きているのが辛い」のであれば、「死を選択する権利」は認められるべきだと考えているのだ。

もちろん、繰り返しになるが、「本当に被害者が『殺してほしい』という意思を明確に持っているかどうか」を判断することはとても難しいので、実際の運用にその判断を組み込むことは難しいと思っているし、だから「嘱託殺人」という名前をつけて「犯罪」にすることで一定の抑止力を狙うしかないというスタンスも理解している。つまり僕は、「現実の制度」に異を唱えているわけではないのだ。そうではなく、「あらゆる条件が整った理想的な条件下でも、『殺してほしいと望む人を殺すこと』は罪なのか?」について考えたいのである。

本作の主人公である元刑事(というか、犯行当時も警察官だったはず)は、アルツハイマーを患った妻の看病をしていた。2人には息子がいたのだが、白血病で命を落としており、その死以降、特に妻の心労が重なっていったという。そして息子の命日の日。2人で墓参りに行ったのだが、その夜、妻が「墓参りに行っていない」と騒ぎ出したそうで、そして結局、その日に妻を殺してしまったのだ。

その理由についてこの元刑事は、「『私がまだ母親の内に、息子のことを少しでも覚えている内に死なせてほしい』と言われ、その望みを叶えてあげたかった」と話していたのである。

そんなの僕には、どう考えても「善行」にしか思えない。少なくとも、「犯罪」として裁くのは正しくないように感じられてしまうのだ。

さらに言えば、もし自分が介護される側、アルツハイマーになった側だったとしたら、是非ひと思いに殺してほしいと思う。身近な誰かに多大な迷惑を掛けて生きているぐらいなら、どう考えても死んだ方がマシだからだ。

自分の身近な人間が要介護者やアルツハイマーになるかどうかなんて、本当に運でしかない。今風に言えば「ガチャ」だろう。そしてそんな「ガチャ」でたまたま悪運を引いてしまったために辛い状況に置かれているだけなのだ。本人が死を望んでいないならともかく、望んでいるなら、それを実現することの何が「悪」なのか僕には理解できない。

そういう意味で本作では、「自身もアルツハイマーの父親を持つ裁判官」の存在が印象的だった。まったく同じ状況で、被告は「殺した」側であり、裁判官は「殺していない」側なのである。この元刑事の裁判では、この裁判官が判決を書くことになっている(結論は3人の裁判官の合議制だろうが、判決文を書く人物は1人決められている)。彼が自身の境遇をどの程度判決に反映させたのか、あるいはさせなかったのか。実に気になるところである。

「嘱託殺人」に限る話ではないが、「ルールだけ決めて、運用はほったらかし」みたいな状況には腹が立つことが多い。「嘱託殺人」にしても、「介護が辛くても殺してはいけない」という「ルール」だけが決まっていて、「じゃあどうしたらいいの?」という部分が抜け落ちているのだ。もちろん、本作でも指摘されていた通り、「介護保険」という制度はあるし、他にも色々使える制度・民間サービスなどはあるのだろう。しかしそうだとしたって、「耐えられる辛さ」には人それぞれの限度があるはずでしょう。そういうことが考慮されていない世の中は嫌だなと思う。

みたいなことをあーだこーだ考えながら観ていた。

さて、内容をざっと。

警察官(元刑事)の梶聡一郎はある日、妻を殺したとして自首してきた。取り調べを担当する事になったのは、県警捜査一課強行犯係の指導官である志木和正。彼は現在別の重大事件を追っているところなのだが、上層部からこっちに関われと無理やり引き込まれたのだ。志木は、「完落ちしてる犯人なら誰か別の人にやらせて下さいよ」というのだが、「いや、完落ちではないんだ」と「半落ち」であることを示唆される。

というのも、梶は3日前に妻を殺しており、そして自首するまでの2日間の行動を一切話さなかったのだ。犯行に関してはすべて自供しているのだが、犯行後の行動については一切口を割らない。

その後、梶のコートのポケットから歌舞伎町のティッシュが見つかり、県警の上層部はこの情報がマスコミに漏れることを恐れた。そして志木に、「『死に場所を求めてさまよっていた』と喋らせろ」と、梶の証言を誘導するように言って聞かせるのだが……。

物語としては、「空白の2日間に何があったのか?」という点に焦点が当たり続け、そしてその過程で、梶と何らかの形で関わる者たち(検事、新聞記者、弁護士などなど)の人間模様が描かれるという構成になっている。

とにかく出演者が豪華で(特に高橋一生にはびっくりした)、「出演時間がこんなに短い人にこんな大物を?」みたいに感じさせる作品だったのだけど(三谷幸喜とか福田雄一のような、「監督の名前」で役者が集まるみたいな映画に感じられた)、なかでもやはり樹木希林が素晴らしかったなぁ。ホントになんていうのか、「演技してる感じ」が全然なくてびっくりする。良い雰囲気出すよなぁ。「圧巻」って感じだった。

それにしても最後の裁判シーン、弁護士はいいとして、検事と裁判官の振る舞いはあれで大丈夫なのか? という気はする。もちろん、『半落ち』を観ている観客としては「裏の事情」が分かっているから違和感はないけど、あの裁判を傍聴席で見ていたら、「えっ? 今何が起こってる?」みたいに感じるんじゃないだろうか。別に物語だから全然いいんだけど、全体的に結構リアルな感じで描いている作品だったので、最後ちょっと違和感があったかなと思う。

まあ、全体的には良い作品だった。

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