【映画】「杉原千畝」感想・レビュー・解説

『「あなたは今でも、世界を変えたいと思っていますか?」
「常に思っている。
すべてを失うことになっても、ついてきてくれるか?」
「はい」』

杉原千畝は、モスクワへの赴任を切望していた。モスクワに行けば、世界を知ることが出来る。世界を知ることが出来れば、日本をもっと良くすることが出来る。

杉原千畝は、常に日本のことを考えていた。
だからこそ彼は、外交官として、満州を去ることにした。何がなんでもモスクワへ行こうと思っていた杉原千畝は、満州で成果を出してモスクワの最後の足がかりを固めるつもりだった。そのために、関東軍とも手を組んだ。しかし、それが誤算だった。

『満州国のために働いてきたのは、それが日本を良くすることだと信じてきたからです。私は、関東軍のために働くつもりはありません』

満州での出来事がきっかけで、ソ連に入国出来なくなってしまった杉原千畝は、リトアニア行きが決まる。領事館設立のために動くようにとのことだ。

諜報の天才である杉原千畝は、言葉の通じないリトアニアでも情報の収集を開始。異国に溶け込んでいく。
しかしそこで見たのは、大量のユダヤ人難民たちだった。
各国の領事からヴィザの発給を拒まれ、行き先のない彼ら。

『鳥でさえ帰る場所がある。
故郷と呼べる場所がある』

ヴィザの発給には様々な条件を満たすことが必要で、通常であれば彼らにヴィザの発給は不可能だ。日本政府に問い合わせても、やはり同じ。条件を満たさない者へのヴィザの発給は一切認めない。
彼らを助けるためにヴィザを発給すれば、外交官としての杉原千畝は終わる。
それでも彼は、ユダヤ人難民を助けるために、偉大な一歩を踏み出す。

映画の冒頭は、一人のユダヤ人が外務省を訪れるシーンから始まる。彼は、「センポ・スギハラ」を探していると担当官に問い合わせるが、「そんな人物は存在しません」と担当官は冷たく拒絶する。終戦後、杉原千畝は外務省を追われ、彼の功績は闇に葬られた。
杉原千畝は、1986年に亡くなった。日本政府が杉原千畝の功績を認めたのは、2000年のことだった。

戦争という異常な環境の中、世界中の人々はどう生きるべきかを問われたことだろう。そこには、数限りない数の状況があり、その中で人々は、自分が正しいと信じる道を選んだことだろう。

『それに彼らは、ユダヤ人です。助けなかったとしても他国から責められることはないでしょう』

ユダヤ人を助けたのは、杉原千畝だけの功績ではなかった。他にも、彼の想いを遠くで受け取り、彼の想いを繋げる役目を果たした者がいた。

『しかし、その中に、一人の少女がいました。私は自分の娘を見ているようでした』

杉原千畝がどうしてユダヤ人を助ける決断をしたのは、それはこの映画からははっきりとは分からない。領事館前に日に日に集うユダヤ人難民の姿を見続けるのはしんどかっただろう。街中でもユダヤ人たちが虐げられている状況を多く目にしただろう。満州で杉原千畝を助けてくれた女性の生き様に触れたこともあるだろう。しかし何よりも、彼の内側には、自分の夢を打ち砕いた一枚の紙のことがあったのではないかと思う。

杉原千畝自身も、たった一枚のヴィザが発給されなかったことで、あれほどまでに焦がれていたモスクワに行くことが出来なかった。その経験が、彼の背中を押したように、僕には思えた。

『あなたは日本政府に従うべきです』
『彼らには生き延びて欲しい。しかし、ヴィザを発給すれば、外交官としてのあなたは終わりです』

その場では正解の判断できない、難しい問いだ。しかし、現在を生きる僕らは、杉原千畝の決断の正しさを様々な形で判断できる。以前テレビで、杉原千畝のヴィザのお陰で命を得た者が、南米で最大の証券市場を立ち上げ大成功したというニュースを見た記憶がある。他にも、杉原千畝が救ったユダヤ人が大なり小なり何かを残しているだろう。
もちろん、何も残していなかったとしても、杉原千畝は、人の命を救ったのだ。責められる謂れはない。しかし、戦時中というのは難しい。もしかしたら、杉原千畝がユダヤ人にヴィザを発給しなければ、回り巡ってどこかで、杉原千畝が救ったユダヤ人の数よりも多くの人を救えたかもしれない。それは分からない。分からないけど、やはり僕は、杉原千畝の行動を賞賛したい。

『あなたは優秀な外交官だったのに。
ただのお人好しだったのね』

『あなたは最低の外交官だ。
でも、最高の友人だ』

『あなたがいなければ、“いい人”と呼ばれる喜びを知らなかったでしょう』

時代に翻弄されながらも、信念を貫いた杉原千畝。硬直した組織の中で、組織の駒ではなく、いかに人間として生きていくか。家族を抱えながらも、杉原千畝は常に突き進んでいく。実際の葛藤を推し量ることは難しい。彼はどんな思いでヴィザを発給し、外務省を追われた後の人生を過ごしただろうか。せめて亡くなる前に、日本政府がその功績を認めるべきだったと思う。

映画は、2時間半と割と長い尺だったが、「杉原千畝がユダヤ人難民に対してヴィザを発給した」という部分を描き出すだけでもかなり窮屈だったのではないかと思う。当時の世界情勢や家族との物語など、描いて欲しいと思う部分はたくさんあるのだけど、メインではない部分についてはどうしても断片的な描写になってしまうのは仕方ない。

それでも、無理だと分かっていてもどうしても思ってしまうのは、杉原千畝の諜報員としての技量の高さが分かる部分が欲しかったと思う。映画のラストで、杉原千畝の情報分析の正確さを物語エピソードが出てくるし、随時杉原千畝の能力の高さを示す描写はある。

『しかし私は知っている。君の推測はいつも正しいと』

どのようにしてそれを成し遂げたのかという部分が凄く気になった。もちろん、諜報活動の詳細などは記録に残っていないだろうし、そもそも描きようがないのかもしれないけど、「ヴィザを発給した」というだけではない杉原千畝の姿をもっと知りたいと思わせる映画だったなと思います。

『人のお世話にならぬよう
人のお世話をするよう
そして報いを求めぬよう』

杉原千畝が学んだ学校の自治三訣だ。彼は、自らの立場が危うくなることが分かっていながら、自分が正しいと思うことをし、報いを求めなかった。そんな生き方が出来る人間に、僕もなりたいものだなと思いました。

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