【映画】「カリギュラ 究極版」感想・レビュー・解説

登場する女性のほぼ全員が半裸か全裸という、ムチャクチャな映画だった。しかも、10人20人とかのレベルじゃない。たぶん女性だけで100人200人単位の出演者がいるんじゃないかな。ムチャクチャすぎる。

しかも本作は、同時期(1976年頃)に制作された『スター・ウォーズ』の2倍の制作費が掛かっているというから凄まじい。実際には、「制作の過程でトラブルが続出し、制作費が増してしまった」そうだ。確かに、「クソ金掛かってるだろうな」って感じの美術作品と出演者数であり、とにかく圧巻だった。

で、本作には映画の冒頭で、「本作が公開されるに至った過程」が字幕で表示された。「本作」というのは「究極版」と銘打たれているものという意味だ。というわけでまずはその辺りの話から始めよう。

先述した通り、本作は制作の過程でトラブルが続出し制作費が増大、しかもそのせいなのかはよく分からないが、「脚本家が自分の名前をクレジットしないでくれ」と言ってきたという。さらに、監督が解雇され、音楽など担当者も外されてしまったとか。この時点でかなりヤバい映画である。

しかしそれでもどうにか公開にこぎつけたそうだが、その公開された作品を観て今度は出演者たちが仰天したという。なんと、、編集の過程でストーリーがかなり改変されており、どうやったのか知らないが「ポルノシーンが付け加えられていた」そうだ(出演者に知られずにそんなことが出来るのかよく分からないが)。フィルムは警察からも捜査を受け、わいせつ罪にも問われたという。公開前の時点で、「倫理的ホロコースト」などと、かなり批判的な評価が(恐らく批評家の間で)出ていたのだという。

しかし本作は、公開されるや全世界で驚異的なヒットを飛ばしたそうだ。で、これは公式HPに書かれていたことなのだが、心理学の用語として知られる「カリギュラ効果」は本作から生まれた言葉らしい。本作の予告を観た時、「『カリギュラ』ってなんとなく聞き覚えがあるな」と思っていたのだが、なるほど「カリギュラ効果」だったか。ちなみにネットで調べると、「カリギュラ効果」というのはどうやら、日本固有の用語なんだそうだ。ほぇー、心理学の正式な専門用語じゃないのか。知らなかった。

「カリギュラ効果」というのはざっくり言うと、「禁止されると却って気になっちゃう」みたいなことで、本作『カリギュラ』は、公開前の時点で、観ることを制約するような情報が色々と出たことで、逆に人々の関心を煽り大ヒットに繋がったということのようだ。

ただ、先程書いた通り、本作は編集の段階でかなり手が加えられており、元々のテーマとは違った形で世に広まってしまった。では、元々のテーマは何だったのか? それは「絶対的な権力は、絶対的に腐敗する」である。そして今回上映されている「究極版」は、まさにその元々のテーマをきちんと描くバージョンなのである。

実は、本作の撮影素材は40年以上も行方不明とされており、その存在自体が幻となっていたという。しかし近年、90時間にも及ぶすべての撮影素材が現存することが明らかになり、そしてそれらを編集して「究極版」を作り上げたというわけだ。

なので、今上映されている「究極版」は、1976年当時に公開されたものとは別物と考えていいのだと思う。

で、映画の評価だが、「映像のインパクト」はとにかく凄い。最初に書いた通り、女性は基本的に半裸か全裸だし、美術セットも豪華だ。さらに、実在したらしいローマ皇帝カリギュラのムチャクチャっぷりが映像的に伝わるようになっていて、映像を観ているだけで狂気が染み出してくるような雰囲気は凄く良かったなと思う。

のだけど、ストーリー的には別に面白くない。というか、まあつまらないよね。ストーリーだけぎゅっと要約したらたぶん30分ぐらいで描けるような内容なんだけど、それを3時間掛けて描いているから、物語という意味ではちょっとなぁ、という気はする。

ただ、色んな意味で「こんな映像二度と撮れないだろう」という感じがするし(倫理的にも金銭的にも)、観ておいて損はないだろう。さらに言えば、「絶対的な権力を持っていて、それを存分に行使しているが故に、周囲の人間に対する不信感が募り、一層権力で押さえつけていく」という狂気が、歴史上の独裁者たちや、プーチンやトランプなどの現代のリーダーたちに何となく重なるような部分もあって、そういう部分も面白かったなと思う。

というわけで、ざっくり内容(というか設定)の紹介を。

紀元19年のアンティオキアで、英雄ゲルマニクスが謎の死を遂げた。その息子ガイウスは民衆から人気があり、ある名前で呼ばれていた。それが「カリギュラ」である。これは、戦地で彼が履いていた靴の名前に由来するという。

ゲルマニクスの死には様々な憶測が流れたが、その犯人と目されていたのがゲルマニクスの義父であり皇帝であるティベリウスだった。ゲルマニクスの妻子はその後次々に命を落とし、最後にはカリギュラと妹のドルシラぐらいしか残らなかったという。

そして物語は、紀元37年のローマから始まる。皇帝は今もティベリウスであり、そして(恐らく)カリギュラは、ティベリウスの後継者と目され、自由を謳歌していた。

彼は妹と同じベッドで抱き合って眠り、皇帝と共に裸の女性たちと狂乱にふける。そして高齢の皇帝はやがて死を迎え、そのままカリギュラが皇帝の座に就くのだが……。

というような話です。

本作は、冒頭からしばらくのティベリウスが皇帝の時代の描写もなかなかだが、やはり、カリギュラが皇帝になってからの描写がなかなか凄まじい。ある兵士の婚約者の女性が気に入ったカリギュラは、その結婚式を訪れ、花嫁の処女を旦那の前で奪うなんてことを平気でやる。「退屈だから」という理由で穀倉を閉めさせ、飢饉ということにして民に食料を配るとか(そうすれば皇帝に感謝するだろうとも言っていた)、目隠しし手首を縛って拘束した妻の出産を公開で行うなど、ムチャクチャなことをしている。実際にカリギュラがこういうことをしていたのかは知らんが、まあしていてもおかしくない気もするし、そういうハチャメチャさは観ていてなかなか面白い。

で、そんなカリギュラが唯一話を聞くのが妹のドルシラだった。ドルシラのことは、どうも溺愛しているようだ。そもそも、妹とキスしたり乳繰り合ったりしているのは謎だったが(彼は妹から「皇后は必要だ」と結婚相手を選ぶように言われても、「お前と結婚する」と言ってしばらく拒否していた)、唯一血の繋がった肉親だし信頼していたのだろう。カリギュラはティベリウスから「周りはみんな敵だ」みたいなことを言われていたから、妹だけに全幅の信頼を置くみたいなやり方をしていたんだと思う。

しかしその妹が命を落としてしまうと、歯止め役もいなくなり、カリギュラはどんどん暴走することになる。後半の、「失敗したやつ全員、全財産没収」みたいなシーンとか、マジで狂気でしかなかったもんなぁ。

で、面白いのが、先程も少し触れたが、「カリギュラは、自分が周りにムチャクチャなことをしていると自覚しているからこそ、『いつか仕返しされるのではないか』と思い、一層権力で周りの人間を押さえつけようとする」みたいな感じになっていくという点だ。まさにこれこそが、本作の元々のテーマである「絶対的な権力は、絶対的に腐敗する」を体現するような状況だなと思う。これは権力者の絶対的な真理なんじゃないかという気がする。

というわけで、何にせよ凄い作品だったことは確かだ。たぶん、配信じゃ観れない映画なんじゃないかなと思うので(いや、知らんけど)、映画館で観ておいてもいいだろう。「究極版」の制作背景も含めて、なかなか興味深い作品だった。


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