もっと頭が悪かったら幸せだっただろうか?
僕は、考えることが好きだし、それを言語化するのも好きだ。そういう自分で良かったと思っている。もちろん、色々考えすぎてしまう自分にダルさを感じることはあるが、それでも、今の自分にさして不満はない。
が、やはり時々想像してしまう。もし考えることがもっと苦手だったら。言語化することが得意じゃなかったら。もしかしてもっと幸せだったんじゃないだろうか。
昔働いていた本屋に、「お局」的な古株のバイトがいた。男の僕はさして被害はなかったが、女性スタッフはそのお局にかなり振り回されていたのを覚えている。誰も逆らえなかったようだ。
興味深いのは、そのお局は「自分は周りのスタッフから慕われている」と考えていたということだ。みんなは彼女のことを恐れて言うことを聞いていただけなのに、彼女自身は「自分に人望があるからだ」みたいに思っていたのである。
それってすげぇ幸せだよな、と思う。客観的にはメチャクチャ嫌われているのに、本人はその現状に気づいていない。一生その現実に気づかずにいられれば、それってメチャクチャ幸せなんじゃないかと感じたのだ。
同じようなことは、今の職場にいるあるスタッフにも感じる。そいつも、自己認識・世界認識ともに歪んでおり、「明らかにクソみたいに仕事が出来ない」のに、彼自身はそういう認識を持っていないようで、「自分はちゃんと仕事をしているのに、理不尽に扱われている」みたいに受け取っているようだ。ちょっと凄まじいなと思うが、そこまで認知が歪んでいるとメンタルを病まずに済みそうだし、ある意味で羨ましささえ感じさせられる。
そういう人生だったら、もしかして、もっと幸せだっただろうか?
まあ、今の僕は、記憶喪失にでもならないとそんな風には思えないだろう。僕はどうしたって「考えすぎてしまう人」が好きだし、そういう人と関わりたい。そして、割とそういう人と関われている人生にありがたさを感じている。僕自身も「考えすぎてしまう人」だが、そのお陰で、そうじゃないと得られない楽しさに触れられている、と思うしかない。
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