【映画】「いもうとの時間」感想・レビュー・解説
本作で扱われるのは、「名張毒ぶどう酒事件」。本作を観る前の時点で僕が知っていた知識は、事件名ぐらいである。
事件の概要を説明する前にまず、最も重要なポイントに触れておこう。犯人として逮捕された奥西勝は、2015年10月14日に、死刑囚のまま病死した。この事件では、1973年から再審請求が続けられているのだが、現在においてもまだ再審の扉は開いていない。そして、請求人本人が亡くなった今、再審請求を行えるのは、94歳の妹・岡美代子だけである。
もしも妹・岡美代子が亡くなれば、その時点で「名張毒ぶどう酒事件」における再審請求人はいなくなり、事件の真相は永久に闇の中に葬られる。そういう中で作られたドキュメンタリー映画である。
さて、もう1つ言及しておこう。本作では「袴田事件」にも触れられる。理由は明らかだ。同じく無罪を訴え、長年再審請求を行っていた袴田事件においては、2024年9月6日についに無罪判決が出た。しかも、「捜査機関による捏造の可能性」に言及するという、かなり踏み込んだ判決だった。
袴田事件で無罪判決が出たのなら、名張毒ぶどう酒事件だって同じような流れになってもおかしくないじゃないか。そういう想いが込められているのだろう。
ではまず、「名張毒ぶどう酒事件」の概要についてざっと書いていこうと思う。
事件が起こったのは、1961年3月28日。三重県と奈良県の県境にある葛尾という村で事件が起こった(事件が起こったのは、三重県名張市葛尾であり、それゆえ「名張毒ぶどう酒事件」と呼ばれている)。村の懇親会で振る舞われたぶどう酒に毒物が混入しており、女性5人が死亡するという大惨事になった。
事件から6日後、奥西勝が逮捕された。彼は会長宅から隣接する公民館へと酒を運んだ人物であり、それ故疑われたのだ。奥西勝は犯行を自白。「三角関係を精算するため」と動機を話した。これにより、葛尾村から奥西家は村八分にされ、墓までもが集落外に移されたという。
しかしその後、奥西勝は「刑事に自白を強要された」と主張。裁判では一転、無罪を主張した。
奥西勝が毒を混入させたという直接的な証拠は存在しない。そこで裁判の争点となったのが、「奥西勝以外に犯行の機会はなかったのか?」である。そしてここで重要になるのが、「奥西勝の逮捕前後で、村人の証言が変わっていること」だ。
それではまず、奥西勝逮捕前の証言から見ていくことにしよう。
酒を買いに行ったのは、役場の職員である。彼はご丁寧にも、自分が役場を出た時間、酒屋に着いた時間、会長宅に酒を届けた時間をメモしており、それぞれ「14:00」「14:05」「14:15」だった。また酒屋の店主も、「14:30から15:00頃に酒を買いに来た」と証言していた。多少のズレはあるが、概ね一致している。
しかし、奥西勝逮捕後は、酒を買いに行った職員は、自分が書いたメモを突きつけられてもなお「覚えていない」と言い張り、さらに酒屋の店主は、奥西勝逮捕後に「16時頃に買いに来た」と証言を変えているのだが、後の記者の取材に対して「証言を変えたこと自体覚えていない」みたいに言っていた。
さて、では何故これらの証言の変更が重要なのか。それは、「奥西勝が会長宅から公民館に酒を運んだ時間」が17:20と確定しているからである。そしてその後、宴会が確か17:30頃から始まったんだったと思う。警察は、「奥西勝が会長宅から公民館に酒を運んだ時に毒を混入した」と主張したのだが、それが成り立つためには、「会長宅に酒が届けられた時間がもっと遅い必要がある」のだ。
当初の証言通り、14:15に会長宅に酒が届けられたとしたら、奥西勝が会長宅へとやってくるまでに3時間もの時間がある。この間に、誰か別の人間が毒物を混入したという可能性は十分ある。しかし警察・検察は奥西勝犯人説を通したかった。そのため、村人に証言を”無理やり変えさせて”でも、「会長宅に酒が届けられた時間」を後ろ倒しにしたかったのである。
さて、このような証拠を踏まえた上で、津地方裁判所で行われた一審ではどんな判決が出たのか。なんと「奥西勝は無罪」という判決になったのだ。裁判官は、「検察が相当の努力を行い、証言を変えさせた」とかなり踏み込んだ指摘をし、「奥西勝の自白は信用できない」と判断したのである。奥西勝は釈放され、社会復帰した。
しかしその後、名古屋高裁で行われた二審では一転して死刑判決が出てしまう。検察は、「奥西勝が公民館で歯でぶどう酒の王冠を開けた」と主張し、後日奥西勝に同じぶどう酒の瓶で実験をした際の写真との比較を新たに証拠として提出した。そしてこれが決定的な証拠とされ、さらに、自白は信用できると判断が変わり、死刑判決が下ったのだ。しかしそもそもだが、「仮に奥西勝が歯で王冠を開けたとして、それが何なんだ?」と思う。ぶどう酒の王冠を開けたとしたって、それだけで毒を混入した証拠にはならないだろう。しかもこの点に関しては、2000年に入って以降明らかになった新たな事実が存在するのだが、それはここでは触れないでおくことにしよう。
いずれにしても、奥西勝には死刑判決が下ってしまい、最高裁へ上告するも、最高裁は二審判決を支持、これにより、1972年6月15日に死刑判決が確定した。
そしてその後、1973年から再審請求が行われ続けている。1977年から1997年に掛けての第5次再審請求から弁護団が結成され、再審請求の度に「新規で明白な証拠」(再審のためには、これが必要とされている)を提出してきた。王冠の鑑定は、より詳細に行ってみるとまったく一致しなかったし、またその再鑑定の過程で「警察による捏造」も発覚した。また、「検出された毒物と、奥西勝が証言した毒物が一致しなかった」ことも明らかになったそうだ。これは正直、どういう状況なのかよく分からないが、「事件当時の技術では、ぶどう酒に混入された毒物を正確に判別することは出来なかった」みたいなことなのかもしれない。
このように、「新たな証拠」を引っ提げて再審請求を続けているのだが、第10次に及んでいる再審請求は今も認められていない。
しかし、映画を観ていて驚いたのだが、実は1度だけ、再審の扉が開いたのだ。2005年4月5日、名古屋高裁が再審開始を決定したのである。映画を観ながら、「そうか、再審は決まっていたのか」と思っていたのだが、そうではなかった。なんとその翌年の12月、再審開始の取り消しが決定したのだ。今までそんな話聞いたことがないので驚いた。この「再審決定」と「再審開始の取り消し」を判断した裁判官は別の人なのだが、どちらも名古屋高裁の裁判官であり、これは僕の憶測でしかないが、名古屋高裁内で何らかの”揉み合い”があり、決定が覆ってしまったのだろう。
しかし個人的に強く感じることは、「再審を否決し続ける裁判官たちは、寝覚めが悪くなったりしないんだろうか?」ということである。僕は、本作『いもうとの時間』で示される情報をしか知らないわけだが、それによれば、「奥西勝がぶどう酒に毒を混入させた客観的な証拠は存在しない」「奥西勝の示すものは彼の自白のみだが、後に彼は自白を強要されたと主張している」「弁護側が行った様々な科学鑑定によって、『奥西勝の犯行ではない可能性』がかなり強く示唆される」という状況にある。このような情報が目の前にあれば、どんな人間だって「奥西勝は無罪かもしれない」ぐらいのことは考えるだろう。
まったくそんな風に考えないとしたら、それはちょっと人間としてどうかしていると思ってしまうが、「奥西勝は無罪かもしれない」と思いつつ再審を拒否し続けているのであれば、それはそれで寝覚めが悪くないだろうか、という気がしてしまう。そりゃあ、死刑判決を下したのが名古屋高裁であり、その判断がひっくり返される(日本においては、「再審開始」はほぼ「無罪」を意味する)としたら気分は良くない(あるいは「沽券に関わる」とか?)かもしれないが、にしたって別に、死刑判決を下したのは自分じゃない。大分昔の先輩裁判官である。恐らく、その死刑判決を下した裁判官はもう亡くなっているだろう(死刑判決を下した時の見た目の年齢的に、今生きているとは思えない)。確かに、再審開始を決めて無罪となれば、恐らく名古屋高裁の誰か(たぶんトップ)が謝罪する、みたいなことになるだろう。それを避けたいのだろうか? 万が一、そんな理由で再審を拒否し続けているのであれば、クズ過ぎる。
別に僕は「奥西勝は無罪だ」なんて言っているのではない。そんなことは分からない。しかし再審となれば、新たな事実が明らかになるだろうし、科学技術なども含め、事件当時には分からなかった様々なことが判明したりもするはずだ。それらを踏まえて奥西勝が犯人なのかどうかがより高い精度で判断できるはずだし、そういう機会を設けるべきだろう、と言っているのである。
しかし、実はこの点に関しても問題がある。これは、袴田事件においても指摘されていたことだったのだが、「再審における、検察の証拠開示」が法律で規定されていないのだ。
先述した通り、再審の扉を開くためには「新証拠」が必要である。しかし、証拠はほとんど検察が持っている。そして検察は、弁護側が証拠の開示を請求しても拒否する。実は、裁判所もここには手を出せないようだ。何故なら、「再審における、検察の証拠開示」を規定する法律が存在しないからだ。再審の扉を開かせたくない検察は、当然「証拠開示」を拒否する。しかしそれでは、弁護側は「新証拠」を手に入れることが出来ない。再審にはそもそも、このような構造的な問題が存在しているのである。
名張毒ぶどう酒事件においても、検察が開示していない証拠が存在している。証拠にはすべて番号が振られているのだが、弁護側が、これまでに提示されたすべての証拠リストから「欠番」のリストを作成しているのである。そして恐らくそれらは、「奥西勝に有利に働く証拠」だからこそ開示されていないのだろう。それらが出てくれば、奥西勝の無罪が明らかになるかもしれないが、現行の法律では、何らかの強制力を持って検察にその証拠を出させることが出来ないのだ。
だから、法律の改正が絶対に必要である。
法改正の話で言えば、作中で興味深い話が出てきた。これも本作を観るまで知らなかったのだが、奥西勝には「特別面会人」と呼ばれる人が存在していたのである。
通常、死刑囚に面会できるのは親族(と、あとは教誨師か?)のみである。しかし、本作中に出てきたある人物は、「それは問題だと言って国会でも取り上げてもらい、先代が『特別面会人』という立場を勝ち取った」という話をしていた。作中に出てきたのは、奥西勝の特別面会人2代目であり、親族ではないが奥西勝との面会が許されていたという。
このように、法律は手続きを踏んで主張すれば変わり得る。再審に関しても、特に袴田事件の衝撃がまだまだ大きいと思うので、このタイミングで法改正を望む声が高まれば、変わる可能性も出てくるだろう。そういう機運を高めるという意味でも、本作は重要ではないかと思う。
個人的に凄いなと感じたのは、奥西勝の妹・岡美代子の夫・岡忠三である。恐らく2人は、奥西勝が逮捕される前に結婚していたのだと思うが、事件発覚後も離婚しなかったどころか、義理の兄である奥西勝の無実を信じて、一緒に戦い続けたというのだ。そんな岡忠三が、獄中の奥西勝に宛てて書いた手紙が作中で紹介されるのだが、とても素晴らしかった。結果としては獄死してしまったわけだが、奥西勝にとって義弟の存在は、かなり大きなものだったのではないかと思う。
さて最後に。個人的には、ちょいちょい挟み込まれる仲代達矢のナレーションがちょっと合わないなぁ、と感じていた。ただ、公式HPを見るまで知らなかったのだが、東海テレビが「名張毒ぶどう酒事件」を扱った映画を制作するのは本作で4回目だそうで、仲代達矢のナレーションも、「名張毒ぶどう酒事件」シリーズでは恒例であるらしい。まあ、それなら仕方ないか。個人的にはちょっと、アクが強すぎるように感じたのだけど。
恐らく、昔に比べれば、日本の司法はだいぶマシになってきたのだとは思う。まあそれは良いことである。しかしだからといって、「過去の過ち」を無視していいことにはならない。「過ち」と確定したわけではないが、それを確定させる土俵を用意しないのだから、「過ち」だと認めているのと同じようなものだろう。
そういう司法を許容する社会に生きていたくはないなと思う。
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