【映画】「太陽(ティダ)の運命」感想・レビュー・解説
これは実に興味深い映画だった。なかなかドキュメンタリー映画を観ようという人は多くはないはずだし、内容的にも「観よう」という気分になる人はそう多くはないかもしれないが、機会があれば是非観てほしいなと思う。
本作はタイトルからだとなかなかなんの話なのか想像しにくいが、扱われているのは「沖縄の基地問題」であり、それを「歴代の沖縄県知事」の来歴から描き出していく作品である。
僕はこれまでにも『サンマデモクラシー』や『シン・ちむどんどん』など、沖縄の近現代史を扱った作品を観てきたし(本作監督の『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』などは観ていないが)、そういう中で基地問題や沖縄の歴史を知る機会は結構あった。でもやはり、当然だけど知らないことは山ほどある。本作は、「沖縄の基地問題」について、なるほどそういう流れで今こうなっているのか、と感じさせる内容で、観て良かったなと思う。
本作では、印象的な言葉が2度出てくる。後に第4代沖縄県知事を務めた大田昌秀が、沖縄返還の1年前に書いた文章だ。
【日本人は醜い。
沖縄に関して私は、そう断言することが出来る。】
大体こんな文章である。本作では、作中とラストの2度、この言葉が出てきた。
僕が観たのは初日で、上映後に監督による舞台挨拶があった。そしてその中で監督は、「先行上映していた沖縄の観客から、『あの大田さんの言葉を2回も入れて、本土の人がどう受け取るか心配』みたいに言われた」みたいな話をしていた。まあ確かに、そういう懸念を引き起こす言葉ではあるだろう。しかし、沖縄の人たちがそう言いたくなる気持ちもよく分かる。この基地問題に関しては、日本の安全保障を考える上で国民全体が目を向けなければならない問題だとはもちろん理解しているのだが、しかし正直なところ、「現実的に、一体どんな着地点があり得るんだろう?」と思うと、ちょっと想像が難しくなる。
そして沖縄県知事というのは、そんな問題をずっと背負わされているのである。作中でインタビューに答えていた大田昌秀が、「沖縄県知事とはどういう存在ですか?」と聞かれて、「日本一難しい問題を背負わされている」と答えていた。確かにその通りだろう。
その「難しさ」はもちろん一言で言えるようなものではないのだが、それでも無理やり一言にまとめるなら、「基地問題では国に拳を振り下ろし、一方の振興策では国にお願いをしなければならない」となる。本作では、大田昌秀と、第7代沖縄県知事である翁長雄志が中心的に描かれていくのだが、彼らは共に国から訴訟を起こされている。基地問題に関して、国とバチバチに闘っていたのだ。しかし一方で、東京や大阪などとは違う経済規模である沖縄では、政府の支援なしに経済振興策を打ち出すことはなかなか難しい。一方では闘い、一方では頭を下げなければならないという中で、難しい舵取りが求められているというわけだ。
そして本作では、そんな難しい舵取りをし続けた大田昌秀と翁長雄志が、保守と革新というまったく異なるところから知事になり、さらに当初は激しく対立する関係だったにも拘らず、結果としてほぼ同じ道を歩んでいくことになった、その数奇な運命を辿っていく物語である。
大田昌秀は元々大学教授だった。しかし、基地問題などに対するその主張から、次第に「是非知事へ」という声が高まっていく。本人は知事などやる気はなかったそうだが、本作に登場した「大田昌秀を説得した1人」だという人物は、「言うだけ言って実行しないなんて無責任だよ。逃げるんですか?」と言ったそうだ。その言葉を聞いた大田は、最終的に出馬を決意したという。
大田は、沖縄県民の悲願である「無条件での基地返還」を実現しようと努力しようとするのだが、しかし就任早々難しい判断をしなければならなくなる。「公告縦覧代行」である。これはざっくり言うと、「使用期限が過ぎた土地を使えるようにする手続き」である。どこだったか忘れたが、どこかの米軍基地の土地の使用期限が切れるタイミングであり、その使用を許可する書面にサインするかどうかという問題に直面したのだ。
大田の信念から考えれば、ここは署名拒否である。米軍に土地を使わせないという判断を示すことは、彼自身のこれまでの主張との一貫性という意味でも重要だ。しかし大田は、悩みに悩んだすえ、署名した。この行動はかなり批判を浴びたそうだ。
しかしその後、米兵による少女暴行事件が発生し、日米地位協定による日本側は被疑者の素性さえ分からないという状況に置かれ、大田は怒り狂った。この事件が大田にとっての大きな転換点になったと語る人物がいた。そして1995年10月21日に85000人を集めた総決起大会が開かれる。動員ではなく、皆、自主的に参加したものだ。そして「オール沖縄」として、徹底的に基地問題と対峙していく決意を固めるのである。恐らく、「オール沖縄」として立ち上がったこの時に、政府も初めて危機感を持ったのではないかと誰かが言っていた。
さて、大田が知事に就任した歳の総理大臣は村山富市だったが、その後橋本龍太郎に変わる。そしてこの橋本龍太郎が、沖縄の基地問題をどうにか前進させようと、かなり力を注いだのだそうだ。本作中にも、橋本龍太郎が「普天間基地の返還」を発表する記者会見の様子が収められている。大田は橋本龍太郎と関わる中で、「政府の本気」を感じるようになっていったそうだ。
ただ、「普天間基地の返還」といっても無条件ではない。代替施設の提供が大前提というわけだ。つまり、「普天間基地は返還するから、どこかに新しい基地施設を作れ。その費用も日本持ちだ」というのがアメリカの主張である。そしてこの話から生まれたのが「辺野古移設」である。
大田はこの点で悩んだ。沖縄が望んでいるのは無条件での基地返還である。代替施設を沖縄に作るというのでは、結局状況は何も変わらないじゃないか。果たしてこの話を呑むべきか否か。そしてその話と絡んで、2度目の「公告縦覧代行」の署名問題にも直面することになり、大田昌秀は国との関わりを睨みながら難しい決断を迫られていたのだ。
本作には、筑紫哲也の「NEWS23」の映像が結構使われているのだが、その中に、知事を引退した大田昌秀と、彼が知事時代の総理補佐官(みたいな人。正確には覚えていない)の2人が対談する様子があった。そしてそこで、大田と国との意見の対立が浮き彫りになる。
正確には覚えていないが、総理補佐官は、「基地を返還するにしても、現実的な手続きを踏まなければ難しい。そのための第一歩が辺野古移設であり、国としてもその後も縮小を目指す方向でいた。いずれにせよ、危険な普天間基地を閉鎖し、さらに規模も縮小して辺野古移設するというのが、まずは最善の手段だと今でも私は信じている」みたいなことを言っていた。
さて、本土(という表現を僕が使うことが適切かはよく分からないが)に住む僕としては、この総理補佐官の言葉はそれなりの妥当性があるように聞こえる。総理補佐官は確か「辺野古移設は一時的に移すだけ」と言っていたのに対して、大田は「アメリカの資料には、使用40年、耐用年数200年と書いてある」とその主張の矛盾を指摘していたので、この点はちょっとなんとも言えないが、しかし「市街地にある危険な普天間基地を閉鎖して、海上に代替施設を作る」という部分については、「まあそれが現実的かもしれないなぁ」と感じたりもする。
しかしそれに対して大田が言っていた話もまた印象的だった。総理補佐官が、「例えば、100人亡くなっていたものが1人に減るというのであれば、確かに危険性はゼロにはなっていないけど、その方がよりベターな選択ではないか?」と言っていたのに対して(この100人とか1人というのはあくまで喩えで、実際の死者数とは関係ないだろう)、大田は、「100人でも1人でも命の重さは変わらない」とまず口にする。正直僕にはこの言葉は「政治家っぽい発言だな」としか思えなかったのだが、それに続けてこんな風に言っていたのだ。
【常に多数が少数に我慢を強いる状況は、健全な民主主義ではない】
これもなんとなくの表現しか覚えていないが、このようなことを言っていた。つまり、「基地移転により、死者数が100人から1人に減る」という話を、「1億人の国と100万人の沖縄では、常に沖縄が我慢を強いられる」という話に対応させているのだ。確かにそう考えると、「死者数が100人から1人に減るから良いよね」という主張は、「100万の沖縄が犠牲になってくれれば、1億の国が助かるからそれで良いよね」という話と同等とも捉えられる。大田は、国の、というか国民全体のそういう発想にこそ、異議を唱えていたのだと思う。
大田がこう口にした時、僕はちょっとハッとさせられてしまった。なるほど、確かにその通りだ。単純に「辺野古移設によって死者数が減るならベターじゃないか」と思っていたのだが、それはまさしく「沖縄に負担を押し付け続ける『本土』の発想そのもの」とも言える。「100人から1人」にはベターと思えるのに、「1億のために100万」はベターとは思えないというのはダブルスタンダードだ。そのことに気付かされて、ハッとさせられてしまったのだ。
さてこの点に関しては、後半、翁長雄志に焦点が当たるパートで凄い描写があった。ある国会議員が翁長雄志との会談の場で、「日本には『基地を引き受けてもいい』と思っている人なんて本音では1人もいない」「本土が嫌だと言っているんだから、沖縄が引き受けるのが当然だろ」みたいなことを平然と口にしたというのだ。翁長雄志は、「そんな感覚を持つ国会議員とどう対話しろと言うんだ」と怒りを滲ませていたが、確かにその通りだと思う。
もちろん僕だって、「日本には『基地を引き受けてもいい』と思っている人なんて本音では1人もいない」だろうなと思っている。しかし、翁長雄志がある場面で口にしていたように、「沖縄はこれまで1度も、自ら基地を提供したことなどない」のである。だから「俺たちが嫌だって言ってんだから、お前んとこで引き受けろよ」なんて主張を受け入れられるはずもない。とんでもない国会議員がいたものだなと思うが、まあとはいえ、この国会議員の感覚はある意味で、「本土」に生きる(僕を含めた)多くの人がうっすらと感じていることでもあるだろうから、それもまた難しいなと思う。
さて、ちょっと話は脱線したが、話を「代替施設を用意した上での普天間基地返還」の話に戻そう。大田はこの点で悩んでいた。橋本龍太郎とも何度も会談を重ねていくが、結論が出ない。そしてそうこうしている内に、国はしびれを切らしたようだ。当初はかなり協力的な姿勢だったにも拘らず、「大田は決断が出来ない」みたいな捉え方になっていったみたいである。
第5代沖縄県知事の稲嶺惠一だったと思うが、大田昌秀に関しての橋本龍太郎の言葉で覚えていることが3つあると話していた。1つ目が「騙された俺が悪かったのか」、2つ目が「私はあなたに貸しがある」、そして3つ目が「最初からNOと言ってくれれば」だという。これらの発言からも、橋本龍太郎は基地問題にかなり前のめりで、大田の決断さえあれば状況を大きく変えられたのに、と思っていることが伺えるのではないかと思う。
さて、本作『太陽(ティダ)の運命』ではこの辺りから、第7代沖縄県知事である翁長雄志を取り上げ始める。大田昌秀が知事時代には、まだ当選1回生のペーペーだった。しかし彼は、「大田県政」を猛烈に批判していく。その発言は議事録にも残されており、本作でも多く引用されていたが、かなり手厳しいものだった。
正直、本作で描かれている描写では、「どうして翁長雄志が大田昌秀をあれほど強く攻撃し続けたのか」はよく分からなかったが(たぶんこれは、僕が「保守」と「革新」を全然理解していないから来るものだとは思う)、ともかく、翁長雄志の様々な戦略により大田昌秀は引きずり降ろされた。とはいえ、翁長雄志は知事になるつもりはなかった。彼が目指していたのは那覇市長だったそうだ。
そもそも、彼の父親が政治家で、確か市長選(今は那覇市だが、当時は真和志市だった)で負けたんだった気がするが、その際に母親から「お前は政治家にはならないでおくれ」と言われたという。その時翁長雄志は小学6年生。そしてまさにこの瞬間に、翁長雄志は「政治家になる」と決断したのだそうだ。父親は乗りに真和志市長になったそうだが、そういうこともあって翁長雄志は那覇市長を目指していたのだと思う。
しかし翁長雄志の運命を変える出来事が起こる。いわゆる「教科書問題」である。安倍元首相の主導で行われた教科書の記述の改定で、「軍命による集団自決は無かった」という風に教科書を書き換えるという話に、沖縄県民が立ち上がったのだ。もちろん、翁長雄志も奮起した。沖縄県民としては看過できない問題である。この時再び「オール沖縄」が実現、そして、元々知事になるつもりのなかった翁長雄志は、かつての盟友と言っていい人物と市長選を闘い、10万票以上の大差をつけた圧勝で選挙戦を勝ち抜いたのである。
非常に印象的だったのが、知事選への出馬を決めた翁長雄志(どのタイミングの話だったかは忘れたが)が、どうしても会いたいと人づてにある人物と接触を試みたという話。沖縄に四半世紀通い詰めている監督は舞台挨拶で、「この話は、本作の取材中に初めて出てきた話」だと言って驚いていた。
翁長雄志は大田昌秀に会おうとしていたのである。仲介した人物が、半ば騙すような形で大田昌秀の自宅に翁長雄志を連れて行ったそうだが、大田は結局目を合わせることも喋ることもなかったそうだ。やはり、知事時代の禍根が強く残っているということだろう。まあそりゃあ、そうなっても仕方ないぐらい酷い扱いだったので、仕方ないなと思う。
しかしその後、知事になった翁長雄志の奮闘を見て、大田昌秀も考えが変わっていったようだ。結局その後も2人が直接会ったり話したりすることはなかったそうだが、様々な形で翁長雄志を評価する言葉を口にしていたそうだ。
翁長雄志は知事に就任する前、稲嶺恵一に頼んで、基地問題に関するアメリカとの交渉の場に同行させてもらったそうだ。当時を振り返って稲嶺恵一は、「一言も喋らなかったが、あの時に、この問題に落とし所はないと理解したんじゃないか」と語っていた。
さらに、確か翁長雄志の妻の言葉だったと思うが、知事になってからどう闘っていくのかについて、翁長雄志はこんな風に言っていたそうだ。
【国は沖縄の主張に耳を貸さないだろう。恐らく、裁判所も味方にはなってくれない。
だからもう、政府に押し潰される姿をみんなに見てもらうしかないんだ。】
相当悲壮な感覚と言っていいと思うが、このような覚悟を持って「日本一難しい知事」に就任したというわけだ。
翁長雄志は、リーダーとしてなかなか気持ちのいい人間だ。主義主張がはっきりしていて力強いというのも好印象だが、「敵対する陣営からも幹部を登用する」という話が個人的には印象的だった。翁長雄志は那覇市長時代に、自身を支持していないことが明確である労働組合のトップみたいな人を幹部に取り入れたそうだ。その人物も映画に出ていて、その人事を聞いて驚いたと話していた。翁長雄志にも毀誉褒貶色々あるのかもしれないが、少なくとも、本柵を観ている限りにおいては、「こういうリーダーだったらみんなついていきたいと思うだろうな」という感じがした。
そして翁長雄志は、自身が沖縄県知事になったことで、かつて批判していた大田昌秀の苦悩が理解できるようになっていく。誰かが「沖縄は矛盾の塊」みたいな言い方をしていたが、まさにその通りで、翁長雄志も様々な場面でどういう決断をすべきか悩まされる。そして結果的に、様々な場面で大田昌秀の後をなぞるような振る舞いをしていくことになるのである。
先述した通り、翁長雄志も大田昌秀と同じく国から提訴されている。そしてこの点について、誰の言葉だったか忘れたが(大田昌秀が言っていたような気もするんだけど)、印象的な発言があった。
【日本の司法と立法は行政に従属している】
【最高裁判所は、日米安全保障条約は憲法より上位に位置しており、日米安全保障条約には関知できないとはっきり言っている】
これもまた、独立国家としては大きな問題だろう。翁長雄志が菅官房長官(当時)との話の中で出した「キャラウェイ」の話にも通ずるものがある。「自治は神話」という印象的なフレーズだ。もちろんこの「司法」や「憲法」の問題は沖縄だけのものではない。日本全体の問題である。
作中では、かつてジャーナリストだったという大学教授が、「沖縄は、この国の民主主義のカナリアだ」と言っていた。「炭鉱のカナリア」になぞらえた表現である。最も弱く脆い沖縄に、民主主義の最初の亀裂が入るというわけだ。沖縄の基地問題を通じて僕たちは、「日本の民主主義の問題」に直面していると考えるべきだろう。
もちろんそもそもの性質からして「沖縄の問題だ」と他人事扱いしていいものではないのだが、その上で、「日本の民主主義を考える上でも、沖縄の基地問題は重要だ」という認識を多くの人が持つべきではないかと思う。「安全保障」という意味でも「民主主義」という意味でも、決して他人事ではない。
しかし一方で、勇ましくこんな風に書いてはいるものの、やはり僕自身、「沖縄の基地問題は一体どう決着がつくのがベターなのか」と悩んでしまう。もちろん、あらゆる条件を無視すれば、第1優先は「安全保障上の問題をクリアした上で、日本から米軍基地をなくすこと」、そして第2優先は「沖縄の基地の一部を沖縄県外に移設する」となるだろう。しかし、第1優先は地政学的な観点からほぼ不可能な気がするし、第2優先は「引き受ける自治体がまず存在しない」という点から難しいと思う。
ただ、1つ思うのは、これから急激に人口が減少する日本においては、「スマートシティなどの推進により『人が住まなくなる土地』が増え、基地移転を受け入れやすくなる」という可能性は出てくるかもしれない。人口減少により、地方自治体の運営も厳しくなっていくだろうから、そういう観点からも、「基地を受け入れることで補助金がもらえるなら」と、検討する自治体も出てくるだろう。ただ、そうなるまでにはまだまだ時間を要することも確かだ。今今の選択肢としては、やはり現実的ではない。
本当に、難しい問題だなと思う。「難しい問題だ」なんてまとめて終わらせていいことではないのだけど、やはりそう感じられてしまう。
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