【映画】「君と私」感想・レビュー・解説

メチャクチャ良かった、というわけではないのだけど、直接的には描かれないある要素が作品全体を引き締めている感じがあり、「単なる青春・恋愛物語ではない」という印象になっているのが良かったなと思う。

その「直截的には描かれないある要素」というのが、2014年4月16日に韓国で起こったセウォル号沈没事故である。「もう11年も経ったのか」と感じたのだが、「船長が我先に逃げた」とか「救命ボートが使えないようになっていた」みたいな話があったはずで、ホントに酷い事故だった。

本作では冒頭で、このセウォル号沈没事故について字幕で触れられる。そして「その直前のある日が舞台である」と示唆されるのである。

主人公はセミという女子高生で、そして彼女は翌日に修学旅行を控えている。そんなセミは同級生のハウン(名前からは分からないと思うが女性である)に想いを寄せている。しかしそんなハウンは、少し前に自転車に轢かれて足を骨折してしまい、修学旅行をキャンセルすることにした。そんな2人の恋物語である。

さて、かなり冒頭で提示されるセミ、ハウンのこの設定から、最後どうなるのかは明白だろう。セミは修学旅行へと行き、セウォル号の事故に巻き込まれてしまう。そしてハウンは修学旅行に行かなかったため助かった。間違いなくそうなるだろうと誰もが想像できる冒頭であり、そしてだからこそ、かなり明るく展開される映画にも拘らず、全編に渡って「残酷さ」に満ちているような印象になるのである。

現実に起こった悲惨な事故を、実話というわけではないのに背景に据えるということに韓国国内で批判が出なかったのか、その辺りはよく分からない。日本でも、例えば震災を背景にしたフィクション映画はよく作られるが、なんとなく「災害」と「人災」は違う気もする。韓国で受け入れられているのであれば外野がとやかく言うことではないが、個人的にはまず、「実際に起こった悲惨な事故が背景として置かれている」という設定の是非が気になったし、そして同時に、そういう設定だったからこそ印象的な物語に感じられもしたなと思った。

物語は基本的に、セミとハウンの話がメインになる。セミは教室でうたた寝をしている時に悪い夢を見て、それでハウンのことが心配になった。学校を勝手に早退して、ハウンが入院する病院へと向かう。セミは、ハウンが怪我のために修学旅行をキャンセルせざるを得ないことを理解しているが、しかしどうしても一緒に行きたいと考える。ハウンは、怪我のことだけじゃなくてお金もないから行けないと話すのだが、あれこれやり取りする中で、「昔男からもらったビデオカメラがあるから、それを今日中に売れば行けるかも」という話になり、ネットオークションに出品する。やがて買い手がつくのだが、ハウンは「ハンドルネームが怪しい。別の買い手を探す」と消極的だ。

そういう色んな態度から、「ハウンは修学旅行に行きたくないんだ」「つまりそれは私ことが好きじゃないんだ」という思考になり、心が乱れる。実はセミは、ふと目にしてしまったハウンの手帳に「フンババにキスしたい」と書かれているのを見てしまっていた。「フンババって誰?」とその正体を探ろうとするのだけど、誰だか全然分からず、セミは見えない恋敵に苛立ちを募らせていく。

そんな、修学旅行出発の前日の1日を丁寧に追った物語である。

セミがハウンに抱く気持ちが「友情」なのか「恋心」なのか最初の内はよく分からないのだが、次第に「きっとこれは恋心なんだろう」と理解できるようになる。ハウンに対する想いがかなり強い(というか重い)のだ。ハウンは、そんなセミの「重さ」を軽やかに躱そうとする。そこには彼女なりの理由があったりするのだけど、そんなことはセミには伝わらない。セミはハウンの振る舞いを「つれない」と感じ、どんどんと不機嫌になってしまうのだ。

ハウンにはダエ(これも女性)という幼馴染がいるようで、そしてハウンは恐らくダエの話ばかりするのだろう、セミはハウンがダエの話をするのが嫌みたいだ。ある場面で、ダエが驚きの告白をするのだが、それを聞いてセミはかなり怒っていた。まあ確かにな、という感じではあるのだけど、ただその後、セミはダエから厳しいことを突きつけられる。

自分のことしか考えていない、というのだ。

観客視点でもあまり分からないことなのだが、ダエ曰く、ハウンはかなり辛い状況に置かれているようだ。飼い犬のジュリーが死んだという話は出てくるが、しかしセミの前では「大したことじゃない」みたいな振る舞いをしていた。しかしダエ曰く、ハウンはジュリーの死にかなりダメージを受けていたそうだ。他にもハウンには心労がかさんでいたのだが、セミはそんなハウンの苦労を理解しようともせずに愛情だけを求め続ける。そのことを痛烈に批判されるのである。

ただ、本作の構成で面白い(と言っていいのか分からないが)のは、セミが主張する「悪い夢を見たからハウンに何か起こるんじゃないかと心配」という話が、観客視点では「その後に待ち構えているセウォル号の事故」を連想させるということだ。つまり、「教師や友人からは全然当てにされていないセミの『直感』が、観客視点では『当たっている』という感覚になる」というわけだ。まあ実際には、「何か起こる」のはハウンではなくハウン以外の生徒の方なのだが、しかし「同級生のほとんどを亡くして孤独に陥るハウン」もまた辛い状況だと言っていいし、そういう捉え方をすればセミの「予感」は正しかったと言っていいだろう。

そんなわけで、周囲の人間からは「意味が分からないまま騒いでいるだけ」のセミが、観客からは「正しい予感に沿って行動している」ように見えるため、セミの言動がそこまで悪い印象をもたらさないことになる。この構成は、本作を鑑賞する上で結構重要なポイントと言えるのではないかと思う。

ただ1日の出来事を描くだけの物語なので、「これまでにどういうやり取りをしてきたのか」や「どんな感情の変化があったのか」などは見えにくいし、だからこそ起伏の無さを感じる物語だなとも感じる。本当に、何が起こるというわけでもない物語であり、退屈と言えば退屈かもしれない。ただやはり、「この何でもない1日が二度と手に入らないものになってしまう」という予感をずっと抱きながら物語を追っている観客には、そんな「退屈な日常」が逆説的に「大切なもの」に感じられるようにも思うし、悲劇的な結末であることが確実だからこそ、その悲劇の直前を生きる彼女たちを応援したい気持ちにもなる。

あと、物語に関係ない部分で言えば、映像が全体的に「白い紗幕」(とでも言えばいいのか)みたいなもので覆われているかのように白っぽく優しい印象になっていて、綺麗な感じだった。どことなく「過去の記憶を振り返っている」みたいな印象にもなるし、となれば、「本作で描かれている状況は、死にゆくセミの走馬灯である」みたいな解釈も出来たりするかもしれない。まあ、その根拠はないし的外れかもしれないが、とにかく映像は結構綺麗だったなと思う。

そんなわけで、捉え方次第で面白くも退屈にも感じられる作品という感じがしたが、個人的には結構良かったという感じだった。

いいなと思ったら応援しよう!

長江貴士 サポートいただけると励みになります!

この記事が参加している募集