【本】山下卓「ノーサイドじゃ終わらない」感想・レビュー・解説
メチャクチャ良い小説を読んだ。今年読んだ本の中でもトップクラスかもしれない。
高校時代のラグビー部の勝治先輩が亡くなった。
高校時代の友人とは音信不通だった沢木は、奥多摩を出て久方ぶりに地元に戻った。実に15年ぶりだ。
先輩の死は、ギャグみたいなもので、ニュースにも取り上げられるほど大きな事件だった。
ヤクザの事務所にマシンガンを持ってぶっ放し、返り討ちに遭って死亡。勝治先輩らしいと言えばらしい。
久々に顔を合わせたラグビー部の面々。変わっていないようで、やっぱりみんな、それなりに色々ある。
マネージャーだった翔子は、沢木たちと同期の牧瀬と付き合っていたのだけど、結婚寸前で牧瀬が結婚を撤回。翔子はようやく立ち直り掛けている。牧瀬は、勝治先輩の葬儀にも来なかった。
結婚して子供が出来ている者が多い中で、沢木自身は離婚をしていた。その理由は、かつて沢木が書いた記事にある。
週刊誌のライターをやっていた沢木は、恐ろしく恵まれた環境に生まれながら吉原嬢をやっているまどかという少女の存在を知る。取材を続ける中でまどかに心酔していった沢木。彼女を描いたルポは反響を呼び、しかしそれが原因で彼女は自殺した。
沢木は、自責の念に耐え切れずに雑誌の編集部から去り、まどかへの手紙のように綴った小説がヒットし、一応今は小説家ということになっている。
「アホなことして死んだよね、ホント」という、悼むというよりは勝治先輩のらしさを偲ぶようなのんびりとした雰囲気が一変したのは、勝治先輩の襲撃事件に共犯者がいたという報道を見た時からだ。
週刊誌記者時代の勘が、沢木をざわつかせる。
葬儀にも顔を出さなかった牧瀬は、今は引きこもりのような状態になっているらしい。せっかく帰ってきたんだから、牧瀬にも会ってやれよと言われて向かうつもりでいたけど、まさか牧瀬が…。
というような話です。
これは凄かったなぁ。久々に、充足感のある小説を読んだ、という感じ。一週間にも満たない期間の、しかも高校時代の同級生ばっかりが出てくるような、どう考えてもスケールが大きくなりようがなさそうなストーリーを、見事な設定と展開で先が気になる物語に仕立て上げ、さらにその中で繰り広げられる人間ドラマまで描きこまれている。様々な事実が少しずつ明らかになっていき、しかもそれらが大きな全体と分かちがたく結びついていく。
沢木がこれまで辿ってきた人生を一旦総決算させるような、濃密で人間味溢れる数日間の物語は、読む者を爽やかに「日常の少し先」に連れ去ってくれることでしょう。
まずストーリーそのものについて触れよう。あまり触れられることは多くはないのだけど。
物語は、勝治先輩がやらかしたギャグみたいな事件から始まる。しかしその「ギャグっぽさ」は、その事件の一面でしかなかった。その事件には、もっと複雑な背景があって、そしてそこには、沢木の知り合いが、つまりラグビー部の面々が直接間接的に関わっているのだ。
その中核にあるのが、翔子と牧瀬の結婚の破断と言っていいかもしれない。
マシンガンをぶっ放す襲撃事件と、ラグビー部内の結婚話のどこに接点があるのか。それは読んでもらうとして、「二人の結婚の破断」という極々私的な、社会全体からすれば物凄く小さな出来事(本人同士にとってはとてつもなく大きいだろうが)が、マスコミやヤクザまで巻き込むようなとんでもない事態を引き起こしているという設定が面白いし、しかもそれが不自然ではないように実に上手く作りこまれている。翔子と牧瀬の結婚の破断の背景には様々な事実や状況が横たわっていて、しかもそれらはなかなか表に出てこない。しかし、事件の中核はどうもそこにあるようで、だからこそ沢木は、翔子や牧瀬の結婚周辺の事実も探っていかなくてはならなくなる。
『こっちはけっこう必死に生きてるだけなのに、誰かが勝手に傷ついてたり、誰かに勝手に嫌われてたり、そういうの、なんかぜんぶめんどくさいよ』
これは、地元に戻ってきてかつての同級生たちからの「予想もしなかった反応」を受けて、沢木が母親にぼやいたことだ。沢木はみんなから「お前は冷たいな」と言われるのだが、その感じが、このセリフによく出ているだろう。正直僕も、この沢木の感じ方は、とても共感できる。別に、沢木と同じようなシチュエーションに遭ったことがあるわけではないんだけど、同じような状況になったら、同じようなことを言うような気がする。沢木がどんな状況に置かれたのか、それは読んで欲しいけど、この時点では、沢木の言い分は、僕にとっては「もっともだな」と感じる。
しかし、図らずも沢木は、ラグビー部の面々の様々な「過去」をほじくり返さなくてはならなくなった。沢木としても、正解がどこにあるのかまったく分からない、手探りの状況の中で、それでもどうにか手がかりを見つけようと必死になっているだけだ。沢木はある場面で、ラグビー部のあるメンバーから、「フランカーのクセにパスもしねぇでひとりで突っ込んでよ」「お前はいつもひとりでボールを持ちすぎるんだ」と指摘される。
そう、沢木は、襲撃事件の背景を一人で調べている。自分がなんのために動いているのか周囲に明かさないまま、ラグビー部の面々の過去をほじくるようなことをしていたりする。そういう態度も、反感を買う原因になっていくのだろう。
そんな沢木は次第に、自分のこれまでの在り方を反省するようになっていく。
『こんな状況になるまで、知ろうともしなかった。そして、こんなことになって初めて、そのことを悔いている。都合のいいときにしゃしゃり出て、救世主を気取っているだけだ』
やはりこの物語は、どうしても沢木に焦点が当たってしまう。本書は、緻密に織り込まれた見事な設定と、それを解きほぐしていく絶妙な過程のバランスが優れた、物語だけでも十分に読ませる力がある作品なのだけど、その中に、沢木を中心とした様々な人間の葛藤や苦味みたいなものが描きこまれていく。これが、やはり見事なのだ。
『狂えるなら狂いたいという憧れはある』
『おれはいまだに、オトナになったら何になろうって考えてる』
沢木は自身のことを、こんな風に捉えている。どうも沢木の気持ちはとてもよく分かってしまう。僕も、「狂えるなら狂いたい」という衝動は常に持っている。というか、狂って彼岸の世界に行ってしまった人間が羨ましく映ることが多くある。自分にはそんな度胸がないことがわかっているから、なおのこと羨ましく思えるのだ。
それに、「自分がオトナであるという事実」を、あんまりちゃんと受け入れたくない。自分が「オトナ」だと受け取られる年齢や立ち位置になっていることは、頭ではきちんと理解しているのだけど、でもそういうのは勘弁して欲しい、とも思っている。いいよ、俺のこと「オトナ」と見てくれなくたって。そんな、責任とか、めんどくせーし。コドモのままじゃ、ダメかね?みたいなことは、よく思っている。ダメ人間だなぁとは思うんだけど、まあ仕方がない。
そんな沢木はこれまで、そんな自分の有り様を、きちんと客観的に見たことがなかった。これは、とても幸せな環境だったと言える。何故ならばそれは、「周りの人間が我慢してくれている」からだ。
『ま、言ってみれば、折り合いをつけるべきときに自分の人生に折り合いをつけられなかったダメ人間ね。そういうヤツって中途半端じゃ、はた迷惑なだけなのよ。うちのママもそうだったけど、同じ駆け落ちするなら、ブラピとかとやってくれたら、こっちも勇気わくわけじゃない?焼き鳥屋のオヤジなんかじゃこっちまで気分沈むでしょー。しみったれた貧乏くささを引きずってちゃダメなのよ』
『でも、同じ思い出を共有しちゃってる人間だったらきついんじゃないかな。自分が選んだ人生が不安になるっていうか、せっかく折り合いをつけていったものを否定されてるみたいな感じでしょ。わたしだって、いまだにバリバリのレディースやって面白おかしく暮らしてるってやつがふらっと現れて、人生に悩んでるみたいな面されたら、きっと殴ってやりたくなると思うな。そこにいるんなら、そこにいる責任くらいちゃんととれよって感じ?本当はさ、誰だって、大人になんかなりたくないのよ。でも、大半の人間は自動的に大人に繰りあがっていくから、そこで自動的にいろんなものに折り合いをつけていかなきゃいけないわけよね。そのベルトコンベアから、ボロボロこぼれた連中が君たちみたいな人種ってわけ』
散々な言われようだが、沢木に似たものを感じてしまう僕としては、喫茶店店主・ナオミさんのこの言葉は、グサグサ突き刺さる。もう、「はい、すいません…」って感じです。僕はそれなりに、「周りが我慢してくれているからどうにかこんな生き方が成り立っているんだろうな」っていう自覚が少しはあるんだけど、沢木は恐らくそんなことを考えたことはなかったんじゃないかと思う(少なくとも、高校時代の同級生との人間関係においては)。
でも沢木は、15年という長きに渡って不義理を続けて、ようやく久々に顔を合わせたかつての同級生たちから、陰に陽にそんな反応を読み取ることになる。それは、沢木にとっては、世界が一個壊れるぐらいの衝撃だったかもしれない。「甘えすぎていた」と沢木は独白するけど、確かにその通りで、それは僕も同じだ。目に見えないから、耳で聞こえないからと、なんとなく安心してしまって、その状況そのものに甘えてしまう。その間にも、人間関係はどんどん変化していくんだけど、でも「見えたもの」「聞こえたこと」にしか反応しないような生き方をしていると、その変化を見逃してしまう。結果、本人の自覚のないまま不義理を働くことになる(まあ、不義理ってのはそもそも、自覚のないケースの方が多いだろうけどね)。
『沢木さん、やっぱり愛されることに慣れちゃってるんですよ。自分がとるに足らない存在だとか、周りの人より劣ってるつまらない人間なんだとかって考える機会がなかったんだと思う。』
これは、牧瀬の妹であるみゆきちゃんのセリフだが、これはこれでまた手厳しい。こういう感覚は、僕にはないはずだけど、周りからどう見られてるかはわからないしね。きっと沢木も、反論したかっただろうなぁ。そんなわけない、ってね。
『でも、なんかちょっと幻滅。沢木さんって、そういう弱音吐かない人だと勝手に思ってました。なにかないと我慢できない人は黙って頑張ればいいと思う。なんにもなくてもいい人は普通の日常を楽しめばいいと思う。沢木さんはたぶん、なにかないとダメって思ってる人なんだろうけど、今の言い方を聞いてると、そういうふうに苦しんでない人はみんな人生に手をヌイてるみたいに聞こえます。自分の生き方に照らし合わせて、人の生き方を批判するって、あんまり格好よくありませんよ』
『男の人って、子供のころにあんまり現実的なふるいにかけられないから、頑張れば自分にもヒーローになれる瞬間が来るって、どっかでずっと夢みてるんだって気がします。でも、女の子って、女の子の時代に現実的なふるいにかけられまくってますからね。女の子である時代に見られる夢はひとまず生まれてきた姿形で決まっちゃうわけです。で、みんながお姫様になんてなれないんだって現実を嫌というほど知ったあとで、ようやく一人の人間っていうか、女としての人生が始まるんですよね。男の人が人生の有限性に感じる絶望感なんて、まともな女の子なら、中学二年生くらいで卒業しちゃってますよ。だって、ひとまず、女の子でいられる時間を否応なく意識させられて、人生が有限であることを突きつけられちゃうわけですから』
この、男と女の違いを主軸にしたみゆきちゃんのセリフも、非常にグサグサ来る。こういうところが、女性から見て、「男ってアホだよなぁ」っていう感じになるんだろう。「男ってアホだよなぁ」っていうのは僕も同感で、女性にはホント勝てないと思う。
みゆきちゃんの言う「ふるい」は、確かに男の世界にはあまりないような気がする。受験とか部活とかは、勝っても負けても、それを装飾する様々な物語に溢れているような気がするし、しかもそれは男と女平等に存在するものだ。男が現実的な「ふるい」に掛けられるのって、就活とか出世とかそういうレベルになってくるのかもしれない。確かにそれにしたって、男女平等に訪れるからなぁ。
『なにも頼ってくれなくて、なんにも言ってくれなくて、それで今回みたいに何ごともなかったみたいに平気な顔して再会されちゃうと、心配してたわたしたちが馬鹿みたいで、おまえたちなんか最初からアテにしてないって言われてるみたいに感じちゃう』
これは翔子の言葉だ。沢木は、一人で襲撃事件の背景を調べるようなところもそうだけど、なかなか人に頼ることが出来ない。それを指摘されているのだけど、しかしこのセリフは、翔子が翔子自身に言っているようにも聞こえる。翔子自身の後悔が、沢木への糾弾に繋がっているようにも思う。
沢木は、襲撃事件の背景を調べていく中で、自身の身も削られるような時間を過ごすことになる。それは、沢木自身のそれまでの生き方を思い起こさせ、自分が辿ってきた道を反省させる時間でもあった。正しいとか間違っているとかではないけれど、比べる対象が現れて初めて気づく自分の不甲斐なさに、沢木は打ちのめされていくことになる。それでも、沢木は前に進んでいく。
『後ろにボールをわたしながら、みんな一緒に前へ進むのがラグビーさ』
沢木自身の物語も、以外な形でストーリーに絡んでくる。細かな話は書けないけど、沢木が週刊誌に書き、反響を巻き起こしたルポと、実体験をベースにした小説は、様々な場面で繰り返し沢木の前に登場することになる。
そもそも、自殺したまどかの存在も、この物語の中の非常に重要なピースであるのだ。沢木の過去と、久しぶりに再開したラグビー部の面々の過去が、すべて勝治先輩が引き起こした襲撃事件に収斂していく構成は見事だと思う。思いもよらなかったような事実が、本当に少しずつ明かされていくので、先が気になっていくし、沢木を含む様々に関わる面々の、人を見る眼差しの暖かさや気持ちの強さに惚れ込んでいく部分も強くある。
惚れ込むと言えば、永田の存在感も重厚だ。永田は菱和会という、日本最大級の暴力団の実質的なトップで、若くしてのし上がったカリスマ的な男だ。カタギの世界でも間違いなく成功しただろうと言われる男は、独特な鋭利な雰囲気を漂わせる圧倒的な存在感を放つが、沢木と喋っている時の永田だけ見ていると、非常に人間味溢れる興味深い存在だなと思う。言うことも、なかなか面白い。
『上の者がそんなガキのやり方に迎合しちゃいけねえって思うんですよ。迎合ってのはね、自信がなくてビビってるってことです。年寄りはね、若い世代の気持ちなんてわかる必要はねえんですよ。ヤクザも堅気の世界のやり方なんて理解する必要はねえんです。頑固親父はガキの言ってることなんかわからねえって怒鳴ってればいいし、ヤクザはヤクを売って、オンナを転がして、暴力ふるってればいいんです』
そしてこの永田の存在さえも、物語を織りなす重要なピースの一つだというんだから恐れ入る。本当に、その構成力には圧倒されるし、物語の展開のさせ方がとても巧いと感じる。主要な登場人物それぞれに、個々の物語があり、それらが全体と大なり小なり関わっていく。見事だなと思う。
大人の世知辛い人生や人間関係が描かれ、またマシンガンでの襲撃事件やヤクザなんかが関わってくる、どう読んでも爽やかとは言えない設定の物語なのに、読むとどうしてか、青春小説のような爽快感があるという不思議な物語だと思います。それぞれの人生に、どうやって落とし所を見つけていくのか。その過程で生まれる必死さや優しさを愉しむ小説です。是非読んでみてください。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートいただけると励みになります!