【映画】「顔を捨てた男」感想・レビュー・解説
これはホント、「テーマの料理の仕方」がべらぼうに魅力的なんだよなぁ。予告を初めて観た時に、「すげぇこと考えるな、マジで」と思った。その印象は、本作を観終えた今も変わらない。「すげぇこと考えるな、マジで」と思った。
のだけど、じゃあストーリーとして面白いのかというと、そうでもなかったんだよなぁ。ここが残念なところ。よく、「予告編はメチャクチャ面白く見える映画」ってのがあると思うけど、まさに本作もそういうタイプに感じられた。「テーマ」や「テーマの料理の仕方」は最高だから「予告編」を作るのには向いてるけど、じゃあ長編として1つの作品として提示された時に「うーん」となってしまう、みたいな。その点がちょっと残念だったなと思う。
ただ、何度も書くが、「テーマ」も「テーマの料理の仕方」も見事で、それは、今も変わらない感想である。よくもまあ、こんな物語を作ろうと考えたものだなと思う。
本作のテーマは、実に現代的と言っていいだろう「ルッキズム」である。少し前に話題をさらった映画『サブスタンス』も「ルッキズム」をテーマにした映画と言っていいと思うけど、しかし、両者のアプローチはまったく異なる。
映画『サブスタンス』の場合は、方向性は非常にシンプルで分かりやすい。「より若く、より美しく」である。そしてそれが実現できる条件が作中には存在し、「年を取り、かつてほどは美しくなくなってしまった女性」が、改めて「若さ」と「美しさ」を手に入れることによって起こる様々な不条理が描かれる作品だった。このような流れは、実に分かりやすいと言えるだろう。
しかし本作『顔を捨てた男』は全然違うアプローチを取っている。
主人公のエドワードは、何か病気なのだろう、かなり「奇形」と言っていい顔をしている。言葉を選ばなければ「グロテスク」と言っていいような見た目である。彼は自身のその見た目から、何事にもあまり積極的にもなれず、また「この顔のせいで自分の人生は上手くいかないんだ」みたいにも考えているはずだ。
そんな彼に、「画期的な治療薬の治験が始まるからやってみないか?」と医師から提案される。そしてエドワードはその提案を受け入れ、投薬による実験に参加することにしたのだ。そしてそれによって彼は、「イケメン」と言えるような容姿を手に入れることになった。
というここまでの展開は、まあよくあると言えばよくある話かもしれない。しかし凄いのはここからである。なんと、「かつてのエドワードの容姿によく似た男」が現れるのだ。オズワルドという名前のその男は実に陽気で、しかも特技も多い。話も面白く、いつどこにいても割と中心的な人物になる。エドワードからすれば驚きだ。かつての自分とほとんど変わらない見た目なのに、どうして彼はあんなにも人気があるんだ?
そしてさらにエドワードを驚愕させる展開になっていく。詳しくは触れないが、「隣人の劇作家志望のイングリッドに惹かれている」という設定から展開される物語において、エドワードは「人生を盗まれた」と言ってもいいような状況に陥ってしまうのだ。
映画『サブスタンス』のような、テーマの扱い方的にはよくある物語の場合は、「若さ・美しさを求めすぎたために何かが起こる」わけだが、本作『顔を捨てた男』はそうではない。エドワードは、「自分が捨てたのとまったく同じモノを持つ者の人生」に触れることで、そこに公開を見出すのだ。「プラスの方向に進んだら実はマイナスだった」ではなく、「マイナスだと思っていたものが実はプラスだったかもしれない」という物語なのだ。普通にはなかなか成り立たない物語だと思うが、それを絶妙に成立させているところは凄いなと感じた。
さて、そんな物語を成立させるためだろうか、本作は、あまり目立たないがちょっと特殊な世界観で物語が描かれているように思う。それは、「エドワードやオズワルドの容姿があまり問題にされない」という点だ。
少なくとも本作では、「エドワードやオズワルドが、容姿を理由に他者から拒絶されたり、何かマイナスの影響を受けたりする状況」は描かれない。それに近いと言えるのは、「エドワードが電車に乗っている時に他者からの視線を感じる」みたいな描写だが、僕はこれを「エドワードの主観に過ぎない」という受け取り方をした。確かに、電車の乗客は「エドワードの”醜さ”を注視している」のかもしれない。しかし、それははっきりとは分からない。エドワードが単に視線を感じているだけのことであり、もしかしたらエドワードの隣に座っている人を見ているだけかもしれないし、全然他の理由かもしれない。
そしてこの電車のシーンを除けば、「エドワード、オズワルドが容姿を理由に何か嫌な思いをする」みたいな描写はなかったと思う。彼らが”主観的に”そう感じている場面はあるかもしれないが、ごく一般的な客観的判断をすれば、それに類するような場面は描かれていないと言っていいだろう。
つまり本作においては、「エドワードは単に、『自分は容姿のせいで受け入れられていない』と主観的に判断しているだけ」みたいな描かれ方になっており、それはちょっと特異的と言っていい舞台設定ではないかと感じた。
それが、「『多様性への配慮』が行き届いた世界」だからなのか、あるいは「実は僕らが生きているのとは異なるパラレルワールド的な世界」だからなのか、あるいはもっと違う理由なのか、それはよく分からない。とにかく本作は、「エドワードやオズワルドみたいな人間も、客観的にはごく普通に受け入れられているように見える」という世界で物語が展開されている。
この点がどう受け取られるかは、世代によっても変わるかもしれない。「多様性」への解像度が高い若い世代であれば「まあこういうのも全然普通なんじゃない?」みたいに受け取るかもしれないが、逆に上の世代の人間であれば「それはちょっとリアリティの無い設定なんじゃない?」みたいに感じるんじゃないだろうか。僕は正直、どっちもあるという感じだ。僕らが生きている社会は、まだ本作で描かれているほど成熟しているようには思えないから「リアリティ」という意味ではちょっと欠ける気はするのだが、それでも、近い将来こういう社会になっていくことは間違いないだろうという意味ではリアルだなとも思う。
でだ。僕は本当に鑑賞後に公式HPを観るまで知らなかったのだが、オズワルドを演じた俳優(アダム・ピアソンという名前らしい)は、本当にそういう顔の人物なのだそうだ。マジか。ちょっとそれは予想外すぎてビビった。「神経線維腫症1型」という病気(障害?)だとかで、特殊メイクとかではないようだ。いやー、それはビックリだわ。もしもこの事実を知った上で観ていたら、作中の色んなセリフの捉え方が違ったかもしれない。例えば、ラスト付近の話なので具体的な状況には触れないが、ある人物がオズワルドに「お前もマスクを外せよ!」と言う。僕はオズワルド役の俳優も当然特殊メイクだと思っていたので特に何とも思わなかったのだが、特殊メイクじゃないとなると、「なんとも凄いセリフを言わせてるな」という感じになるんじゃないかと思う。
いやー、これはちょっとビックリな情報だった。
まあそんなわけで、テーマやその調理の仕方は最高だったのだけど、全体的なストーリーはそこまで面白くなく、なんとも表現しがたい感覚になった。もう少しストーリーが面白かったらなぁ、かなり評価できる作品なんだけど、「テーマや調理の仕方がメッチャ良い」というだけだとちょっと推しにくい。評価の難しい作品である。しかしとにかく示唆に富む作品であることは間違いないだろう。
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