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第93話:電信柱が途切れる場所

 今日は「コレダ」はお休みだ。


 朝、母さんが運転する車で部活動へと送ってもらう。

 校門の前で車を降りる際、母さんはルームミラー越しに親指を立て、不敵なウインクをして去っていった。
……あの人、完全にノリノリだな。


 音楽室へ向かう道中、合流したハルちゃんとさっちゃんは、朝から隠しきれないほどウキウキしていた。


「今日の演奏は気合が入ってるわー!」

「農業体験、楽しみすぎて昨日あんまり眠れなかったんだから」


 午前中だけの練習だったが、二人の気迫に押されて、部活動は驚くほど密度の濃いものになった。


 そして昼過ぎ。再び母さんが迎えにやってきた。

 校門に横付けされたのは、いつもの軽トラではない。
白の塗装が眩しいスポーツカー……といっても、兄の千島が乗っていたお下がりの「三菱ミラージュ サイボーグ ターボ 1990年式」だ。


 知る人ぞ知る、ラリーの血統を受け継ぐ名車。

 アイドリングだけで「ブロロロ……」と腹に響く太いマフラー。

 ギアチェンジのたびに、大気を切り裂く「パシュー!」というブローオフバルブの開放音。

 フロントには巨大なフォグランプが鎮座し、足元にはラリー用の真っ赤なマッドフラップが揺れている。

 そして何より目を引くのは、後部にそびえ立つ、まるでラジコンかと思わせるような高さ二メートル級のアンテナだ。

ダッシュ○駆郎でもここまでの改造はしないだろう。


「……何、この強そうな車!」

「すごい、カッコいい!」


 二人を乗せて、まずはハルちゃんの家、そこでさっちゃんの家へと回って挨拶を済ませる。


「いえいえ、こちらこそ。夏休みの思い出になればと思います」


 母さんの丁寧な挨拶に、ご両親も安心した様子で送り出してくれた。


 いよいよ、俺の家へと向かう。

 国道を走り、滔々と流れる天塩川を渡ると、車窓には見渡す限りの広大な畑作地帯が広がった。


「国道から右に曲がったら、後は真っ直ぐだよ」

「えっ、真っ直ぐってどのくらい?」

「この道を真っ直ぐ行って、電柱が途切れるところが俺の家」

「……んん? 道がなくなったら、家ってこと?」

「そう。山の麓まで真っ直ぐ一本道。あそこの突き当たりだよ」


 二人は窓に張り付いて、遥か先、陽炎の向こうに霞む山の麓を眺めた。


「りんってさ、去年までここを自転車で通ってたんだよね?」

「うん、そうだよ」

「……ここ、ずっと緩やかな坂道だよね? 山に向かって」

「そうなんだよね。学校に行く時は最高に速いんだけど、帰りは延々と登りだから、なまらしんどいんだよね」

「マジか……。真っ直ぐすぎて、家が遠すぎて見えないんだけど」


 どんどん標高を上げていくミラージュの車内。二人の興味は、コックピットに並ぶ無数のスイッチへと移った。


「楓のお母さん、これ何のスイッチなんですか?」

「これね、ここを上げると前のフォグランプが点くのよ。夜の農道は暗いからねぇ」

「こっちの機械は?」


 さっちゃんが指差したのは、ダッシュボードに据え付けられた無骨な無線機だ。母さんが俺に目配せをする。


「楓、使ってみせてごらん」


 俺はスイッチを入れ、慣れた手つきでダイヤルを回して周波数を合わせた。


「JR8QIS、こちらJF8LPW。お呼び出しします。入信ありますか? どうぞ」


 ノイズの向こうから、即座に父さんの声が返ってきた。


『ザッ……JF8LPW、こちらJR8QIS、感度良好。もう向かっているのか? どうぞ』

「今さっちゃんとハルちゃんに無線を見せてるところ。どうぞ」

『ザッ……そうか。なかなか珍しいだろ。大事なお客さんだ、母さん、気をつけて運転してくれ。どうぞ』

「了解。そしたら、もう少しで着くから待っててね。それでは73(セブンティ・スリー)。失礼します」

『ザッ……了解。JF8LPW、こちらJR8QIS。73。失礼』


「「なにそれー! カッコいい!」」

「アマチュア無線だよ。後ろについてた大きなアンテナはこれのため」

「話し方がプロっぽかったよ、りん!」

「ははっ、ちっちゃい頃からやってたからね。兄貴も俺の一個前のナンバーを持ってるし、うちは一族全員が無線技士んだ」

「これ、資格が必要なんでしょ?」

「そう、アマチュア無線技士。小学校二年生の時に取ったんだ。二〇二四年に塗り替えられるまで、つい最近まで国内最年少記録保持者だったんだよ」

「えーっ! それって、凄いことじゃない!」


 二人の称賛に少し照れ臭くなる。


「最近、当時のテキストを見返したんだけどさ。電気抵抗のΩ(オーム)とかHz(ヘルツ)の話とか、今見たらサッパリわからんもん。教えてくれた父さんと母さんが凄かったんだと思う」


 母さんが誇らしげに、優しく微笑んだ。


 そうこうしているうちに、車は一本道の終着点へと差し掛かる。


「ほら、あそこだよ」

「……すごい、山が近い!」


 エンジンの鼓動が止まり、静寂が訪れる。

 いよいよ、俺たちの「農業体験」が幕を開けた。

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