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第100話:煩悩の湯と、真夜中のお仕置き

「さて、俺も風呂入ってくるとするか……」


 二人を見送った後、ようやく一人で浴室へ向かう。
 いつも通りの我が家の風呂のはずなのに、脱衣所に一歩踏み入れた瞬間、微かにシャンプーの甘い香りが残っているような気がして、思わず鼻を啜ってしまった。


(……考えたらダメだ。落ち着け、俺)


 湯船に浸かっても、ついさっきまでここに二人がいた光景を想像してしまい、逆にお湯が熱く感じる。
 うちのお寺の住職さんが言っていたっけ。
「煩悩は消し去るのではなく、そこにあると気づくことが大事だ」と。
 ……はい、今の俺は煩悩の塊です。仏様、言い訳しました。


 さっさと上がってしまおうと、洗い場を飛び出す。
 そしていつもの癖で、腰にバスタオルを一枚巻いただけの姿で居間へ戻ってしまった。
 すると、髪を乾かし終えてくつろいでいた二人に、正面から凝視される。


「「???」」

「……エロい。でも、意外といい体してるわね」


 さっちゃんが、値踏みするようにジロジロと見てくる。


「えっち……。でも、悪くないかも」


 ハルちゃんまで頬を赤らめて見つめてくる。


「あーっ! ごめん、いつもの癖で! 目に毒だったな!」


 俺は慌てて自分の部屋へ逃げ込み、服を引っ掴んで着替えた。

 再び合流すると、二人はまだ少し熱を帯びた瞳で俺を待っていた。


「これからどうする?」

「じゃあ、楓の部屋で遊ぼ!」

「うん、私もそうしたいな」


 三人で俺の部屋に集まり、何をするか相談した結果、ゲーム機を起動することになった。


「これ知ってる! ゾンビを銃で撃つやつでしょ?」

「『ゾンビハザード』ね、つけるよ」


 布団を畳んで、椅子代わりのスピーカーを設置する。

 古い大きなスピーカーなんだけど、低音の響きやサラウンド感が半端ないんだ。

 扉がギィ……と開く音。ズゥゥンと重く閉まる音。


「キャアアッ! こわい!」


 さっちゃんは早くも悲鳴を上げているが、意外だったのはハルちゃんだ。


「えいっ、そりゃっ!」


 絶望的な状況に置かれた主人公を操り、笑顔で楽しそうにゾンビを蹴散らしていく。

 第七の大隊長『紅丸』かよ!

 銃声が響くたび、窓を破ってゾンビ犬が飛び込んでくるたび、お尻に重低音の振動が伝わる。


「ウチ、もう無理……」


 さっちゃんが白旗を上げる横で、ハルちゃんは「楽しかったー!」と満足げな様子。


「さっ、明日も早いし、そろそろ寝よっか」

「うん、おやすみなさい」


 二人の寝室は、俺の部屋のすぐ隣だ。廊下はあるが、実は襖一枚で繋がっているような古い造り。

 電気を消して横になると、遊び疲れたのか、隣の気配はすぐに静かになった。

 俺も深い眠りに落ちていった。


 スス、ススーー……。

 畳を擦る微かな音。そして襖が静かに開く。


「……で、……えで、……かえで」

「んっ……?」


 目を開けると、さっちゃんが俺を覗き込んでいた。


「どうしたの?」

「……おトイレ行きたいんだけど、さっきのゲームのせいで怖くて行けないの」

「そっか、わかったよ」


 半分寝ぼけていたせいか、大胆にも手を握ってトイレまでエスコートしていた。


「ちゃんとここで待っててね。……耳は塞いでて。でも声かけたら返事して!」

「無理だけど了解」


 耳を塞いで無にならなきゃな……。


「なむしゃかむにぶつ、なむしゃかむにぶつ……」


 パシッ! と肩を叩かれて振り向くと、そこには怒り顔のさっちゃんが立っていた。


「ちょっと! 怖いって言ってるのに、お経みたいなのが聞こえてくるなんて、いじめでしょ!」

「いや、これは俺の煩悩を鎮めようと……」

「いじわる……」

「ごめんなさい」

「……後でお仕置きだね」

「マジかー……」


 部屋の前まで送り届けると、さっちゃんはくるりと振り返り、不意に俺の体に腕を回して抱きしめてきた。

 お風呂上がりの香りと、柔らかな体温。そして耳元で、熱い吐息混じりに囁かれる。


「お仕置きだよっ……」

「いたっ!」


 耳たぶを甘噛みされ、俺の思考は真っ白になった。

 さっちゃんは「おやすみ」と小悪魔のような笑顔を浮かべて、吸い込まれるように隣の部屋へ消えていった。

 スゥ……と、静かに襖が閉まる音が響く。

 俺はその場に膝から崩れ落ちた。

 なんとか自分の布団に戻り、心臓の鼓動を鎮めるために再び「なむしゃかむにぶつ……」と夜通し唱え続ける羽目になった。

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