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第96話:作業着の女神たち

「さて、こっちがビニールハウスだ」


 父さんの案内で、整然と並ぶ白いドームの中へ足を踏み入れる。


「ここではインゲン豆と、イチゴを育ててる。今まさに出荷の最盛期なのはこの二つだわ」

「「いちごー!」」


 女子二人の目がキラキラと輝く。すかさず俺が補足を入れる。


「うちのイチゴはケーキ用だから、そのまま食べると酸っぱいよ」

「えっ、ケーキ用なんてあるの?」


 不思議そうなさっちゃんに、父さんが職人の顔で頷いた。


「有名な『あまおう』や『紅ほっぺ』は、そのまま食べるには最高だがな」

「うんうん」

「ケーキに載せると甘すぎて、生クリームに負けちまうんだわ」

「そうんだー!」


 さっちゃんが感心する中、父さんの解説に熱が入る。


「うちで作ってるのは『ペチカ』っていう品種だ。綺麗な三角形で形が崩れにくくてな」

「あ、確かに形が大事かも」

「酸味と硬さがしっかりしてるのが特徴なんだわ。それがクリームと合うんだ」

「なるほど。ケーキのイチゴが柔らかすぎると、なんか嫌だもんね……」


 ハルちゃんが納得したように、真っ赤に色づく手前のイチゴを見つめた。
 さらに奥のハウスには、家庭用のトマト、ナス、ピーマン、トウキビが所狭しと並んでいる。


「なんでもある……! 宝の山だね」

「外の路地ではカボチャやジャガイモ、玉ねぎに人参も作ってるぞ。今は出荷が終わっちまったが、あっちはアスパラだ」

「ウチ、アスパラ大好きなんです!」


 さっちゃんの告白に、父さんが一瞬で顔を綻ばせた。


「おう、そうか! じゃあ後で収穫して、夜にみんなで食べるか?」

「嬉しいです、お父さん!」


「……なあ、楓。俺、今『お父さん』って呼ばれたぞ!」


 父さんが震える声で耳打ちしてきた。


「……まあ、今日はいいんじゃないか?」

「楓、お前はえらいぞ! 父さん、もう泣きそうだわ」


 (いや、期待させて悪いけど、二人とはそういうんじゃないんだよな……)

 感動に震える父さんを横目に、俺は少しだけ申し訳ない気持ちになった。


 一度母さんのもとへ戻り、用意してもらった作業着に着替える。
 ハルちゃんは水色。さっちゃんはピンクのツナギだ。


 着替えて出てきた二人を見て、俺と父さんは思わず同時に漏らしてしまった。


「「……可愛い」」


 母さんや近所の農家のおばさんたちが着ている姿とは、根本的に何かが違う。
 着る人が変わるだけで、野良着がこれほど眩しく見えるものなのか。


「さて、今日の作業だが、収穫は朝に終わらせちまったから、みんなには『選果』をお願いしたい」


 さっちゃんにはインゲン豆の長さを揃えて箱詰めする作業。


「さっちゃんはスピード重視でいいからね、大体で大丈夫よ」

「はいっ、任せてください!」


 ハルちゃんには、イチゴをサイズと色別に専用パックへ並べる作業を頼んだ。


「ハルちゃんはゆっくりでいい。ケーキ屋さんに届く頃にちょうど熟すように、赤くなりすぎていないものを選んでほしいんだ」

「なるほど、奥が深いんですね……頑張ります!」

「お母さん、これは赤すぎですか?」

「……ふふっ、そうね。ちょうどいいと思うわ……」


 母さんもまた、呼びかけられてニヤけが止まらないらしい。
 真剣に作業に打ち込む二人を、俺と父さんは温かい目で見守っていた。


「……なんか、いいよなぁ、楓」

「うん。和むね」


 そんな鼻の下を伸ばした親子に、母さんからの冷たい視線が突き刺さる。


「あんたら、見惚れてないで仕事してきなさいよ!」


 母に一喝され、俺たちは慌ててハウスの奥へと移動する。


「……楓! やりたくないことを続けた先にしか、結果はついてこないんだわ!」

「おっ、父さん。その言葉、伸び代しかなさそうだね!」

「いいから、さっさと行ってきなさい!」


 追い出されるように作業に取り掛かる。
 部活ばかりの毎日で、手伝いをするのは久しぶりだ。

 けれど、土の匂いを嗅げば、体は自然と動いた。


「父さん、インゲンの剪定したの集めて通路片付けておくね」

「おう、頼むわ」

「雑草も取って集めとくね」

「おう」

「父さん、天気いいけど、ハウス少し開けるかい?」

「温度計見て、三十度行ってたら十センチずつ開けといてくれー」

「わかったよー」


 こんなふうに話すことも、少なくなっていたな。

 小学生の頃、おやつとお茶を運んでいた記憶が蘇る。


 当時は遊び感覚だったけれど、こうして改めて土にまみれると、その過酷さと、作物を育てることの尊さが身に沁みてわかった。


 黙々と働く父さんの背中が、いつもより少しだけ大きく見えた。

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