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第99話:秘密のオーディオと、メロンの贅沢

「ここがりんの部屋かー」


 お風呂を先に譲ったハルちゃんが、物珍しそうに俺の部屋を見渡す。


「何も珍しいものはないよ。男の部屋なんてこんなもんだろ」

「いやいや、自分の部屋に生ドラムセットがある高校生なんて、そうそういないよ」


 確かに。俺は苦笑いしながら、自分の布団の上に腰を下ろした。

 ハルちゃんがドラムスツールに座り、指先で軽く叩いてみる。タン、トン、ドン……と乾いた音が響く。


「夜なのに、鳴らしたらダメだよね?」

「いや、うちは夜中に叩いても怒られたりしないんだわ。学校祭の前なんて、レンと朝まで練習してたしな」

「みんな、タフなんだねぇ」

「まあ、農家ってのは普段からトラクターとかの轟音の中にいるからさ。うるさいのには慣れっこんだよ。六月くらいになれば、外のカエルの合唱の方がうるさくて眠れないくらいだしな」


 ふと、ハルちゃんの視線が壁に留まった。


「あっ、あの賞状……」

「うん。約束、果たせたね」

「……まあ、そういうことにしとこうかな。本当は、二人っきりが良かったんだけど……」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないよ! 二人の、大切な賞状だもんね」


 ハルちゃんがいたずらっぽく微笑みながら、俺の隣にちょこんと座った。


「今日は、りんは私のことを布団に引き寄せたりしないの?」

「ぶっ……! な、何言ってんだよ!」

「嘘嘘。あれは事故だってわかってるから……ね?」


 顔を赤くする俺を見て、ハルちゃんがクスクスと楽しそうに笑う。

 その時、勢いよくドアが開いた。


「ふぅーっ、気持ちよかったー!」


 お風呂上がりのさっちゃんが、頭にタオルを巻いて入ってきた。石鹸のいい匂いが一気に部屋に広がる。


「楓の家のお風呂、木でできてて広いし、本当に旅館みたいだったわ! ……って、何その微妙な空気?」

「いや、何でもないよ」

「隠したって無駄よ、二人とも目が世界水泳になってるもん」

「そんなことないわよ。ほら、葵もお風呂行ってきなよ」


 さっちゃんに促され、入れ替わりでハルちゃんが部屋を出ていった。

 さっちゃんが、俺のすぐ隣に座り込む。


「んで、楓。二人で何してたの?」


 タオルから覗くうなじが白くて、さっきより距離が近い。パジャマの襟ぐりが広いから、目のやり場に困る。


「近い近い! さっちゃん!」

「サービスサービスゥ! お風呂上がりのウチ、どう?」

「……三佐、大変宜しゅうございます」

「なんだそれー!」


「さっちゃんのピンクのパジャマ可愛いんだけど、ツルツルした素材でなんだか大人っぽくて素敵です」


「ウフフ、嬉しい! で、何の話してたの?」

「百人一首の思い出話をしてただけだよ」

「あー、愛美ちゃんとの話だっけ」

「はい……」

(オウイェイ、ヒニアブラだよ……)


 さっちゃんはわざとらしく溜息をついてから、部屋を見渡した。


「まあいいわ。でも、楓の部屋って面白いね。鮭の木彫りに、神棚まであるし。普通、自分の部屋に神棚なんてないぞー」

「そうだよな。毎年春になると神主さんが来て『祓いたまえ、清めたまえ』ってやってるわ、ドラムがあるこの部屋で」

「家に神主さんくるって聞いたことないよ」

「五穀豊穣の祝詞って奴かな」

「この部屋はなんか守られてそうでいいね」

「うん、きっとちょっとロックな神様だよ」

「ははっ、そうかも……。あ、これ昔のオーディオ? ゲーム機と繋がってるの? スピーカーも凄くない?」


 さっちゃんが身を乗り出して指をさす。そのたびに顔が接近して、目が合う……。

 少し上目遣いで見つめてくるさっちゃん。

 お風呂上がりの熱を帯びた頬の色っぽさにドギマギする。俺は必死に目を逸らし、話題を変えた。


「音が好きなんだ。このテレビ台、実は全体がスピーカーになっててさ。こっちの黒い箱はウーハー。重低音だけ出るやつ。……聞いてみるか? 吹奏楽の名曲だけど」


 スピーカーから『般若』を流す。繊細なフルートの旋律が立体的に浮かび上がり、チューバや打楽器の重低音が床を通してズンズンと体に響く。


「すごい! 吹奏楽部の練習室より音がクリアかも!」

「これ、市内の小学校の教頭先生が作った曲なんだぜ」

「えっ、地元にそんな凄い人がいるの? びっくりだね」


 音楽に聴き入っているうちに、ハルちゃんも風呂から上がってきた。


「さて、そろそろ居間に行こうか。父さんが待ってるだろうし」


 居間へ戻ると、案の定、父さんが「初物のメロン」を武器に待ち構えていた。


「ほら、スイカもあるぞ! ハルちゃん、さっちゃん、こっちおいで!」


 父さんは慣れた手つきでメロンを半分に切り、ハサミで種をスルンと取り出してみせた。


「わぁ、そんなに簡単に取れるんですね!」

「やってみるかい? チョキチョキ、スルン! はい、できた!」


 さっちゃんもコツを掴んで楽しそうだ。


「ほれ、食べれ」


 渡されたのは、半分に切られたメロンそのものとスプーン。


「「えっ……? これを、このまま?」」

「贅沢ー! お店で一切れずつ売ってるやつじゃないんですか?」

「一切れ食ったって満足できんべや。モリモリ食え!」


 俺と父さんが豪快にスプーンを突っ込むのを見て、二人が顔を見合わせて笑いながら、贅沢なメロンの山にスプーンを差し込んだ。

 甘い香りと冷たい果汁が、一日の疲れを溶かしていく。

 竜胆家の夜は、まだまだ賑やかに更けていった。

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