【フォーミュラ1】 #028 - シルバーアローからW11まで:メルセデスがF1を支配し続けた90年間の技術革命
はじめに:銀色の矢が残した足跡
F1の歴史において、ひとつのメーカーが時代を超えて支配し続けた例はほとんどない。しかしメルセデス・ベンツは、1934年の「シルバーアロー」誕生から2020年のW11に至るまで、実に90年近い時を経ても最前線で勝ち続けてきた。
しかも、その勝ち方がいつも同じではない。1930年代には軽量化の極致で、1950年代には航空機技術の転用で、2010年代にはハイブリッドパワーユニットで、そして2020年には「走行中にアライメントを変える」というSF的アイデアで。時代ごとに常識を覆す技術を持ち込み、その都度ライバルを置き去りにしてきた。
この記事では、メルセデスがF1で築いた技術的遺産を、4つの時代区分で整理する。W25、W196、2014年のハイブリッド、そしてW11とDAS。それぞれが当時の「不可能」を「可能」に変えた瞬間の物語だ。
1934年:シルバーアロー誕生の伝説
1934年のグランプリレギュレーションでは、車両重量の上限が750kgと定められていた。メルセデス・ベンツはW25というマシンを製作したが、初期重量測定で751kgと、たった1kg超過してしまったという。
この時、チームマネージャーのアルフレート・ノイバウアーが取った行動が伝説になっている。彼はメカニックに命じて、車体に塗られていた白い鉛ベースの塗装を一晩かけて剥がさせた。翌朝の計測で車両は750kgぴったりに収まり、レースに出場できた。そして塗装が剥がされた結果、露出した銀色のアルミ地肌が太陽光を浴びて輝き、これ以降メルセデスのレーシングカーは「シルバーアロー(銀の矢)」と呼ばれるようになった。
W25とその後継W125、W154は当時としては驚異的な時速300km超えを記録した。1930年代の路面・タイヤ技術を考えれば、これは狂気じみた速度域だ。2020年代に入ってからスウェーデンのチャルマース工科大学の研究者たちが、当時のW25の車体をCFD(数値流体力学)で解析した論文を発表している。その結論は、W25は現代的な意味での「ダウンフォース」という概念はまだ持っていなかったが、それでも空気抵抗係数は驚くほど低く、抵抗を減らすという方向には極めて洗練された設計がなされていた、というものだ。
1939年までメルセデスはグランプリを支配し続けたが、第二次世界大戦の勃発によってレース活動は中断される。
1954-1955年:W196と航空機技術の転用
戦後の1954年、メルセデスはW196でF1世界選手権に復帰する。空白期間は約15年。しかも1952年から1953年にかけてのF1はフェラーリとマセラティが牽引しており、新規参入組には不利な状況だった。それでもW196は参戦初年からいきなり支配的なマシンとなる。
最大の武器は2.5リッター直列8気筒エンジンだった。ここにメルセデスは他チームが採用していなかった革新を2つ盛り込んだ。ひとつは機械式燃料直噴システム、もうひとつはデスモドロミックバルブだ。機械式燃料直噴は、第二次世界大戦中にドイツが戦闘機Bf109用のダイムラー・ベンツDB601エンジンで実用化していた技術を転用したものだ。他チームがまだキャブレター仕様だった時代、直噴エンジンは応答性・効率・出力のすべてで大きなアドバンテージを生んだ。
デスモドロミックバルブとは、バルブの開閉を両方向ともカムで機械的に制御する方式で、通常のバルブスプリングによる閉鎖と違って高回転域でのバルブサージングが発生しない。後年このシステムはドゥカティがオートバイで継承することになるが、F1の世界では極めて異端の選択だった。
W196の革新はエンジンだけにとどまらない。車体は超軽量のマグネシウム合金で作られ、高速サーキット(モンツァなど)ではフェンダー付きの流線型カウル「タイプ・モンツァ」を装着して空力を最適化した。ドライバーはフアン・マヌエル・ファンジオとスターリング・モス。歴代最強クラスのコンビがW196を駆り、参戦12戦中9勝。ファンジオは1954年と1955年の連続ワールドチャンピオンを獲得した。
ところが1955年6月、ル・マン24時間レースで大事故が発生する。メルセデス300SLRがクラッシュし、観客を含む80名以上が死亡するという、モータースポーツ史上最悪の惨事だった。これを受けてメルセデスは年末をもってモータースポーツから全面撤退。F1からも姿を消した。この撤退は「一時的」と思われていたが、メルセデスがF1のワークスチームとして戻ってくるまでには、なんと55年の歳月を要した。
2010-2013年:復帰と雌伏の時
2010年、メルセデスはF1に再びワークスチームとして参戦する。前年の王者ブラウンGPを買収しての復活だった。エースドライバーにはミハエル・シューマッハを呼び戻し、ロス・ブラウンとノルベルト・ハウグが体制を指揮した。
しかし結果はすぐには出なかった。2010年から2013年まで、メルセデスは単独で勝つことはあっても、フェラーリやレッドブルのように年間を通じて戦うチームにはまだなれていなかった。この4年間、メルセデスは静かに牙を研いでいた。イギリス・ブリックスワースに構えたハイパフォーマンスパワートレイン(HPP)部門で、次期ハイブリッドエンジン規定に向けた開発が粛々と進められていた。
2014-2020年:スプリットターボとV6ハイブリッド黄金期
2014年、F1は規定を大きく変え、1.6リッターV6ターボに2系統の電動アシスト(MGU-KとMGU-H)を組み合わせたパワーユニット時代に入った。この年、メルセデスが持ち込んだPU106AハイブリッドPUは、他メーカーを周回遅れに追い込むほどの圧倒的な性能を発揮した。
その鍵が「スプリットターボ」と呼ばれる革新的なレイアウトだった。通常のターボチャージャーはタービンとコンプレッサーが一体化しているが、メルセデスはこれを物理的に分離し、コンプレッサーをエンジンの前方に、タービンを後方に配置した。両者の間をシャフトで接続し、V字型シリンダーバンクの谷間を通すという極めて大胆なアイデアだ。
なぜこうしたかというと、ターボ化で問題になるインタークーラー配管の短縮と、熱源(タービン)と吸気(コンプレッサー)を物理的に離すことによる熱マネジメント最適化の両立を図ったためだ。結果としてインタークーラーは驚異的にコンパクトになり、空力的にも有利になった。ライバル勢がこのアイデアを模倣するには何年もかかった。
そしてその間にメルセデスはコンストラクターズ選手権を7年連続で制覇する。2014、2015、2016、2017、2018、2019、2020——F1史上最長の連覇記録だ。この7年間、ドライバーズタイトルの大半を獲得したのはルイス・ハミルトンだった。2014、2015、2017、2018、2019、2020と6回の王座。残る2016年はチームメイトのニコ・ロズベルグが奪取した。ハミルトンの通算7度のタイトルはミハエル・シューマッハと並ぶ史上最多記録である。
2020年:W11とDAS——走行中にアライメントを変える
2020年のW11(正式名称W11 EQ Performance)は、しばしば「F1史上最強のマシン」と呼ばれる。前年のW10でも十分に強かったが、W11はそれをさらに上回る完成度で登場した。空力面での変更の中で特筆すべきは、側面衝突吸収構造(チューブ)の搭載位置を低く下げたことだ。これによってサイドポッド上部の流れをよりクリーンにすることができ、リアに向かう気流の質が大幅に改善された。
そして、W11の名を永遠にF1史に刻み込んだのが、DAS(Dual Axis Steering:二重軸ステアリング)である。2020年2月のバルセロナでのプレシーズンテスト中、メルセデスのドライバーがストレートでステアリングを前後に押し引きする様子が観客のカメラに捉えられ、F1界に衝撃が走った。「何をしているのか」「違法ではないのか」という論争が即座に巻き起こった。
DASはステアリングホイールを通常の回転運動だけでなく、前後にスライドさせる機構を持っていた。ドライバーがステアリングを手前に引くと、前輪のトー角(進行方向に対する左右の角度)が変化する。F1マシンの前輪は通常、コーナリング性能のために若干トーアウト(左右タイヤが外側を向く状態)にセットされている。このセッティングはコーナーでは理想的だが、ストレートでは不要な抵抗を生み、さらにタイヤの内外温度差を大きくしてしまう。
DASを使えば、ドライバーはストレートでステアリングを手前に引くことで前輪をトーゼロ(真っ直ぐ)に近づけ、空気抵抗を減らしタイヤを均一に加熱できる。コーナー入口で元の位置に戻せば、コーナリング性能はそのまま。つまり「ストレートとコーナーで別のセッティング」を走行中に切り替える、というF1の常識を覆す技術だった。
DASは2020年シーズン限りで禁止された。しかしメルセデスはDASを禁止される前にしっかりとタイトル獲得に活用し、W11は開幕から圧倒的な強さを見せてシーズン終盤まで独走した。ルイス・ハミルトンはこのW11で7度目の世界選手権を獲得し、シューマッハの記録に並んだ。
メルセデスの技術哲学——見えない場所で差をつける
こうして1934年から2020年までを振り返ると、メルセデスのF1における勝ち方には一貫したパターンがある。それは「他チームが見ていない場所で差をつける」という哲学だ。1934年には他が馬力に走っているとき、軽量化と空気抵抗で。1954年には他がキャブレターでやりくりしているとき、戦闘機の燃料直噴で。2014年には他がターボ配置を既定路線で考えているとき、スプリットターボで。2020年には他がセッティングの妥協点を探しているとき、DASで妥協点を消すことで。
どれもが「言われてみれば確かにそれが効く」という類の技術だが、最初に思いつき、しかもそれを実戦で機能するレベルにまで作り込んで持ち込むのは至難の業だ。メルセデスはそれを90年間、繰り返し実行してきた。
まとめ:90年の系譜が教えてくれること
F1のテクノロジー史を振り返るとき、メルセデスを外して語ることはできない。1934年のW25が残した軽量化の哲学は、1950年代の航空機技術転用、2010年代のハイブリッド革命を経て、2020年のDASで結実した。
興味深いのは、これらの革新が単発ではなく、毎回「次の時代で禁止される」ほど強力だったという点だ。DASは即座に禁止された。スプリットターボも後継規定で難しくなった。W196の燃料直噴は他チームが模倣し始めて優位性を失った。つまり、メルセデスの技術は常に「使える瞬間に最大限使って、次のルールで消される」というサイクルを繰り返してきた。ルールの穴を見つけ、そこに誰よりも早く全力で走り込む能力こそがエンジニアリングの本質なのだ。
2026年、F1は再び大規模な規定変更を迎える。電動化比率が50%まで引き上げられ、パワーユニットの様相は一変する。この新時代でもメルセデスが過去90年と同じ哲学で勝ち方を見つけてくるのか、それとも違う勝者が生まれるのか。その答えは、新しいシルバーアローが現れた瞬間にわかるだろう。
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