ふたご座流星群で、つながった夜。
きのうは、双子座流星群が
みえるらしいって朝には覚えていたのに。
なんやかやとやらなければいけないことに
おわれているうちに、
夜になると空のことも忘れていた。
記事を書いて投稿したあとコメントを頂いた。
YouTubeで流星群のライブやってますよって。
外は4度ってパソコンが教えてくれたその
数字にびびっていた。
寒いと寂しくなるからどうしようって
考えてもいた。
ガラス窓から空をみたけど、なかなか
確認しづらかったそんな折に、コメントで
live中継を教えてもらった。
部屋を真っ暗にしてみた。
むかし小さい時に花火大会の映像は
部屋を真っ暗にしてみた時みたい
だった。
なにげなくみていて、最初はあまり
わからなかったのだけどやがてわたしの
眼でも確認できるほどの星が、その名前の
ように流れていた。
まっすぐながれるものや
横切るもの。
ひっそりと消えてゆくもの。
大きくセンターで光りながら
落ちてゆくもの。
その度にコメント欄がにぎわう。
ほとんど感嘆詞なんだけど。
おおーとか絵文字がつらなったりと。
すげーとか、瞬時にお願いをする方
などほんとうにさまざま。
そらさんも同じ映像をみているんだなって
思うと、なんか不思議なつながりを感じて
いた。
リアルで出会う出会いも、なかなか震える
体験だし、
こうして、会ったことのない方と
流星群を通してつながるっていうのも
神秘だなって思った。
SNS的なものと距離をもっていたわたしは
そんなことを思っていた。
今日の午前2時頃そんなあたらしい体験をした。
毎日コメントを寄せてくれる方という
信頼感も手伝っていたんだと思う。
なんかライブ感だけじゃなくて、側に
いなくても感じることも、いいなって思った。
双子座流星群を肉眼で見たのは2010年。
わたしにとってあの流星群はちょっとだけ
やるせない思いも重なっていた。
その夜なにげなく、カーテンを開くと夜の
空をすっと下降するその抛物線に似た
曲線が、光を伴いながら落ちてゆく。
気がつくと、それは双子座流星群の中の
ひとつの流れ星だった。

ガラス越しにみえるそれを確認したとき、
あっとちいさく息を飲んだ。
窓ガラスは冷蔵庫の卵ポケットのふち
ぐらいの冷たさで、すこしだけ鼻先が
ふれるとその冷たさに、ゆめとうつつが
ゆきつもどりつするような感じがする。
今しがたみつけたひとつの星がいつまでも
残像のように暗さに慣れた目に映っていて
同じ角度で
同じ方向に
星の光の跡をみている錯覚に陥る。
すこし首を左にふって、違う空にも目を
見張るけれど、なんぷん経っても星は
みえなかった。
こうしていると、なんだかじぶんの欲深さと
対峙しているようで、次第に気持ちの住処
あたりがしゅんとしてくる。
いくつもの流星を確かめる前に、なにもかもを
欲してるじぶんのことを先に確認してしまった
みたいで、眠さから遠い場所にいるようだ。
ことしもおしまいだなっておもいながら、
まだぼんやりと空を見上げる。
流星は未知で過去で。
どっちのものなのかわからなくなる。
それから何日が経ったある日。
わたしのだいすきだった伯母が、
双子座流星群がよくみえた日になくなられた
ことをあとで知った。
あの日、わたしが部屋の緑色のカーテンを開けた
せつな、流れ星がひとつだけ目の中に
とびこんできたこと。
たったひとつだったことに、意味があるのだと
思いたかった。
まわりの世界になじめない不器用なわたしの
立居振る舞いすべてをつつみこむように、
見守ってくれた伯母だった。
あの2010年、肉眼でみたひとつっきりの
双子座流星群の流れ星だった。
いつまでも、あのひとつを覚えていたかった。
あれから11年経って、noteで知り合った方と
離れた場所で双子座流星群をみている。
物理的な距離感を越えて、星をみるという
体験を共有しているってなかなか、j
生きてるって誰かと出会うって
面白いなって思った。
明日朝早いんでおやすみなさいって
youtubeのコメントが多かった。
厳しい1日だった人も、そうでもなかった人も
夜のひとときは、おだやかな心のままで
眠りたい。
そんな気持ちに駆られる平穏な夜だった。
すてきな画像をぱくたそさんから拝借しました。
ありがとうございました。
ふたご座流星群(巣栗渓谷)のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20190300060post-19661.htm
流星が ゆめのあわいを 駆け抜けてゆく
つかのまの ひかりの軌跡 呼吸のように
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