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ミルクたっぷりめの言葉/わたしの住む町にスタバがなかった頃。

わたしたちって言うのはちょっと

はばかられる。

ふたりというのも、違う。

そこまでもろとも親密ではない。

わたしのなかでは呼びたい呼び方

があるけれど。

でも

ふたりでひとつの単位ではないことが

やっとそれでいいのだと思えるように

なった。

20年以上も前に、わたしの憧れてる

とある方に出会った。

ちょうど昨日の日付と同じ日だった。

彼の白金にある事務所に招かれたのだ。

床暖のついてる事務所。

秘書の可愛らしい方が出ていらして。

はじまして!

の挨拶を交わした。

わたしは彼の始めたサイトで

短歌とエッセイのweb連載をさせて

頂いたので。

やっと会えましたねという感じだった。

しゃきしゃきとした彼女は冬なのに

夏みたいな空気をまとった元素「夏」で

できているみたいな方だった。

そう、そう思ったのは冬なのに素足だった

せいかもしれない。

チャーミング!

あの頃わたしの暮らす大阪の北摂には

まだスターバックスがなくて。

スターバックスをスタバと呼ぶ

ひとも身近にいなかった頃だ。

みんなで何かを飲もうということに

なって。

スタバで調達しようということになった。

社員がジャンケンした。

そして、いちばん若い社員の方が負けたらしい。

Kさんがわたしの飲みたいものの

オーダーを聞いてくれる。

でもわたしはオーダーの仕方が

わからなくて。

憧れのその方に、田舎もんでごめんなさい

みたいな顔をしたら。

あ、ゼロさんは珈琲にミルク

たっぷり派ですか?

ひかえめ派?

って聞いてくださって、ミルクたっぷり派

ですって言ったら。

それなら俺と一緒だねって言って。

それはシンプルにスタバラテだった。

俺と一緒って言葉が、妙にうれしくて。

コーヒーの好みが一緒なだけなのに。


スターバックス公式サイトより。


あの日。

他の社員のみなさんとお話ししながら

そのコーヒーを失くしてしまわない

ように、冷えてもいいから

少しずつちびちび飲んでいたことを

思い出す。

ミルクたっぷりって言葉はわたしには

やさしく響いて。

喉を通りすぎる時もやさしいまま

潤してくれた。

スタバはわたしには遠い憧れだったけど。

その後引っ越した町にもやっとスタバが

できた時はこっそりそこに行っては、

スタバラテを頼んでは、あの日を思い出し

たりした。

スタバはメニューが多すぎるから、わたしは

選ぶ時に溺れそうになる。

そして定番だけを頼んでしまう。

カスタムオーダーなんて程遠い。

そのスタバでは打ち合わせをしたり。

短歌を通して出会った方にわたしの

記事を書いてもらったり。

友達と待ち合わせたり。

煙草を吸っていた友達とは待ち合わせ

できなかったりと思い出がある。

仕事に行くときには必ず電車に乗る

ための道なりにスタバがあるので

わたしにとってスタバはもう

家と同じぐらいなくなってほしく

ない場所なのかもしれない。

どの時間に行ってもパソコンを

開いて仕事していたり、

受験勉強したりするひとたちで満席だ。

明日生きるためにそばにある珈琲

なんだなって思う。

珈琲。

この漢字の由来をいまさっき知った。

江戸時代。

鎖国していた頃、貿易をしていたオランダが

カステラなどと一緒にコーヒーを伝えたと

言われているらしい。

蘭学者の宇田川榕庵がコーヒーの漢字

として「珈琲」が良いのではないかと

提案したって書いてあった。

コーヒーチェリーがコーヒーノキに実っている

様子が、女の人の髪飾りの”かんざし”っぽい

ところからきていて。


コーヒーチェリー。



”珈”という文字は、女性の髪にさす花のかんざし
という意味を持っていることで採用され、珈琲の
「琲」という文字はかんざしの玉をつなぐ紐を
意味しています。

By Tailored cafe online編集部記事より。


コーヒーにまつわる話はたくさん

ありそうだけど。

名前の由来にも、どこか想うとか

記憶が沈殿していそうで面白い。

彼は言葉を生業にするひとだったから。

彼の声から発せられる肉声を耳に

閉じ込めておきたかった。

Liveと同じで、好きな人に会ってる時は

わたしの眼や耳が覚えられることだけしか

覚えておけないけど。

彼からわたしを仕事に誘っていただいた

時の言葉は、「履歴はいりません」だった。

そのときのことはnoteに書いた。

今現在のあなたを見ていますという

言葉はその時のわたしにとても

うれしい衝撃だった。

履歴をゼロにしてほんとうにマイナスから

やりなおしての歌人デビューだったから。

その時のわたしを受け入れてくれたことが

うれしかった。

書くということの始まりの日は

別の日だけれど。

わたしが意識のなかで書くことを仕事に

していきたいと思った最初の場所に

彼がいてくれることを幸せに思う。

言葉の中には、もう既に心が張り付いている

そんなことを昨日大先輩の俵万智先生が

おっしゃっていた。

言葉にもあの日にも未だわたしのなかには

心がはりついている。

そうちなみに、ジャンケンに負けた彼は

今は素敵なインタビュアーになっている。

信じるって 不確かですが おぼろげですが
片隅で 抱えたこころ ほどいてくれた


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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊

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