さびしくならないサラダを探して<第九話>
それから十日ぐらいしたころだった。
お昼休みが山根君と一緒だった。俺も屋上行くわって言うからふたりで屋上に行った。<ジョアンナ>のサンドイッチをわたしは持って行った。
雲行きがあやしくて降りそうな気配だったけど。梅雨の前の降りそうな気配は誰かに会いそうな気配と同じくなんとなくそんな気がするだけで、結局は空泣かなかったねってところに落ち着くこともあったので、あんまり気にならなかった。でもなぜか山根君はそわそわしていた。
俺、弁当なんだけどいい?
その疑問型がよくわからないけど、あやふやなままうんいいよって答えた。
なにがうんなのかもよくわからないまま。
見せて見せて。
わたしははしゃいでいた。結局のところ人のお弁当を見るのが好きなのかもしれない。家族の匂いが嫌いなくせによそ様のお弁当の中身は知りたがる。これはもうМ系の要素がたっぷり内包されているとしかいえなかったけど。
ひとんちの家族の匂いを知ってちょっと傷つくのがそんなに嫌じゃなかったのかもしれない。
ギンガムチェックのバンダナに包まれたお弁当箱を開けようとした山根君が、じぶんのそのお弁当箱を指さして、え?これのこと?って聞いてきた。
うんって頷くといいよいいよ大したもんはいってないからいいよって、本気で手て少しだけ肩を斜めにしてお弁当箱を隠した。
そんなまでして隠されたらそれ以上見たいとも思わなくて。
そんな不器用な恥ずかしがり方がやっぱり山根君なんだと妙に納得した。
ちゃんとお弁当の中身を隠すところが山根君なのだと思っておかしくなる。だからやっぱり妹さんのバイクの背中のすぐ後ろで、軽やかに渋谷さーんお疲れって言ったあの声を発したくなったのは、やっぱりあの<さびしいおばさん>、いやおじさんの仕業なのだともう一度栞は確信していた。
サンドイッチを包んでるパックを開ける。ごぼうサラダの入った玄米パンからにするか、ツナポテトにするか、それともエゴマとエッグサラダのバージョンにからにするか、軽く悩んでる時に、山根君があのさって言う。
ん?
今一大事なのだ。今日を無駄にしたくない。特にランチは働く人たちのその後の時間を左右してしまう大切な選択の時なのだから。今話しかけてほしくなかったんだけどなって思いながらももういちど、ん? なに?って
山根君に問いかけた。
あの人来ないよね最近。
あの人って誰?
山根君んはいつも妙な間があるのだ。人の話を聞いてないのか飽きたのか無視したのかが微妙に測りかねるところがあって。リズムが少しだけずれる。彼はひじきの煮物らしいパーツに箸を運ばせながら、ちゃんと咀嚼してから答えた。
わりかし、山根君お行儀はいいのだ。だからさ、渋谷さんがナイスフォローしていたあのひとだよ。うちのサラダ買っていってくれた。おばさん?えっとおじさん?なんていうの。あの人のこと。
わたしはツナポテトを口に入れたまま少しだけびっくりしていた。黙っているのがおかしいと思ったのか、隣にいるわたしの少しびっくりした顔を見て笑った。
渋谷さんってさ、人に呼び止められた時とかにね、必ずびくっとするじゃん。その時の顔がさ、なんかに似てると思ってたのよ。すごい見知ってるんだけどなんだろうって。その顔見る度に気になっていたら、今思い出したの。灯台下暗しだった。と言いながら山根君は一人納得しておもむろにスマホを取り出して待ち受け画面を見せてくれた。この子。この子はうちの子なんだけど。この子がね、必死で土掘ってる時の顔がね、まるで渋谷さん。
そのスマホの画面をのぞき込むと、信じられないぐらいにむくむくした純白の毛を持っている、でっかいアフロ犬が映っていた。犬かよ、って思いながらも、可愛いからいいけどさって悪い気はしなかった。山根君から見たら犬なんかってわたしは胸の中でくすくすした。
「さっき黙ったのね、わたしもあの人のこといつも記憶の中にあるからなんだ。ちょっと衝撃的だったもんね。どんなデリカショップ行ったってさ、さびしくないサラダくださいって、オーダーする人ぜったい居ないと思うのよ。そういう意味ではうちらラッキーだったと思わん?」
わたしはたたみかけた。
ラッキーかどうかはわかんないけど。稀有な体験だったと思う思うって頷きながら山根君はだし巻き卵を堪能していた。
思う思うよりも彼は味わいたい方に傾いている気がして。ここはちょっと黙る時間だなって思ってわたしも食べることに専念しはじめた。
あのさ、俺たちの仕事って誰かを幸せにしてるかな。黒木チーフに言われなかった?面接ん時。幸せのつなぎ手になってください。それがミッションですみたいなあれ。俺たちがぜんぶサラダ作ってるとかじゃないじゃん。時々そういうこと考えるんだよね。バイトなりにさ。まあ、そんなに幸せに躍起になりなさんなって思うんだけど。どこかでね、でもそのことを考えて接客したいよなって。まじめか。
山根君の時間差攻撃だった。お弁当集中攻撃じゃなくてちゃんと働く幸せというか誰かを幸せにしているか問題をぶつけてきた。
今日はこの屋上も子供連れのお母さんや<天神屋デパート>の新入社員らしい女の子たち、カップルなんかも舞台を前にしたベンチに座ったり手すりに持たれながら話したりしていた。
そして何故かあの日、ここで<ジョナサン>の美味しいサンドイッチをとてもつらそうに食べていたあの女の子がいないか探しているじぶんに気づいた。その時のことをくっきりと思い出していた。
それにしても<ジョナサン>のサンドイッチは、依存したくなるぐらいの後味が残る。ずるい。これ人間だったらすごいことになるよ。四六時中好きと言ってになるよってわたしは妄想した。あの店が人間だったらシリーズは、デパ地下でバイトするようになってからかなりシミュレーションしている。
あの店が人間だったらシリーズ杯では。<ジョナサン>は言うまでもなく断トツ優勝だった。
二位は御漬物屋さんの「若泉」。
なんたって漬物が今風じゃない。瓜は昔の瓜らしく固い。トマトとかの漬物とかサラダよりの味付けの物を置かない。すっぱいものはすっぱい。梅干しもしっかり塩分をきかせてある。ご時世なんか関係ない。そういうスタイルがしゅっとしてカッコいいと思う。
四葉さんと話がしたくて振り返ったらちょうど<グリーンサム>に団体客のおばさま達がなだれ込んでくるのがわかったから、わたしは歩幅をゆるめた。
いつまでたってもお客さん達は、四葉さんに興味深い質問をしているみたいだったので踵を返した。
空を仰ぐとほんとうに降ってきそうな雨もよいだった。湿った匂いのする風が屋上を撫でてゆく。後ろの止まり木のオウム、オウマガトキがただ鳴いている。いつもの口調、ヒルヤスミィオワリィじゃなく、ただ鳥らしく鳴いていた。
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