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さびしくならないサラダを探して<第十二話>

本格的に梅雨がやってきた日。しばらく顔をみせなかったあの<さびしいおばさん>がやってきた。
 わたしは何故か浮足立っていた。お足元のお悪い雨の中おいでいただきありがとうございますと、言うとまた来ちゃったわって「彼女」はガラスケースの中の商品に目を泳がせていた。

 この間と同じくカロリーのことをたずねたあと、<べジルドスペシャル>まだやっているのね!ってその名称を覚えていてくれたことが幸せだった。

 でも次の問いかけが、前回よりも難問だった。

 ねえこれの次にさびしくないサラダってどれかしら?

 これの次にさびしくないサラダ。
 これの次に寂しくないサラダ。
 これの次に淋しくないサラダ。
 さみしいサラダ。

 この間は色でも攻めたから、もうしょうがない今度は香りで行こうと思った。ブロッコリとグレープフルーツ&カリカリベーコンのシークワーサードレッシング和えなら大丈夫かと。

 わたしは「彼女」の表情をうかがう。
 これってもう、ちょっとしたせめぎ合い。戦いだ。
 オーダーがとびきりハードル高い時、近頃わたしはこれこそが「仕事」なんだと思えてそこに喜びを感じるようになっていた。

 ショーケースのその商品をガン見しながら<さびしいおばさん>の眼が輝く。

 あら、これはこの間なかったわよね。はじめてだけどそうねぇいいかもしれないわね。でもほんとうにさびしくない? こころがさびしくならない?

 「ええ、食卓がほんのり酸っぱく甘い香りにみちてぜったいさびしくないですよ!懐かしい香りがしますよ、きっと」

 ぜったいとか、言ってしまった。黒木チーフのチェックが入るかなと彼のほうに視線を放つと、チーフはまたもや親指をたてて笑ってた。

 「彼女」はよかったわ、香りがいいのね。なつかしいのねって言葉を繰り返しながら、それ頂くわと300グラムを買っていった。

 店頭から離れて行くその背中をわたしはずっと見ていた。
 また来てほしい。そんな思いになっていたら「彼女」は踵を返して戻ってきた。

 店のスタッフにも緊張が走る。
 わたしのそばまでやってくると、「お姉さん、ありがとうね。あ、渋谷栞さんね。この間のサラダね、食べていたらほんとうにさびしさが遠ざかるみたいな味だったの。だからいつか言いたいって思っていたから。ありがとね」

 その時「彼女」がわたしの手を握ってなんどもありがとうを伝えてくれた。その手の温かさは吸い込まれるようなもっちりとした温かさだった。これなのか。これか。働くことで誰かにちょっとでも幸せになってもらうってこれなのか。ってわたしは犬のように心の中でなんども尻尾をぶんぶん回していた。

 その時、山根君がありがとうございますとその背中に声をかけた。「彼女」は少し振り返りながら右手をひらひらさせて去って行った。

 スタッフのみんなも黒木チーフも店頭に出てきて彼女の背中にフロア一杯に聞こえるような声で「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」と声を響かせていた。

 お昼休みは屋上に行く。いつも四葉さんに会いたいのに、配達中やお出かけ中でいつもその店の鍵はしまっていることが多かった。

 久々に四葉さんに会いたくなっていつものように貨物兼用のエレベーターで屋上についた。

 <グリーンサム>に見覚えのある背中がそこにあった。
 声も聞こえてくる。

マッサンゲアナですか? その声はいつも聞きなれている山根君だった。
わたしの気配に気が付いて振り返ると彼はおお!渋谷さんってちょっとバツが悪そうにはにかんでレジのところにいた。

 なに? その観葉植物って聞くと四葉さんがしおちゃんこれねって言ったらふいに珍しく四葉さんが口ごもった。

 ん?なになに。
 ほらね、透ちゃんも買ってくれたことあったでしょ。これ<幸福の木>よ。
 ああ、不思議な名前のやつね。
 そう、マッサンゲアナ。

 しおちゃんと一緒にバイトしてるバイト君だって言うから、まけてあげたの。ねー。
 山根君は四葉さんの、「ねー。」に戸惑ってまた恥ずかしそうにした。

 一度わたしは店の外に出た。屋上で深呼吸する。風の中に今日も潮の香が微かにしてこの匂いは透の胸のあたりの匂いに似ていると思う。

<グリーンサム>の方にふりむくと、山根君がなにか懸命に訴えているような表情で四葉さんの話に真剣に耳を傾けていた。

 すこしずつ店から離れてみる。遠くから彼らを見ると、緑の観葉植物の揺れの中に包まれているようで。彼がなにを抱えているのかわからなかったけど。そこは温和な和んだ場所にみえた。

 マッサンゲアナ。
 いつだったか透が呟いた。 
 おかしな名前やな。なんや苦しくなった時のおまじないみたいやな。
 透はおしまいの日。マッサンゲアナってちゃんと呟いただろうか。

 今日は閉店間際までシフトが続いていた。
 事務所に戻るとさっき山根君が抱えていた<幸福の木>が、存在感ありありにそこに置いてあった。

 俺に似合わんよね。
 え? そうかなあ。別に花束抱えて帰れっていうんじゃないんだからいいんじゃない?結構、似合ってるかもしれないよ。

 その時、あ、それ持って妹さんのバイク乗れる?ってわたしが聞いた。さすがに今日は車かな。

 今日は生憎バイクじゃないんだって山根君が一瞬しゅんとした。

 いちおう車で来たの。
 そう。
 そう答えてから続ける言葉がなくなったからまた昼1しんどいねって言おうとしたら、山根君があの子ねって言葉を繋いだ。

 あの子?
 あの子ほんとうの妹じゃないんだってぽつりと言った。
 へって声が出て、ふいに灰色のロッカーの扉のネームプレートが空白になってるなって思って、あれは撤退させられた<湘菜市場>のシマ子さんのだったと思いつつさみしさを含んだまま山根君の声を聞いていた。

 あ、妹さんじゃなくてってほんとうは彼女だとか?

 山根君は思い出したみたいに育つと思う? これ俺に育てられると思う?ってふあんげに聞く。

 問いと答えがバグる。
 
 え? 妹さんじゃないの? 彼女なの?
 ってばかみたいに畳みかけた。
 妹なんだけど、あいつは義理の父親の連れ子だから血は関係なくて。
 そうなんだしかわたしは言えなくて。そのことで山根君が何を悩んでるのかわかるようなわからないような気がした。
 山根君は話したりなさそうにぼそぼそ語る。

 え? 山根君はだからその義理の妹さんを好きになったの?

 山根君がいつか見せてくれた待ち受け画面のじぶんちのイヌみたいな顔をした。
 
 さっき<グリーンサム>の四葉さんにそのこと相談しようと思ったけど、なにを言えばいいのかわからなくて言わなかったんだよね。またうちの親が離婚するんだよ。だからもう義理の妹でもなくなるけど。

 うんそうなんだ。
 うん、としか言えない会話ってある。言葉がみつからない。
 今の自分に似合う観葉植物をみつくろってくださいって言ったんだ。

 面白いこと言うわねって言ってきて四葉さんがね、俺の顔をみてさあ、いまのあなたにぴったりなのはこれよってこの<幸福の木>を持ってきてくれたの。
 その話なんか誰かに話したいなって思った。誰かってつまり透だけど。ロッカーの前でしゃがんでわたしを見上げてる山根君の不安げな視線をフラットに戻したくて、同じようにしゃがんだ。好きって不安になることだからさ。そんな顔してたらそりゃ四葉さんじゃなくてもなんか感じるって。でも、いいじゃん。<幸福の木>、幸福になりなってことなんだよね、四葉さんの答えは。素直に受け取ってみたら。

 だね。山根君はだねって言いながら少し遠い目をしていた。ねえ渋谷さん好きになるって不安になることなの?って畳みかけた。

 知らん。恋の専門家じゃないから知らん。ってわたしは笑ってごまかした。

 この花の名前マッサンゲアナっておまじないだからさ。なるようになるよ。ならないものはならないし。だから結局なるようになるんだよって意味なんじゃないの?

 山根君にそうとしか言えなくてそれはわたし自身を納得させるものでもあった。

 まだわたしの中にいてほしい透に力を借りて彼を励ましたつもりだったけど、山根君はふうと長い溜息を吐いた。
 その時、プラスティックの鉢植えの葉と葉の間につるされた<マッサンゲアナ幸福の木>と記されたプレートが微かに揺れた。

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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊