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さびしくならないサラダを探して<第八話>

 今日は朝からのシフトだった。朝礼がやっと終わった。
 <天神屋デパート>の店長は柔和な笑みが崩れない人。ほほえみが崩れないってなんだろう、大人の処世術なのかもしれないけれど。わたしには一生かかってもそのスキルは体得できない気がする。

「心はたとえ鬼のようになっている時でも、いつもほほえみを!。それはやがてあなたがたの財産になるときが来るのです」

 このフレーズが来ると、朝礼挨拶のシメだった。デパ地下の同僚達は視線を合わせてあいまいに微笑みながら、みんなが持ち場に散ってゆく。
 週に一度は屋上でラジオ体操もする。今日はその日じゃなくてラッキーだった。ラジオ体操ってなじめなかった。。みんなで同じことをすることにちょっと恐怖を感じる。小学校の頃から大嫌いで、体育大を出たばかりの体育教師にラジオ体操をコンプリートする試験で悩まされた時のことしか思い出せなかった。

 リニューアルされてすこしだけおしゃれになった<べジルド>のブースはフレッシュな野菜ジュースをイートインで飲めるようになったせいか、客足も若干若返った。

 <朝から野菜を食べよう>キャンペーンの一環で、フライメニューは減って、サラダの種類が増えている。
 チーフの黒木さんが今日は午後から本社に出張らしく、仮のチーフが赤尾さんになった。彼女は主婦だけれどフルタイムで働く。地味で頼れる先輩だった。
 何か失敗したときの注意のされ方が、ストレスを感じなくて済むのが助かった。罪悪感で人を縛らない。今日失敗したことは仕方ない、明日にそれを持ち越さないでいいからねってそんな注意の仕方が好きだった。
 家の中でも夫や子供にこんな柔和な諭し方をするんだろうなと、想像した。三宅さんちの子供だったらどんな子になってただろう夢想した。
 
 ブロッコリーとエビを低カロリーのマヨネーズ入りの黒酢であえたサラダを作ろうとしていた時<湘菜市場>の津田シマ子さんがやってきた。

「しおちゃん、しおちゃんちょっとこれみて」って声を掛けられた。
 赤尾さんは津田さんに視線だけで挨拶をする。
「準備時にごめんね。しおちゃん今日来たキュウリとトマトなんだけどね、ほら切ってきたからちょっと一口食べてみて」ってわたしの口元に無理やり押し込む。
 はじめはキュウリだった。商品をそんなことしていいのかって思いながらも、口の中に清らかな緑の味がした。
 津田さんはわたしの顔をおもむろにそれでも厳しく凝視する。
 口の中で涼しさが広がってとてもみずみずしかった。歯ごたえもなんだかしゅっと歯が沈むのではなくて、とても弾力がある。
「どう?」 
 わたしは青い香りの残る舌を感じながら、津田さんに感想を伝える。
「そうでしょ。でしょでしょ。よかったぁ。しおちゃんがいちばん美味しそうに食べてくれるからさ、その笑顔みてたら安心できんのよ。何本か残しとこうか。塩もみして茗荷と合わせたらすぐ食べれるでしょ」
「いつもすみません」
「いいのいいの」
 そういうと、津田さんは<ベジルド>の店内をざっとみまわして、それにしてもここはおしゃれになったわねぇ。ここのおかげでうちもお客さんが流れてきてくれてるから、助かってるのよって言いながら、次はトマトよってわたしの口に放り込んだ。

 そしてシマ子さんは言ったのだ。
「しおちゃん、ずっと忘れないでねこの味」
 その顔は少し寂し気だったから気になったけど。その時、フロア店長に呼ばれたシマ子さんは、たちまちはーいと返事をしてじゃあまたねって後ろを振り返りながら足早に去って行った。

 シマ子さんのやさしさは、透を失ったあの日からずっと点と点でつなげられるぐらいに通奏低音のようにわたしの心の底に響いていた。
 
 

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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊