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父への想いが変わっていたのは、note書き始めて2年経った頃だった。

noteに来てから、もう2年が過ぎた。

もともとわたしは、ちょっと歪んだ

動機からこのnoteの駅に降り立った。

仕事での人間関係が、あまりうまく

いっていなかった気がする。

まわりで支えてくれる方はいたけれど

その信頼にあまり答えられていない

ような気がしていて。

そして、何かを綴る場所がもうひとつ

仕事以外でほしかった。

ちょっとだけ言葉を放てたらと思って

いたのかもしれない。

仕事のもやもやだけじゃなくて、わたしには

ぼんやりとだけど、家族の問題も抱えていた。

それは半ば通奏低音のように、長年抱えて

いたものだった。

とりわけ、父との関係性に悩んでいた。

悩んでいたけれどnoteで父のことを書きたい

とはあまり思わなかった。

立ち位置が決まっていなかったから。

そして、家族のことをここでエッセイにして

しまうことへのためらいもあった。

SNSをほとんど知らないわたしは、なにを

どこまで吐露していいのか、その物差しを

どこにあてがったらいいのかわからなかった。

何度かここで書いてきたけれど。

わたしにとって「書く」とは心の

バランスを保つためのバランサーとしての

役割があった。

日々今日は何を書こうかと決めている

そんな中で、どこにも書けない家族への

もやもやした思いを、立ち位置を決めないまま

気が付くと書き始めていた。

わたしが気になっていたのは父との

関係性だった。

煮え切らない別れ方をした高校三年の

頃から、わだかまっていた。

初期の頃。

父はクリスマスになると本をみつくろって

贈ってくれるようになっていた。

でも最初の頃はそのこと自体が疎ましくて。

素直に受け取れない時もあった。

正直いやなことを言うと、

その中にいつも包んでくれたお年玉だけが

嬉しかった時期もあった。

それは20年間続いていた。

こういうことを色々吐露していたら

わたしはなんのためにnoteに来て何を

書きたかったのかもわからなくなっていて

迷走していた。

そして、ほとんど毎日毎日書いていたら

最初の挫折がやってきて、週に3回ぐらい

書くようになった。

ペースを戻し始めた8月ぐらい。

過去を辿るように、愚痴から少し離れて

わたしを支えてくれた人のことを

思いだすようになっていた。

これは近所の青木さんのお姉さん。

全然クロールができなくて、おまけに

25メートル泳げなかったけど、おねえさんが

このタイトルの息継ぎという言葉を使って

わたしをプールサイドから励まし続けて

暮れた時のことを書いた。

そうこうしているうちにわたしの意識が

どこか変わってきたのか、手紙を書くように

誰かにむかって書きたい気持ちが芽生えて

いるのがわかった。

そして、日常は流れてゆきながら

毎日夜にnoteを書くという生活は

続いていた。

仕事の人間関係はそれほど心地よくなった

とは思えなかったけど。

一度このnoteに思いをこぼしてきたことで

少し楽になっていた。

それからしばらくしても、父と会わない時間は

続いていたけれど。

一度大きくこじれて、もう再会は

無理だと思っていた時にわたしが体の

調子を悪くして、父を頼ろうとしている

じぶんに気づいた。

そして、絶えず体のことを気にかけてくれて

いる父と電話で話をするようになって。

父から度々届く手紙は毎回なにの本を読んで

いてどんなふうに感じたかが綴られていた。

ある日、わたしはいつも散らかっている部屋を

片づけようと思って立ち上がる。

密かに本棚を作りたかった。

本の整理をしていたら、ふいに父からもらった

本もばらばらに本棚に差されたままになっている

のに気づいて。

あれを整理しようと思った。

いや、もっとあからさまに正直に言うと。

noteのお題企画のためだった。

あなたの本棚を教えてくださいというもの。

きっかけは本棚さらしてもいいかっていう

ぐらいの気持ちだった。

最初から父の本棚をつくりたかったわけじゃ

なかったのに。

棚を作りながらこんな記事になっていた。


それまでのわたしの想いが聞けば

嘘だろう? って思うかもしれない。

過去のわたしの想いを裏切っているかも

しれない。

でも、父が20年かけて贈ってくれた

本棚を作っているうちに、なんともいえない

気持ちになってきて。

これはわたしが時間をかけてあんなに憎んでいた

父を許したいと思っている証かもしれないと

作業のさなかにも感じた。

そしてその後、リアルで父と出会う日が

やってきた。会ってもいいと思えたこと。

noteを日々書いている中でわたしの意識が

どこかシフトチェンジしたんだろうと思う。

心が変われば行動が変わる という言葉が

あるけれど。

これに近かったかもしれない。

そして今年父に再会したことはnoteの記事に

したためてみた。

これは誰にも役に立たない私だけの記録だ。

父と歯車の合わない日々を送ったわたしが

少しずつ修復されるしがないそんな日々の

どこにでもある話にすぎない。

でも、毎日書くということがもたらしたもの

それは、父との関係性がゆるやかに落ち着いた

ことだと思える。

noteを書くことの変化は、2年を過ぎた頃に

やってきたことをただ記しておきたかった。

note始めた頃とは今は色々な意味で景色が違う。

今までも書いてきたけれど、これはnoteで

書いてきたからこそ見えた景色だったと思う。

誰にも家族には内緒で書いてしまいました。

個人的な話をお読みいただきありがとう

ございました。



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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊