ひとりにもふたりにもなれる場所。
我が家のちいさな中庭には昔の井戸の
名残のコンクリートの上に、スナフキンが
15年も前から座っている。
しばらく緑色の帽子を被っている椅子に
腰かけている姿をみていた。
吟遊詩人で、とても自由を愛するのにどこ
にもいかないで、私と母の住んでいる我が
家の庭にいるんだと思ったら、ここでいいん
ですか? って申し訳ないような気持になっ
てくる。
ひょうひょうとした風情。
それは時々目にするたびに、色々あるだろう
けど気にすんなってぽそっと言ってくれてる
みたいでほっとする。
彼が生まれた場所を知りたくてわたしは
いくつかあるムーミン特集の雑誌を開い
ていた。
フィンランド生まれのこの童話は、
フィンランドの島に住む人々の思いが
あちらこちらに散りばめられている。
テレビで見ていた時も、あのそこはか
とない寂しさってなんだったんだろう
と思っていたらその答えらしきものに、
辿り着いた。
<宿命的に漆黒の冬をもち、はかない
夏はなにより自然とふたりきりに
なりたいと願う人々>が
暮らしているゆえ、
<他人の自由も頑固に守ろうとする>。
「ムーミンのひみつ」
p12より。
そういう背景がちゃんと物語のなかに
込められていたことを知った。
<ここは、かくれ場所であって、しかも
あけっぴろげでした。自分を見守ること
ができるのは、鳥だけなんです。>
この潔いまでの風とおしのよさに惹かれ
てゆく。
この童話の中、9話のうち8話は方位図
のついた地図からお話が始まるという
文章に出会う。

この写真をみているだけで、童話を読む
ということ、とりわけムーミンを読むと
いうことは共に旅するという想いのはじ
まりがここに込められているみたいで憧
れる。
作者のトーベ・ヤンソンも冒険好きな
ムーミン谷の住人も方位図は大事なものの
ひとつ。
そう映画『月はどっちに出てる』みたいに。
月の場所を知ることでじぶんがどこに
いるのか知るように。
風がどっちから吹いてくるかを知る
ことも、日々の暮らしの中でムーミン
谷のひとたちにとってはとても大切
なのだ。
こうやってシミュレーションしている
だけでわたしは、フィンランドの島々に
想いを馳せたくなる。
作者のトーベが家族でひと夏をすごす家が、
フィンランド湾のいくつもの島の中の
ひとつにあったらしい。
トーベの兄弟たちは島にまでボートで
行けるそれぞれ3つの島を持っていた。
トーベが選んだのがクルーブ島。
ここにいつか行ってみたいのだ。
理由は、トーベの言葉の中にあった。
「島がいいのは、きっちり限られた場所だから」
そう答えたらしい。
いいなぁ。
わたし好みだなぁって思った。
ちゃんと、ここからここねって区切られ
ている場所は安心できる。
そこが好きな場所ならなおさらだ。
元素周期だって、水素やヘリウムたちの
部屋が決まってるからわたしは好きなのだ。
元素の番号は部屋番号だと感じて高校の頃
すこしだけ夢中になった。
だから、今トーベの言葉を聞いていて、きっと
そこはわたしがたどり着きたい場所かもしれない
なって直感した。
「小さな自分の世界。ひと目で見渡せ、細かい
ことまで、すべて知り尽くしていられるのです。
(中略)海に守られ、隔てられているのに、望
めば、海で世界へとつながっているのです」。
<宿命的に漆黒の冬をもち、はかない
夏はなにより自然とふたりきりに
なりたいと願う人々>が
暮らしているゆえ、
<他人の自由も頑固に守ろうとする>。
いつも誰かがそばにいるわけじゃないけど、
それは孤独ではないし、孤高だけれどいつ
でもひとりにもふたりにもなれる島って
すてきだと思う。
こんな島だからこそ、スナフキンのあの
風任せのような吟遊詩人が生まれたことを
知ってますます、旅したい誘惑に
駆られている。
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