母の呼吸が、今日も並んで待っている。
いつもどこかに出かける時は
急いでいるので、玄関先をゆっくり
眺めることはないけれど。
この間、ふと見慣れた景色がふいに
生々しく感じられた。
母の酸素ボンベがそこに並んでいる。

もう2年になるあの病のずっと前から
お世話になっている。
はじめは、それこそとても悲観したけれど。
今は、半ば相棒になっていて。
出かける時も、必ず酸素ボンベを
引っ張りながら歩く。
7年以上もそういう生活が続いていると
我が家ではあたりまえの風景なのだけど。
ふと酸素ボンベだけが単体で並んでいる
景色をぼんやりと眺めていた時。
あぁ、あれは物じゃなくて無機質では
あるけれど、母の呼吸の一部なんだなって
思ったら、すこし心がゆらっと揺らいだ。
真っ黒テカテカしたボディ。
たいてい4本ぐらいが並んでいる。
離れた場所で、いつも呼吸が待っている。
母を助けるために、いつもスタンバっている。
なんだか、ありがとうねみたいな気持ちに
なった。
家の中ではいつもいつも酸素を補充しな
ければいけないわけじゃないけれど。
外に出かける時は必ずお世話にならないと
歩くのがつらくなるらしい。
いつもそれを運んできてくださるのは
テイジンの担当の方。
カニューラという鼻とマシンを繋いでいる管の
どこかが曲がっていたりすると、うまく酸素が
運ばれない仕組みになっていて。
それを察知したテイジンの担当の方が、
駆けつけてくれることがある。
セコムみたいに、自宅とつながっている。
2年前のクリスマスの日にも担当の方が
朝方早くに来てくださった。
カニューラのあのチューブがちょこっと
どこかで曲がっていて直角になっていた
だけだったのに、いち早く気づいた当直の
方が小田原から駆けつけてくださった。
母の呼吸を守る為にクリスマスイブの日に
駆けつけてくれたことに母とふたりで
感謝していた。
そんなクリスマスを過ごしたことを想い出す。
母も気持ちは元気だけど、年齢も年齢なので
時に弱気になることもある。
わたしが少し、日常のあれこれで怒った口調に
なることもあるけれど。
昔だったら、本気の喧嘩になったけど
それが最近はわりと母が折れる。
折れないでよって思いながら、
少しさびしかったりする。
たまに理不尽なことでケンカする時も
あるけれど。
そういう日は昔が蘇っているみたいで
ほっとする。
外に出かける時、母は酸素ボンベを引きながら
段差が危なさそうな時わたしと手を
繋ぐ時がある。
いつも手が冷たい。
触れた指先が冷たくて、昔はあんなに
温かかったのにって、いちいち感傷が
身体をつたわってくる。
昔ちいさくて、まだもたもたしていた
わたしを階段の一歩一歩を手を繋いで
のぼってくれていたんだろうって
思いながら。

順番が逆になっちゃうって哀しいな。
強気でいてよねっていつも思う。
わたしは誰かの母になることは
なかったから。
ずっと母の娘のままなんだろう。
玄関先の母の呼吸の一部は、今日も
そこにいてくれて。
準備万端でそこにいることに
ほっとしていた。
来月になるとわたしと弟と同じ月に
生まれた母の誕生日がやってくる。

📷小さな手の写真は、親の手を握る赤ちゃんの手のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20170258044post-10346.html
ぱくたそさんから拝借しました。素敵なお写真ありがとうございます📷
息をはくこと 息を吸うこと 生きていること
夢の中でも 記憶のままに 呼吸している
いいなと思ったら応援しよう!
いつも、笑える方向を目指しています!
面白いもの書いてゆきますね😊