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さびしくならないサラダを探して<第五話>

<ベジルド>でのアルバイトは1年ほどが過ぎた所なのに。まだ慣れなくて少し緊張して昼一のブースに入る。これはずっと変わっていない。
 
 透明のビニール手袋をして、パックにパスタのサラダや生春巻きの惣菜を詰める。清潔第一なのは承知しているけれど、この掌に伝わる体温の熱さが邪魔だった。もどかしさが胸のあたりを行ったり来たりして、はやくこれを脱ぎたいなって思いながら、ひたすらにその作業を繰り返す。
 口元は筋肉を柔らかくして、微笑むでもなく怒るでもない接客にほどよい表情で。
 食卓に並べられるおかずを選ぶ母親らしき人達が、だしぬけに立ち止まる。
 家庭の匂いが地下に漂う。スマホに向かって誰かに今晩のおかずを選びあぐねる人の話し声が聞こえてくると、なんとなく彼らたちのいる場所は、じぶんが永遠に辿りつけない場所に思えてきて、すこし塞がれる気持ちに支配される。彼らが悪いわけじゃない。
 
 誰かと結婚して家庭を築く。その過程で子供ができていつしか家族になってゆく。なんかそんな営みがわたしには遠かった。ついこの間まで透と近づいたと思っていたけれど、近くてそれは遠かったのだ。
 世界遺産の番組なんかで見たことのある九寨溝あたりのたゆたう緑めいた青い水の方がちかいぐらいに、育まれてゆくあたりまえの人々の日常の方がわたしには遠かった。
 
 そんな感情の行き止まりにぶちあたっていた時、チーフの黒木さんがお客さんに見えないように同じくバイトの山根君のひかがみあたりに遊びみたいに蹴りを軽く入れるのがみえた。そして「笑って」、顔のジェスチャーを頬の筋肉を少し動かしながら、彼に促す。
 その顔がおかしくて、黒木さんが背負っているチーフという仕事に対して軽く敬う。   
 ふいに仕事って役柄なんだよなって思う。チーフという役柄。バイトという役柄。でもチーフだからいいとかバイトだからいいはないのかもしれない。ふいに透に尋ねるように煤けた天井を仰ぐ。ぜんぜん違うわけやないけどちょっと違うって言ってる気がする。その時黒木チーフも上になんかあるの?っていう視線で彼も天井を眺めてた。

 この黒木さんにだってちゃんと家族はいる。44歳で子供はふたり。
 ほんとうにお疲れ様です。

 デパ地下はまるで雑踏だと思う。コロナ仕様が明けてとくに閉店時間が延びてからのこの数年はそんな感じがひしひしとする。お客さんだった時も、働くようになった今も。
すきな場所なのに時々こわくなる。ひととひとが犇めいていて、改札を抜けるあたりでいきなり肘を掴まれて、見知らぬ誰かに名前を呼ばれるような、そして振り返ると見知らぬじぶんの親族がそこにいるようなそんな感覚に似ていた。そして家に帰ろうと手を引かれるような。

 じぶんは陰キャだなってつくづく思う。七生は陽キャだった。
 弟とこの話をしたら、つまんねーカテゴライズって鼻で笑って階段を飛ぶように降りるに違いない。
 
  事務所で腰エプロンをつけていた時。腰のあたりの布ベルトをきつく締めすぎたみたいで、歩くたびにそれが腰に響いてきて痛かった。色は、えんじ色でその綿素材の風合いもシルエットもどれも好きだった。

 <ベジルド>にぎりぎり到着したことがみつかっていないと思ってたけど、薄いビニール手袋をはめているとすぐさま黒木さんが自分の時計を指さしてぎりぎりだよって視線を寄越す。
 
  あくまでもその腕時計はショーケースの裏側でするジェスチャーなので。お客さんには見えないし、顔だって通路を歩く買い物客に笑みを送りながらの、技あり接客術だったけど。
 わたしもいらっしゃいませって声に出しながら、その合間に黒木さんにすみませんのつもりでお客さんにわからないように頭を下げた。

 ラディッシュやパプリカなどいくつもの野菜の名前が、レリーフされている硝子の壁の奥には、作業ブースがある。ミブナとチキンのサラダ用のミブナをもうすぐ研修明けの山根君とちぎる。作業中はマスクをしなければならないから、山根君とは何かしらアイコンタクトだけでつながってる。

  山根君とは最近よくバディを組む。時折妹さんのバイクの後ろに乗っかって帰ってゆく姿を見かけたことがあった。仲いいねえ、今時ねぇみたいな話を従業員のおばさん達がはなしていたことがあって、ほんとですねぐらいの返事をしたことがあった。
 いつだったか透に山根君っていう男の子がいるんだ、妹さんと仲良くってさって言ったら、ミヤザワケンジみたいやなって言ったので、透との間では山根君はわたしたちの間では<ケンジくん>になっていた。
 でも、山根君は山根君だ。<ケンジくん>というあだ名を共有できる透はいなくなったので、山根君は山根大地くんのままだった。
 
 マスクの下で山根君が深いため息を漏らしたのがわかった。マスクの表がすこしだけ膨らんで、すぐに凹んだ。視線を少しこっちに寄越す。眼差しをわたしなりに訳す。

<やれやれ 午後一 しんどくねぇ?>
 
 山根君のこの礼儀正しさからほど遠いようなぶっきらぼうさに、時々救われる。
 なんとなく、視線だけでつながる。
 ちらっと黒木さんがブースの外から私達ふたりを監視していた。
 でもすぐさまおばさまらしきお客さんに、人の好さと親切心だけがウリのような顔をして接客していた。
 
 ミブナ。
 たぶん植えられている時の空に近いほうのギザギザのあるところを見てると、じぶんがきりぎりすとかバッタとか飛ぶ虫になった気分になる。
 ぎざぎざのミブナ。
 ちぎるちぎる。さっきから5分ぐらい同じことをしていた時、不思議なデジャヴュを感じていたことが、なんだったのかわからなくてとても気持ち悪かったのに、ブースの外から<魚真>の鮮魚の潮を纏った匂いが運ばれてきたとき、あぁと腑に落ちた。
 昼休みにいた屋上の映像が浮かび上がる。潮の匂いのなかに耳になじんでいた紙片をちぎる音がそっくり入り込んできた。
 わたしの指が、ミブナ以外の何かをちぎってる気持ちに駆られた。

 ちぎるは契るなのかもしれない。
 どこにも行くところのないわたしはこの<べジルド>と契ったのだ。
 

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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊