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新入社員だった頃、道をゆずってくれた人たちへ。

生まれて初めて仕事に行ったあの日のこと、

つらつらと思いだしていた。

会社に行くということは、まず出社しな

ければいけないわけですから、とりあえず

毎日通勤という第一関門があるわけです。

今まで、通学だったのが通勤になる。

いきなりハードルがあがった気がして、

通勤という言葉にいちいちわたしは

反応して緊張していた。

学校に通っていた時、他校の中学生と

一緒になっていた通学の電車の中。

前は向いているけど、斜め四十七度

くらいの角度で車窓見ながら立っていた

あの頃の余裕は、もうそこにはなくて。

毎日遊びに行くために馴染んでいた、

電車でさえ通勤に使うとなると、がらっと

その顔ぶれか変わる。

敵地に乗り込むみたいな気持ちに勝手に

なっていた。

ここで、具合が悪くなってもひとりで

なんとかせにゃあかんのだなと。

そう思えば思うほど、のどがつまって

声が出なくなってお腹がいたくなって、

貧血みたいなバッドエンドな気分。

混みあう電車のなかで、

「大丈夫死なんから、大丈夫」と心の中で

鼓舞しながらその目的地を目指していた。

私の初勤務地は梅田にあった。

大阪の北区、梅田のビル群😱
みんな働いているぅ。

社会人1年生になった頃の大阪のあの

愛すべき雑踏をちょっと思い出す。

御堂筋線の梅田駅。

阪神デパート寄りで降りて、改札でて右に

まがるとそれはあった。

いまはなき「アリバイ横丁」。


不真面目で物騒な名前がついているけれど。

そこは、どこにも行ってないのにまるで

そこに行ってきたかのようにほら、

買ってきたで、味噌もなか

とかいいながら商品をさしだせるという、

多目的ショップが連なる通りのこと。

大阪らしい冗談キツイネーミングだけど

そこには全国、四十か所以上の物産品が

所狭しと並んでいた。

大阪ってネーミングがね、通称とはいえ、

すごすぎる。

コピーライターなりたてのわたしには

そのアリバイ横丁という名前に圧倒され

つつも正直すぎるよ、もっとコーティング

した方がええよ、みたいに思いながら

そのそばを通り抜けるように通勤していた。

それって、どんぴしゃ今でいう

「アンテナショップ」やんかって。

物は言いようなのだ。

時代は変わる。

記憶では、朝からおばちゃんたちが、

そのちいさな店のシャッターを、

シャッター棒みたいなもので

ガラガラと開けていた。

いつか仕事にあぶれたら、おばちゃんに

頼み込んでみたいと、クビになった時の

プランBまでいちおう考えてはいた。

そこを左手にまがるのは

朝の8時30分ごろ。

アリバイ横丁あたりではちょっと、

軽くランニングぐらいの感じで

早歩きをしながら、スタンバイ。

横丁のドン付きを左に曲がると、

ドーチカ、堂島地下街があった

この直線の通りを自分の限界をこえる

手前ぐらいの力で全速力していた。

遅刻したらチーフのみゆきさんに、

叱られるかもしくは罰金とられるので。

ドーチカの一直線勝負に賭けて。

なにがなんでも、走る。

入社早々遅刻して、あかんやっちゃに

ならないために。

朝の出勤ご苦労様ですの皆様方が

大勢歩いていらっしゃる。

見知らぬ働く先輩たちは、その朝の時間の

使い方を大切なルーティンワークに

されているはずだ。

重々承知だった。

朝デスクに着いたら、まずあれしてこれして

朝一でアポ取っとかんとな、とかの段取り

なんかを頭ん中で、シミュレーション

しているにちがいない。

なんとしてもこの時間は皆様方、死守したいはず。

誰にも譲れない、譲らせない、その時間を

邪魔するもんがおったら、ただじゃ置かんぞ、

みたいな厳しい気配が足取りに漲っていた。
(ようにみえた)

そんな貴重な時間をわたしはあろうことか

すこし右なり左なりにお寄り頂く為に、

すみません! って、声をおかけする。

こういう時のためにわたしの声はある

ぐらいの勢いで。

なに?

みたいな視線をばんばん浴びるのを承知で、

口角挙げてにこやかに

すみません! を背後から叫びつづけて

ようやっと、その皆様の地下街をダッシュで

走り抜ける細道ができていた。

それで十分すぎるぐらいです。

迷惑千万なわたしは、毎日それを繰り返していた。

不届きな新社会人は、そこから1週間ほど

経った頃はたと気づく。

ドタドタとシューズのソールを鳴らし、

鞄に入ってるカンのペンケースを、

カチャカチャと轟かせ、すみません! 

って声かけしなくても、ある日、その通りの

真ん中にいらした方は、決められたかのように

わたしは右にぼくは左にとお寄りになって、

道を開けてくださっていることに。

通りたいんやろう?

走り抜けたいんやろう?

と察してくださっていた。

まるで、モーゼが海を割ったのかと思うほど。

日に日に走りやすくなっていたのは

このせいなのだと。

それが幾日も続いた。

その数日後だった。

近くにはわたしがかつて通っていた

コピーライターの専門学校の事務所があった。

その事務局に勤務していた親しかった

渡辺さん(仮名)が、8時半頃に、わたしがそこを

通らなかったその日も、モーゼが海を割ってたで、

って報告を受けた。

朝の通勤のあの列の中に渡辺さんも

いらっしゃったのだ。

その列にわたしがいないのに、皆さんが時間通りに

道を開けてくださっていたのですね。

もうなんていうか、年季の入った勤労者の方達の

朝のルーティンってすごすぎました。

あの日あの時を、あの道を歩いていた方々は

たぶん新入社員をのぞいては、みなさん

働く先輩方たちだった。

あの朝の道は、働いてきた人達が歩いてきた

道だったのだと。

朝の大切な黄金時間を奪ってしまって

ほんとうに申し訳ない。

新入社員の出勤とは、こつこつと働いて

来た先輩方と共に並んだ時間を感じること

だったのだと、今さらながら感謝の思いで

いっぱいになっている。

仕事は出勤するときから始まっているのだと。

会社に着けば、ただ叱られるために走っていた
かもしれないドーチカを時々懐かしく思いだす。

そしてアリバイ横丁はもう今はなき場所になって
居ることを思うと。

あの場所への懐かしさもあまた蘇るのだけれど。
あの時、ぶしつけで礼儀も知らなかったわたしを
社会人の先輩方が道をあけてくださったことこそが
懐かしくてたまらない。

見ず知らずの人達なのに、働くために同じ時間を
共有していたこと。そして不届きもののわたしに
やさしくしてもらった時間にわたしは時々
帰りたくなる。





大きな雲と梅田のビル群のフリー素材https://www.pakutaso.com/20200805219post-30035.html

梅田の空の下の写真をぱくたそさんに拝借しました!
ありがとうございます。

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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊

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