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人生のさいごに食べたいもの。

わたしの人生の〆切はいつなのか知らないけれど。

きのう、人生で最後に食べたいものは何ですか?

というやってみたかった企画にみごと乗り

遅れてしまい、ひとりでしずかにじぶんが

なにを食べたいって書くんだろうって

思って、いま書いています。

母曰く、わたしは食いしん坊じゃない

らしい。

だから、デパ地下で買い物していてもなにか

忘れ物をして帰ってくるのは、そのせいだと

言う。

食べるということをいつもどこかで諦めて

いるので、食品売り場でも欲しいものが

みつからないのだと。

でも何度か母に言っているけれど、わたしは

デパ地下に住みたいぐらいあの場所が好き

だったりする。

デパ地下のスイーツや和菓子売り場では

うっとりしながらそのビジュアルを

眺めてる。

そして、最後に食べたいものって

あるのかな。

お腹いっぱいになるまで食べる必要も

なさそうなので。

すこし口にしたら幸せな気持ちになる

ものがいいと思う。

美味しいものを食べている時は幸せになる

けれど。

それほど美味しくなくても大好きなひとと

一緒にいることだけで美味しいと感じる

ことが今もある。

食べたら死んじゃうということは、あの

童話の林檎でもいいけど。

あのカシュカシュって果肉を噛むのは元気な

人に似合う気がするから却下しておこう。

そう、わたしが昔すこしシニタイという

ことを考えていた頃、憧れのおしまいの形は

クラゲだった。

海月、水母、くらげ。

くらげって平仮名にするとちょっと間が

抜けているのに。

漢字にすると、すっとたたずまいが

美しくなる。

海月は死んだら溶けるって聞いて、わたしも

はやめに溶けてしまいたいって思ったことが

あるけれど。

あれもひとつの若気の至りだ。

わたしが小さい頃、お祭りで口にして、もう

いなくなっちゃったよ舌の上で、さびしい

なって思ったたべものは、綿菓子だった。

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舌の上に乗っけたすきから溶けていく。

はじめから存在がなかったかのように 

とろけてゆく。

あれを食べたいかもしれない。

ひとりで食べるのは、すこし割が

あわないから。

わたしがすきだった人。

今は天国にいるだろうそのひとが、

すすすっと蜘蛛の糸のような天から

釣り下げられた糸からただちに降りてきて。

桃色の綿菓子を食べさせてもらいたい。

大好きなひとは6年前になくなったけど。

いつかわたしが死ぬときは、わたしのなかに

いるその人と一緒に死ぬんだと思ったことが

あった。

その人は2度もしにたかねえよって思った

だろうけれど。

最期ぐらいはわがままを言いたい。

とびきりのレアな綿菓子を舌の上に

のっけたまま死んでゆきたい。

思えば、生まれて最初にたべた食べ物と

生まれていちばん最期に食べる食べ物って

一度きりしかないんだなって思った。

一度きりに意味をもたせなくていいけれど。

遊びのように妄想してみたら、わたしは

いまだかつてみたことのない綿菓子を

食べたいと思っていた。

そしてそれを舌にのっけた瞬間、やばい、

やっぱり生きたいって思うようなそんな

秀逸な溶け方をする綿菓子をいつか

待っています。

すきとおることばのままでふしめをむかえて
すきとおる からだのままで 海に還って


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ゼロの紙 /歌人 いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊

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