さびしくならないサラダを探して<第十三話>
デパ地下のBGMがいつもの「雨に唄えば」に変わった。
雨が降ってきていることがわかった。
由弓が今日は流石に屋上は無理ですねって呟いた。あの日からも行ける時は由弓と一緒に屋上でランチしていた。相変わらず<ジョナサン>のサンドイッチを苦しそうに食べることは続いていた。
憂鬱そうな横顔で思案している。今日は誰も由弓にランチをつき合えないシフトだった。社員食堂には由弓はまだいったことがない。足がすくむらしい。雨は止むことがなさそうだっだので、由弓は社食へと向かった。
わたしはお客さんに見えないようにちいさく彼女に手を振った。それを察したのかくるっと由弓がこっちを振り返って小さく手を振り返してくれた。
彼女がちいさなカバンと一緒に社食へと向かう背中はこわばりながらどこか戦いにでもいく風情だった。嫌だったら戻ってきなってわたしはエールを贈った。
その後少し遅れて山根君が社食へ向かった。由弓のことが気になるらしい。ものの十分もしなうちに山根君は少し青ざめた表情で戻ってきて、わたしに両手の人差し指で×の形をつくって困った顔をしていた。
なん?
声に出さずに彼を見る。
近づいてきた山根君は、由弓ちゃん急務室にいる。気分がわるくなって倒れたんだ。今安定剤飲んで眠ってる。
慌てて報告してくれた。
黒木チーフにもそのことを連絡すると、いつもの反応とはちがってどんな様子だったのかを真剣に聞いていた。親御さんに連絡してみる。
はじめて黒木チーフのそんな顔をみたかもしれない。
山根君が興奮した様子で話してくれた。そこで見たのはまるで社食の風景とは違っていたらしい。由弓の座っているあたりだけすごい鋼のようなバリアを感じたという。
一口どこに箸をつけたかわからないぐらいのヘルシー定食を前にして由弓が戦っていた。
俺の顔見てほっとしたみたいで、気のせいかなって山根君がいうから、さまよい続けた砂漠でやっと人間に会えたぐらいうれしかったんだよってわたしは返した。
うらめしそうに窓を伝う雨の雫を目で追う由弓に釣られて山根君も窓の外の葉の先につかまっている雫をみてたらしい。
それでさ、もひとつあるんだけど。由弓ちゃんここ辞めるって。
え? そうなの?
わたしは驚いた気持ちもあったけど。いつか初めてランチした時の彼女の告白を思い出してそれは避けられなかったかもしれないって思った。あの時わたしも由弓ちゃんと似た症状になったって言ったほうがよかったのかもsれない。気休めかもしれないけれど。もやもやしていた。
山根君が言うにはわたし辞めますって言った時の彼女の言葉は意外にさらさらと雨の音に吸収されていって、そこには悲壮感はなかったんだよって言ったのが少しなぐさめだった。
由弓が食事できないことを思いなやんでいて、そのことから逃れられないことを知っている山根君やわたしのことが重たくなっていなければいいのにとわたしは思った。
でもその後、山根君がさらに難題をおみやげにつれてきた。由弓の最後の卒業試験というか。
由弓ちゃん大勢の人と食事してここを去りたいんだって。それでここを卒業したいって。そのことを渋谷さんにも伝えてほしいって。
なん?
山根君とわたしの課題はあまりにも大きすぎた。
猶予は一カ月だった。
わたしは無理に会食しなくてもいいのではないかと思ったりもしたけど。彼女の立っての願いなら叶えたいとも思った。彼女の大勢ってせいぜい、5人ぐらいなんだって。山根君が詳しい情報をパスしてくれた。
由弓の課題を頭の隅に置きながら<カリカリじゃこと青菜>のサラダを大きなバッドに移し替える。サーバーからはみ出してしまうじゃこがうまく掬えない。バットに残るフライされたじゃこ。ふいにわたしは透ならどうする?って相談したくなっていた。
山根君の視線を感じるけど。あとで屋上で話し合おう。
近頃わたしたちふたりは屋上でぷち会議をしている。最近この時間がわりと好きになっている。
山根君には恋愛感情もないほんとうに、バ先のいいやつってぐらいにしか思えないけど。どこかで信頼している。遅刻しないとかそういうのじゃなくて。人との接し方がいつもまっすぐだから。
四葉さんはいなかった。
お疲れって声と共に山根君がやってきた。わりぃ今日あんまし時間ないんだけど。あの命題どうするよ。って山根君がリードした。
会食恐怖症という症状を持っていて会食することがダメなのに、いきなり5人とはいえそれは無謀な手術に近いよな?
そうだよね。ってわたしは自分のことを言えないまま返事をする。でも由弓ちゃんのたっての希望だよ。どこかで叶えてあげたいよね。由弓ちゃんと約束したから俺と渋谷さんでやってみるか。
わたし考えてたんだけど。5人って言ったらわたしらふたりとあとは四葉さんにお願いしたい、であと一人はどうする?
考え中にすることにした。短い作戦会議したあと山根君は急いで帰って行った。屋上の手すりからなんとなく行き交う人を見ていたら、バイクの後ろに乗っかる山根君をみつけた。あの元の義理の妹さんみたいだった。
山根君おつかれーってわたしはウィルキンソンのしゅわしゅわでその背中に屋上から乾杯した。
最近無理なシフトが続いていたので午前中はお休みをもらった。午後の2時からバイトに入った。
その時黒木チーフがお客さんの居ない時をみはからってこっちにアイコンタクトを送って来る。なんでしょうか?マスクの中でそう言っていた。
気づかない振りをしていたらつかつかと黒木チーフが寄って来る。
顔はあくまでも前を向いて時々ガラスケースの前を通るお客さんにはいらっしゃいませの言葉を忘れずに挟む。
これが山根君ならひかがみに蹴りが入る。それはもう黒木チーフの挨拶のようなものにとってかわられていた。他の店ならコンプラに違反する。
ん?は?なんでしょうか?
語尾を整えてたずねた。
渋谷ちゃんあのね、さっきさ見なかった?すごい人来たんだよ。不思議な空気の人でね。髪の毛はなんていうかモスグリーンみたいな色の人。ほんでもって迷彩色のカーゴパンツの人。素敵だった。
お客さんのことをあれこれ言うのはどうでしょうかと思いつつ。
はあ。その方が何か。
なんとなく視線を感じてもうすぐここを去る由弓を見る。どんな顔して笑えばいいのかわからない笑みを静かに彼女に送る。
もち男ん人。俺さああいうタイプ弱いんだよね。生春巻きだけ買ってくれたの。でもね生春巻きが買いたいわけじゃなくて、ユーなんだよ。目的は。わたしを気持ち悪い微笑みのまま指さした。
え? なんでしょうか?
正直うっざ。かったけど。そのユーの意味が知りたかった。
渋谷君あのねぼくもさ10年ここ立ってるとねその人の家の中の暮らしぶりがすっと見えてくることがあるのよ。
ほらあそこで迷ってる紫色の傘持ったおばちゃんは、今持ってるシャケの切り身を捨てて、銀だらの味噌漬けを選ぶよ、たぶん。
眉唾だと思ったけど、なんとなく視線をそっちに放った。
<魚ます>さんの店の前で確かに視線が品物の前で泳いでいた。
年季の入ったエコバッグを持ったその人は黒木チーフの言う通りシャケを捨てた。
それは昔聞いた。バイトの面接の時にも聞いた。十八番だ。
だからなんなんでしょうか!
それでね、渋谷さんをねその男の人が探してたわけよ。ユーを。渋谷栞さんいますか?って。
え?わたしをですか?
彼氏さんじゃないの?って聞かれたけどそれはありえなかった。
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