おやすみなさいは、笑顔で言いたい。
口喧嘩って、ふいにやってくる。
数秒前まで、お互い平気だったのに
なにかに飛び火して、その火の粉が
意外と大きくて、おさまらない。
その口喧嘩の火の勢いが、吐き出した酸素
いっぱいの言葉でもうひとつ火が大きく
なるっていうあれだ。
母とこの間、喧嘩した。
母が年を重ねた分、すこしケンカの形が
変わって来た。
昔なら、ぐうの音もでないほどわたしが
コテンパンにやられて、将棋の勝負が
決まった時みたいに
「負けました」っていうのはわたし
だったけど。
最近は、わたしが母の何気ない言葉に
反射的に返してしまうので。
母が黙ってしまう。
黙っているのだから、わたしも黙れば
いいものを、また輪をかけて火に油を注ぐ
ように、言葉を叩きつけてしまう。
この間のそれも突然やってきた。
母の物忘れはわたしが小学校ぐらいからで、
祖母も
「あの人(母のこと)はじぶんのルールで動いてるから、
いつも人の話聞いてないのよ」
って笑っていたのだけど。
最近は、その憶えなさというか忘れっぽさに
わたしがカチンと来てしまって。
畳みかけるように、応酬してしまった。
わたしはカーペットに座っていて、
母はわたしの斜め右後ろの定位置である
椅子に座っていたので。
顔の表情もみないまま、ふたりの声だけが
部屋の宙を空しくさまよっていた。
わたしがひとしきり、責めてしまった後
「そんなに怒らなくてもいいでしょう。
ちょっと忘れていただけじゃない」
って母は言った。
ちょっとじゃないよって思いながらも
わたしはその言葉にショックを受けていた。
忘れていたことにではない。
昔のような強い語気ではなくて、懇願する
かのように弱弱しい言葉に聞こえたから
だった。
ちょっと昔なら派手にわたしが、ぼろぼろに
言い負かされて、激へこみしていた。
そして、しばしわたしが無視する時間を
経て、おしゃべりな母が思わず沈黙を
破るという形だった。
その日は、わたしの言葉を母が無視し続けて
無言がつづいた。
重たい無言だったので、わたしが
気を取り直して軌道修正する。
無視され続けても母の見ているテレビの
ニュースの話題を話し続けた。
言い負かされていた方がずっと
ましだったことにその時気づいた。
うちの家族は論破が好きだった。
朝まで生テレビにも父母とも夢中で。
あの番組を見ている時だけは、ふたりは
仲がいいのじゃないかと錯覚するほど。
議論好きの母から逃げ回っていたわたし
だけど。
今は母もただ穏やかに生きたいって言う。
平和に勝った負けたはもういいよと
それを叶えたいと思うわたしもいる。
でもこの間思い知ったのだ。
ちょっとルールを決めておきたいって。
おだやかなルール。
ご機嫌でいるためのささやかな習慣。
それから軌道修正してみた。
たいていふたりでいて機嫌がいい時は
笑えるネタを探している。
特に夜のおやすみなさいの時には
笑顔で言いたい。
たとえケンカしたとしても、夜眠る
前にはしたくない。
ちゃんと停戦して、笑っていたい。
夜のオヤスミナサイの時にちょっと
わたしがいら立っていたなって
思う時があるのだけど。
そういう時は気になって文章も書け
ないので、母の部屋に行ってなんとなく
時間を過ごしてしまう。
そして、なんでもいい。
わたしが、子どもの頃失敗してきた数々の
エピソードを引っ張り出してきて、
ふたりで笑う。
バカだよねわたしってじぶんで言う。
バカだよねって母に同意を求めるけど
昔ならほんとあんたバカだよねって
言ってわたしのことを大笑いしたけど。
最近はそんなことないってマジになる。
だからそこはバカだよねって言ってよ
って思いながら。
やさしい言葉をかけたりしないでねって
内心寂しく思ったりして。
それでも笑っているからいいかって
ひとしきり笑っておやすみなさいを
言うことにしている。
そして、昼間のケンカのことは
いつもの忘却力のなせるわざで
さっぱりと忘れていてほしいなって
不肖な娘は心ひそかに思っている。
【短歌】
おはようも おやすみなさいも 絵本のように言えない
あのね でもね 今夜はぐっすり 眠れますように
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いつも、笑える方向を目指しています!
面白いもの書いてゆきますね😊