さびしくならないサラダを探して<第三話>
その子は屋上の真ん中あたりにある円形のアルミのテーブルをよけてベンチに座っていた。彼女の傍らには赤い袋が置いてあって。サンドイッチが美味しくて定評のある<ジョナサン>のらしかった。
他人が何を食べているかなんてどうでもいいのだけど。ちらっと視界に入った彼女は、なんだかあの<ジョナサン>のサンドイッチをまずそうに食べていた。
まずそうというのはちょっと違うかもしれない。
まるでぱさぱさのイギリスなんかでちゃんと事細かに注文しないと具やマヨネーズなんかをつけてくれない屋台のサンドイッチのように。うっかりオーダーし忘れたそんなサンドイッチを思い出す。まるで食べてることが苦しそうだった。
え?
ってわたしは思った。どうしたんだろう。あそこのパンって言ったらそりゃどれを食べたって秘薬入ってますよね?って思うことがたびたびあった。
一口食べると、口の中で何が起こってるのかわからないぐらい幸せな気分になるから。
だから透が死んだ日だって<ジョナサン>の「焼きカレーパン」をつまんだ。少しずつしか、喉を通らない気がしていたのに。気が付くと微かな熱が身体の奥からわいてくるみたいな気持ちがした。食べて悲しみを遠ざけるには十分すぎるほどの美味しさだった。
でもあんなにつらそうにパンのひとくちひとくちを口に運ぶ女子をわたしはいまだかつて見たことがなくて。頭の奥の方で妙な彼女に関する記憶が縫い付けられてしまいそうな気がした。
彼女を見ていたわたしの背中に四葉さんは、しおちゃん、お昼休みあと7分しかないよ、急ぎなさいってちょっぴり仕事モードめいた声を掛けてくれた。
屋上のペットショップ<止まり木>のオウムも気まぐれに、ヒルヤスミオワリィっていつものだみ声で鳴いていた。緑色の分量が多めのそのオウムはいつか弟と名前をつけたことがある。「オウマガトキ。逢魔が時」それはまがまがしい名前だけど、ふたりはそのオウムのことも巷の家にいる猫のように愛していた。
まだ弟もわたしも幼かった時、同じこの場所に居た。さすがにオウムは同じ初代だとは思えないけど、あの頃のオウムもすぐに言葉を覚える賢いおしゃべりだった。
「こういう時間帯は逢魔が時といってね、いちばんあぶないのよ。不意にいなくなったり、さらわれたりするの。とくに子供はね」
四葉さんがたしなめる。
「どういう意味? もいっぺん言って? こどもだけ? ブレーメンの音楽隊みたいな話?」
質問好きの七生に面倒くさがらずに丁寧に四葉さんは答える。
「おうまがときよ。難しいほうの逢うっていう字に悪魔の魔に時間の時」
七生はただだまって宙ででたらめに文字を思い出そうとしてしている。
「悪魔だって、俺そういうの大好き!」
「七生、ちゃんと聞いてよ。ふいにいなくなったり、いなくなりたいと思ったり、さらわれたいって思ってしまうような時間のことよ。そういう時は悪いことを考えている人と妙にタイミングがあってしまうものなの。そういう時を魔が差すっていうの。わからなくてもいいからちょこっと頭に中にいれといて」
四葉さんは「グリーンサム」で小学校3年のわたしたちにそういった。
七生とわたしは屋上の200円で動くペンキで彩られたクマとかパンダとかコーヒーカップの遊具を次々に乗り換えては遊んでいた。ゴールドクレストの鉢植えを抱えて、空を見上げている四葉さん。
七生とわたしもつられて、四葉さんの真似をして空をみあげる。
青や緑や赤紫のセロファンを目にあてた時みたいな夜の空をしていた。
「7時過ぎには仕事が終わるから、ちゃんとふたりっきりでまた戻っておいでね」
七生とわたしは屋上の重たいとびらをふたりで開けた。
その時だった、あのオウムがふいに前から知ってるみたいに滑舌はっきりと「オウマガトキ」って鳴いた。
わたしは怖かったのに七生は面白がって、もいっぺん言ってみぃって踵を返した。弟のリクエストをオウムはスルーした。ちょっとだけ心の中でわたしはガッツポーズした。
あきらめた七生は加速するように階下へと続く階段を何段か飛ばしで降りていた。
7階では物産展をやっているらしく、醤油の焦げた匂いや海産物の海くさい薫りと、呼び込みの声が重なって聞こえてくる。賑わいの声は階段を降りるにつれて、その薫りと声が遠くなってゆく。ふたりにとってここは遊び場以外の何物でもなかった。
なぜか七生は、オウマガトキ、オウマガトキって憶えたばかりの不気味な言葉を呟きながら階段を半ば転がるようにどんどん下降してゆく。瞬く間に七生の姿を見失いそうでわたしは不安になる。四葉さんの言っていたちょっと物騒な話も七生にかかると、無邪気で楽し気なもののように思えてくるから不思議だった。
店の2階の出入り口付近は広場になっていて、たまに7階の物産展の商品が壁に沿って並べられたりするちょっとした踊り場のスペースになっていた。
外のひんやりとした空気がマフラーの間を抜けてゆく。長く白い手すりが続いているそこに、七生とわたしは頬杖ついてちいさな雑居ビルの連なりを見ていた。
デパートで遊ぶのは、この辺りでもふたりぐらいなものでみんなは塾通いやサッカーや野球で大忙しだったから遊び相手もだれもいなかったのだ。それに双子というものは放っておくとふたりで遊んでしまう種族だったから、ふたりぼっちでなにごとも乗り越えていった。
ふたりが卒業するとき、忙しい四葉さんに代わって商店街のおじさんやおばさんたちが一張羅のスーツを着て、コサージュつけて卒業式に出席してくれたのも、遠い昔なのに昨日のことのように思い出しそうになる。
あれから何年経っただろう。
今日のベンチにはところどころに社員らしき人たちが数名、仕事場の持ち場に戻る準備をしているのが目の端に入った。
行ってきますって四葉さんに声をかけた。
彼女は行ってらーっ、頑張りなーって言いながら、母親が玄関で見送る時みたいにわたしを送りだしてくれた。
他の人たちより一足先に貨物兼用の社員用のエレベーターを下降しながら四葉さんのことをあれこれとぼんやりと思う。
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